枯木逢春
「クソッ!クソッ!」
ポルターは森の中で錆びた剣を幾度も木々に叩きつけて罵声をあげている。
疲れを知らないはずのポルターの息は粗い。ひたすら吠えることで身体から怒りを吐き出そうとしているかのようだ。
「ああっ、こんなことでは収まらん!」
剣を投げ捨てゴロンと横になったポルターは空に向かって伸びる木々を見上げて静かになった。
「こうしている間にカランが死んでても気付かないんだよな…姫様さえお助けできれば先のことなどどうでも良いのに、俺は何故迷っている」
無間への恐怖が王女への忠誠と相容れず、ポルターは克服できずにいるから腹が立つのだ。
「未熟だなあ…」
ポツポツと雨が降り始めてポルターは起き上がる。別に濡れるわけではないが、人の習性は変わらない。
「今は想像もつかんが、全てを叶える瞬間がないとも限らないだろ?ポルター」
折れてしまった自分を奮い立たせる言葉をどうにか捻り出し、ポルターは王都に歩き出した。
「さて、どっちに行こうか」
新王か巌公か。ポルターは夕飯は肉か魚かといった軽い口調だ。今は悩むだけの材料がないのだ。
結局手前にある貴族街を選び巌公の元へと向かう。
「これは、マイル子爵へ、こっちはローヘン男爵に」
巌公は、せっせとメモを書いては丸めて小さな筒に入れて老執事に渡している。
脇に先日の公布書があることから、街道封鎖の報せを諸国に出しているのだろう。
興味本位で老執事についていくと、鳩小屋に着いた。使用人に指示をして鳩を用意させ、足の金具に筒を取り付けていく。
「よし、放て」
バサバサと曇天に飛び立つ鳩をなんとなく羨ましそうに見送ったポルターは、巌公の執務室に戻った。
午後になって、最初の訪問者が来た。
禿頭の諸侯だ。
「ギデンズ候、何かあったのか?」
「閣下、王家めは街道封鎖に留まらず、救済と称して荷を買い上げおりますぞ」
「こちらの兵站を先に潰しにきたか。それで影響はどの程度か?」
「兵の総数では依然こちらに分がありますが、やはり補給を絶たれては心許無い。閣下、共和国から融通することはできませぬかな?」
「交渉前に弱みを見せるのは不味い。諸侯には策があるとだけ申し伝えよ」
「承りました。それで、戦になるのはもはや避けられないのですか?」
「奴等は、俺のことを居もしない王女を騙り反乱を起こそうとする逆賊だと諸侯に触れ回っておる。王女がいつまでも戻らねば我らを賊軍として潰しにくるだろう」
「やはり王女殿下を一刻も早く帰還させねば、我らの大義が…」
「和平交渉は俺が直接出向き、王女もその場に呼ぶよう手を回した。貴様は俺が何もしていないとでも言いたいのか!」
「姫様、だと?」
ポルターは天使様の雷と同じくらいの衝撃を受けた。
「どうか、ご容赦を。少々気が焦りすぎました」
「ふん、今は仲間割れをしている場合ではない。とにかく貴様は戦の支度に手を尽くせ」
「はっ」
巌公を怒らせたギデンズ候は逃げ出すように部屋を出て行き、見送りを終えた老執事が巌公に具申を始めた。
「僭越に御座いますが、一度辺境伯と直接お会いになられては如何でしょうか。諸侯の皆様は随分と気にしておられます」
「そうだな。少なくとも敵に回らぬ確約を取り付けねば、戦の備えに障るか」
「貴族院の後ですぐにお会いできるよう手配致しましょうか」
「うむ。そうしよう」
老執事は下がり、巌公は策を巡らせているのか天井を見上げている。
ポルターもまた天井を見上げてまだ見ぬ主君との再会に想いを巡らせていた。
―ついに姫様につながる糸口に辿り着いた
ポルターが高揚感に包まれているのは、危機に陥った主君の元へと馳せ参じる騎士の矜持だけではない。幽霊となった謎を解くポルターの旅に絡みついた厄介な使命が、ねじれながらもひとつの方向へと纏まってようやく地に足がついたのを感じたからだ。
足取り軽く城に向かい肖像画に跪いたポルターは、もはや王都を彷徨う幽霊ではなく王女の騎士。後の世で吟遊詩人に騒霊騎士として語られるその怪異の顔に憂いは微塵もなかった。
続




