暗闘中傷
ポルターは晴れぬ胸中のまま、どうにか気力を振り絞って城へと戻った。正門前には、すでに数多くの馬車が列を成している。
「パーティは終わりか」
会場へ足を踏み入れると、王太子とメロ伯爵が固い握手を交わしているのが見えた。しかし、ポルターの目は別の人物に釘付けになる。
「ん? あの男は確か……」
かつて家畜の流行病を謀ったあの貴族が、王太子の脇でにこやかに佇んでいた。王太子は伯爵を玄関で見送り、帰路につく諸侯と軽い挨拶を交わしながら、その男を伴って執務室へと入っていく。
「また悪巧みか。あいつだけは、文句なしの『絶対悪』だな」
扉の前に立つ侍女に、王太子は「茶は不要だ。誰も入れるな」と命じて下がらせると、ソファに深く腰掛けた。
「いやはや、本日は盛大でございましたな」
「世辞は要らん。座ったらどうだ」
「お言葉に甘えまして」
男――コルトン子爵は、長椅子の隅にちょこんと腰を下ろした。
「それで、本日はどのような……」
「貴様のところのアルケミストは優秀なのだな」
「ああ、そちらでございましたか。またお役に立てる何かがございましたでしょうか」
「別件だ。実は、腕利きの治癒師を探している」
「左様でございますか。どこかお体の具合でも?」
「俺ではない。火傷の跡を綺麗に消せるような治癒師はいないか?」
「なるほど、それはなかなかの難題ですな。ですが、一度当たってみましょう」
「うむ、頼む」
「それで……封鎖の方はうまく行っておりますかな?」
「今のところはな。明日、巌公が解除を求めて直談判に来るそうだが、突っぱねるだけだ」
「でしたら、やはり私どもで何か……」
「黙れ。余計なことは考えるな。まずは治癒師の件に集中しろ」
「失礼致しました。このコルトン子爵家、総力を挙げてお探しいたします」
「よし、用件はそれだけだ」
「承知致しました。では、これにてご無礼いたします」
ぞんざいな扱いを受けながらも、子爵は終始笑顔を絶やすことなく退室していった。
「コルトン子爵か、名は覚えたぞ。だが、まずは明日だ。どう仕掛けるか……」
当然、幽霊騒ぎのことだ。しかし、巌公とどこで会談を行うのかまでは分からない。この執務室が候補だとしても、他の部屋にまで細工を施せば、また使用人の仕業だと疑われかねなかった。
「そうだ、天使様には『力を悪用するな』と釘を刺されたし、もう遺品を使うのはやめておくか」
部屋を出たポルターは、持ち出した遺品を棺に戻そうと城の外に出たが、天窓はすでに固く閉じられていた。
「警戒を強めたか。弱ったな」
城内をしばらく彷徨ったものの適当な場所が見つからず、結局は元の薪置場の裏に戻すことにしかなかった。
「私の浅はかさをお赦しください」
直後、激しい雷が轟いた。
『赦しません』
久しぶりの衝撃に派手に転がされたポルターは、尻をさすりながら「近く必ず元に戻します」と慌てて祈り直した。
天使に叱られたポルターだったが、それでも懲りずに騒霊作戦を練るため、城の練兵場にある倉庫に潜んでいた。
訓練用の甲冑を操る鍛錬をしているが、なかなか思うようにいかない。
「なんとか人の形に浮かせることはできたが、自在に動かすのはとてもじゃないが無理だな」
ガラガラと音を立てて崩れ落ちた甲冑を、難しい顔で見つめていたポルターだったが、番兵が様子を覗きにきた気配を察して鍛錬を打ち切った。今ここで騒ぎを起こせば、明日の会談が中止になりかねない。
「うーん、何か物足りないな。森へ鍛錬にでも行くか」
生前の習性が頭をもたげたのか、ポルターは朝が来るまで森の中で剣を振り続け、その足で貴族街へと向かった。
「……それは流石に芳しくありませんぞ」
巌公の部屋を訪れると、ギデンズ侯が何やら苦言を呈していた。
「だが、もう綺麗事は言っていられん。山賊だろうが、怪しげな組織だろうが構わん」
「確かに、このまま街道を止められていては敵を利するばかり。承知いたしました。直ぐに手はずを整えましょう」
「俺は今から城へ向かう。身支度があるゆえ、詳細は戻ってから詰めよう」
彼らの会話を聞いていたポルターは眉をひそめる。
「山賊だと? 略奪でも始める気か? いや、軍を分散させるための陽動が狙いか」
あまりにも簡単に恐ろしい決断を下す領主たち。それによってどれほどの民が被害を受けるか、想像するだけでやりきれない気持ちになった。
「世の常とはいえ、企みを直に聞いてしまうと割り切れないものだな」
ポルターが苛立ちを落ち着かせている間に巌公の身支度が整い、文官を一人連れて馬車で出発した。ポルターは、ゆっくりと進む馬車を追い越し、一足先に王太子の元へと走った。
