辛酸甘苦
城を出たポルターが向かった先は、薄暗い森の中だった。
「クソッ、本当にあんな奴を王にしていいのかよ!?」
王女を陥れる嘘を間近で聞いた怒りは、予想以上にポルターの心を激しく揺さぶっていた。剣に怒りを乗せ、目の前の幹へと叩きつける。木立の間に虚ろな打撃音が何度も響き渡り、その荒ぶる激昂は夕刻を過ぎてもなお、収まる気配を見せなかった。
「……しかし、姫様のこととなると、どうにも熱くなりすぎるのは気をつけねばな。さっきは危うく王太子を殺すとこだった」
物騒な独り言を呟きながら、ポルターはまだ治まりきらない苛立ちを込めて城を睨みつける。そのまま貴族街へと足を向けると、城での騒動はすでに街へと漏れ聞こえており、道行く人々が不安げに噂を交わしていた。
「殿下と公爵様が、何者かに襲撃されたらしいぞ」
「先の流行病といい、この国は呪われているのではないか……」
「王の身に、何か良からぬことが起きたのでは」
路地裏の囁きを冷ややかに聞き流しながら、ポルターは巌公の公邸へと滑り込む。敷地の奥には、見覚えのある馬車が何台も停まっていた。
「しまった、会議か」
慌てて館内へ忍び込んだものの、すでに会議は幕を閉じようとしていた。
「――それでは諸君、貴族院を楽しみにしておいてくれ」
部屋から聞こえた巌公の声に、怯えの色は微塵もなかった。「楽しみに」という言葉の裏にある不敵な笑み。それはポルターの思惑通り、今回の騒動を逆手に取って貴族院の場で王太子を一気に畳み掛ける算段に違いなかった。
その後、さらなる密談がないかと探ったが、これといった動きはない。ならばと王太子の様子を見に足を運んだが、こちらも間が悪かった。目の前に広がる光景に、ポルターは思わず鼻をつまみたくなった。
「具合はどうだ?」
「でんか……おしょれおおい……ま、ましゅく(マスク)を、ありはとうごじゃました……」
「よい、よく似合っているぞ。苦しくはないか?」
「ああ、でんか……なんと、おやはひい(お優しい)……」
―おいおい、キャルなら泣いて喜びそうな場面だが、頼むから早く済ませてくれよ
王太子がパニックを起こし、狼狽する姿を期待して足を運んだポルターだったが、あまりの拍子抜けな甘い光景に、不満を通り越して苦笑するしかなかった。
「そうだ、カラン。ひとつ尋ねたいことがある」
「なんでひょうか、でんか」
「お前はまだ、氷炎伯が憎いか?」
「……いいえ。わりゃくし(私)は、あのはた(あの方)を、みやまやって(見誤って)おりまひた。いふら(いくら)おわびひても……。れすが、でんかのおめいじなりゃば……」
「そうではない。あやつの領地にはな、良い湯が湧くのだ。お前さえ良ければ、湯治というものを試してはどうかと思ってな」
「しょんな……ひえ、お赦ひ(お許し)いただけるなりゃ、ぎょひ(御意)に……」
「うむ。すでに氷炎伯からも快諾の返事はもらってある。供にはアルテマをつけよう」
「ア、アリュヘマにごじゃいますか!」
「そうだ、侍女頭のアルテマだ。これは奴への褒美でもあるからな。勅命だ、二人でゆっくりと養生してくるが良い」
「ぎょひ……」
ポルターは、小さく息を吐き出す。
「粋な計らいが余計に憎らしいが……王太子も、今は氷炎伯の領地が一番安全だと踏んだわけか」
その後も続く王太子の過保護な様子にすっかり辟易し、今度は玉座の間を覗きにいったが、そこも衛兵が厳重に警備を固めているだけで、使用人たちは何事もなかったかのように淡々と仕事をこなしていた。
「こちらも思ったより冷静だな。カランの動向を追いたい気もするが……今は貴族院を待つしかなさそうだ」
開催までは、まだ数日ある。待ち遠しいというよりは、この退屈になりそうな数日間をどうやって潰すべきか。ポルターは贅沢な悩みを抱えながら城を後にし、日課となっている教会へと足を向けた。
続




