刀光剣影
今日の城内は、普段からは想像もつかないほど厳重な警備が敷かれていた。
きらびやかなホールにも人影はほとんどなく、訪れた貴族たちは軒並み門前払いされている。中には納得がいかず番兵に食ってかかる者もいたが、何かを耳打ちされると、顔色を変えて大人しく引き下がっていった。
「一体、何が始まるんだ?」
不審に思ったポルターはまず玉座の間へ向かったが、そこはただ真っ暗で、静まり返っていた。続いて覗いた執務室も空振りだ。
しかし、厨房へ足を向けると空気は一変した。普段の数倍はある使用人たちが血相を変えて立ち働き、大鍋や美しく飾り付けられた料理を次から次へと大広間へ運んでいく。
「パーティーか。それも、そうとうな重鎮たちが集まるやつだな」
予感は的中した。大広間に続く控えの間では、王太子が華やかな盛装の着付けを行っている最中だった。脇に控える宰相や騎士団長も、同じく最上級の正装を身にまとっている。王太子の背後に音もなく佇む細身の男は、カランに代わる新しい護衛だろうか。その腰には、きらびやかな装飾剣が帯刀されていた。
そこへ、一人の執事が入室してきた。
「殿下、メロ伯爵がご挨拶を、と」
「おお、すぐにお通しせよ」
執事が厳かに扉を開けると、ほっそりとした気品のある翁が歩み進み出てきた。
「王太子殿下、お目通りが叶い恐悦至極に存じます」
「なんの、本日の主賓はメロ伯爵、あなただ。そう堅苦しい物言いは無用ですぞ」
王太子は相好を崩して迎え入れる。
「ははは、このような大仰な宴は久方ぶりでしてな、少々緊張しておりますわ」
「本日ここに集ったのは、皆あなたの尽力によって農地を豊かにしてもらった者ばかりだ。巷ではすでに、伯爵のことを『豊穣伯』と呼んでいるそうではないですか」
「土臭い田舎貴族と呼ばれている方が気楽で良いのですがね。まあ、それでは私を担ぎ上げる者たちの名折れになりますからな」
「ご謙遜を。南の辺境伯が武を誇るなら、北のメロ伯爵家は知を司る。あなたがもたらしたあの灌漑の発明によって、この国がどれだけ豊かになったことか」
ひとしきり功績を称えた後、メロ伯爵はふと声を潜め、核心に触れた。
「して……南の『あれ』は、挙兵するのですか?」
「何があっても不動。しかし、今の我らにとってはそれこそが好都合」
王太子の不敵な笑みに、伯爵は深く頷いた。
「ふむ。南の気が変わらぬうちに逆賊を討つことこそが、国の安寧に繋がるというわけですな」
「それが叶うのも、伯爵、あなたのお力添えあってのこと。共に新しい時代を築こうではありませんか」
「老い先短い身。儂にとっては、これが最期の一花のつもりですぞ」
談笑する二人に、執事が「お時間です」と静かに声をかける。部屋にいた者たちは一斉に、華やかな会場へと足を進めていった。
「最期の一花って……めちゃくちゃやる気じゃないか」
ポルターは、益々勢いを増した乱世の到来に小さく毒づいた。
「公爵派には悪いが、これなら姫様の帰国を阻む方が、よっぽど確実なんじゃないのか?」
ポルターの思考は、どこまでも現実的で合理的だった。
共和国での姫様の待遇がどうなっているかは分からない。だが、これから確実に乱世へと突き進むこの国から彼女を遠ざけておき、このまま王太子を勝たせてカランの死を避ける――それが最も犠牲が少ないはずだ。
王太子が完全に実権を握って王になってしまえば、わざわざ共和国にまで攻め入って王女を抹殺する可能性は低いし、あの氷炎伯がそんな無益な遠征に協力するとも思えない。
―打算的だとは思うが、すべては姫様のお命あってのことだからな
しばらく華やかなパーティーの様子を眺めていたが、これ以上は有益な情報も得られそうにない。ポルターは踵を返し、カランの部屋へと向かうことにした。
天使から与えられた使命は「カランの死を避けること」。しかし、その死の引き金が何なのかは、未だに霧の中だ。すでに身体に致命的な病を抱えているのか、あるいは失意のあまり心を病んで自ら……という線もある。
そして最も確率が高いのは、王太子の敗北に伴う殉職だが、そんな国を揺るがす大戦を今のポルターが一身にどうにかできるはずもない。
「敵を励ますってのも妙な話だけど……まあ、とりあえず元気になっててくれよ」
ポルターは複雑なため息をひとつつき、静まり返った回廊を歩んでいった。
続