「殿下、畏れながら本当に宜しいのですか?」
こちらでは、宰相が王太子に苦言を呈していた。王太子は玉座に腰掛け、涼しい顔で応じる。
「立場を見せつけてやれば、怒りで口が滑るやもしれん。既に戦は始まっているのだ」
「御意に。では、私は出迎えに参ります」
「うむ、粗相のないようにな」
ホールには、侍女たちが通路の両脇にずらりと並んでいた。問答無用で玉座の間へと招き入れる、嫌らしい算段が透けて見える。到着した巌公は一瞬だけ不快そうに顔を歪めたが、宰相の案内には何も言わず従い、玉座の間へと足を進めた。
「派手な出迎えだな」
「公務中ゆえ出迎えられず、失礼した」
不敵な笑みを浮かべる王太子を、巌公が鋭く睨み返す。その間に立つ宰相の顔色は、決して良くはなかった。
「ならばこちらもさっさと、公務を済ませよう」
巌公の従者が文書を差し出し、それを受け取った宰相が王太子に向けて頷いた。
「聞こう」
従者が家畜の流行病に関する対策状況を読み上げ、概ね沈静化した旨を報告する。
「殿下の迅速な助力により、大事に至らずに済んだ。期限は公布書の通りで良かろう」
「うむ。しかし、季節外れの流行というのがどうも気になるな。原因は分かりましたかな?」
その言葉に、ポルターは激しい怒りを覚えた。
「お前だよ、お前!」
姿なき大声で王太子を罵ったが届きはしない。
「原因は調査中だが、もう封鎖の必要はなかろう」
「いや、前代未聞の事態ゆえ、こちらから調査団を派遣する。それが終わるまでは慎重に進めたい」
「だが、家畜と穀物以外は問題ないはずだ。諸侯からの不満は無視できんぞ」
「調査団を急がせよう。これ以上の措置は法に背きかねない」
「ふん。王女殿下を追い立てた時も、それほどの慎重さがあれば良かったな」
「あれは仕方のないことだ。妹の側仕えが父に毒を盛っていたのは紛れもない事実。しかし、巌公、それを貴殿が言うか? 裁判で申し開きをすれば事情は違ったものを、匿った挙句に共和国へ逃がしては、謀反を疑われても当然ではないか」
「ぬかせ。すでに貴族院での疑いは晴れておる」
「諸侯の間では未だに燻っておりますぞ。公正中立と名高い巌公が、ここにきて派閥を固め始めたのは何かあると」
「戯言を。国を割らぬよう努めたまでだ」
「ならば、妹など立てなければ良いものを」
「そちらこそ、正々堂々と選挙で決着をつけたらどうだ」
「ならばまずは妹に裁判を受けさせよ。貴族院の意向だけで潔白とはならん」
「あれだけの刺客を差し向けておいて、よくも裁判などと言えたものだ。いずれにせよ、裁判など経ずとも、貴族院の決定と崩御の宣言があれば選挙は行える。何より、先王陛下をいつまでもお待たせするのは、あまりにも嘆かわしいとは思わぬのか?」
「心にもないことを」
「何だと? 幽霊騒ぎのことは知っておるぞ。先王陛下は貴様にお怒りなのだ」
「まさか、侍女の狂言に巌公ともあろう者が担がれていたとはな」
「とぼけるな!」
激化する口論を見届け、ポルターは確信する。
「やるか」
ポルターは、壁際に飾られていた甲冑の腕を持ち上げた。ガシャガシャと重々しい金属音が響き渡り、室内の注目が一斉に集まる。
「な、何だ!?」
「衛兵!」
宰相の叫び声とともに、衛兵たちが一斉に甲冑を取り囲んだ。ポルターが甲冑の手に握られた剣を勢いよく振り下ろすと、衛兵たちは一斉に飛び退き、包囲の輪が広がる。
「あちゃあ。籠手だけ抜けてしまったか」
ポルターは残念そうにつぶやいた。もっと派手に動かしたかったようだ。
すっぽ抜けた籠手とともに、床に落ちた剣を王太子に向けて思い切り投げつける。衛兵の一人が慌てて王太子に飛びついて床に伏せ、巌公は文官に庇われながらその場ですくみ上がった。
「退避だ! お二人をお護りして脱出せよ!」
衛兵が外へ飛び出して叫ぶと、廊下から騎士たちが怒涛の勢いで押し寄せてきた。
「鎧を破壊せよ!」
駆けつけた騎士団長が怒号を飛ばし、騎士たちが一斉に甲冑へと斬りかかる。その隙に、王太子と巌公は衛兵に固められながら部屋から這う這うの体で脱出していった。
騒然とする現場を満足げに見届けたポルターは、悠然と正面玄関から城を後にした。
「二人とも腰を抜かしていたな。王の呪いとやらで貴族院が揺らぎ、選挙の声が高まれば儲けものだ。諸侯が王太子に疑念を抱けば、戦も躊躇われるに違いない。巌公よ、うまくやれよ」
ポルターの口調はいつも通り軽妙だったが、その声には、隠しきれない僅かな苛立ちが混じっていた。
――なんとも不愉快な連中だ
続




