紆余曲折
―ノックと共に老執事の声が聴こえ、巌公が
「入れ」と応じた。
「閣下、大臣方がお見えになりました」
「通せ、ここで話す」
「かしこまりました」
巌公を訪れたのは、城から派遣された大臣だった。巌公は出迎えるでもなく相変わらず窓から園遊会を眺めている。
「閣下、このような日に、お手間を取らせてしまい大変恐縮にございます」
「国の決まり事に文句は言うまい」
侍女が茶を入れ退室したところで巌公は席につき、軽く頷き発言を許可した。
「畏れ入ります。書状でお伝えした通り、家畜の流行病の件にございますが、法に基づき該当地域の街道全ての封鎖を決定致しました」
「随分と迅速な決断だな」
「季節外れの上に原因不明、殿下より大事を取れと厳命されましたがゆえ、何卒」
「分かった。こちらも、すぐに手配しよう」
「では、早速ですが、こちらの公布書にご署名を」
「期間は2週間なのだな」
「はい。ですが、状況によりますので」
「そうだったな…仕方あるまい」
―王太子派の工作が成功したのか
滞りなく署名が済み、大臣達が帰ると巌公は感情を爆発させ、執務机に拳を叩きつけた。
「忌々しい疫病め!謀ったように我らを狙い撃ちしおって」
ひとしきり罵詈雑言を吐いた巌公は老執事を呼び、領内への布告と早急に蓄えを出して市場を落ち着かせるよう指示した。
「承知致しました。畏れながら、既に昼食会の皆様がお揃いですが、いかが致しましょう」
「すぐに行く。着替えるから侍女を呼べ」
「承知致しました」
巌公の怒りから、街道封鎖が公爵派に一方的に不利になったことを示唆している。単に物資の混乱だけでなく、態度を決めかねている諸侯を説得する障害となるのだろう。
着替えを終えた巌公が憮然としたまま部屋を出る姿にポルターは不安を憶えた。
「このままジリ貧、ではないよな…」
選挙に僅かな期待を寄せていたポルターにとっても王太子派に有利なこの状況は望ましくない。
―貴族院で巌公を勝たせる何かが必要だ
※ ※ ※
「改めて、今日は、よく来てくれた」
6人の諸侯に挨拶を述べ、乾杯をした巌公は自信と笑顔を取り戻していた。会話からこの会が公爵派の重鎮の集まりのようだ。
「閣下。辺境伯はいかがなされた」
「狩りで怪我をして来られぬと聞いた」
「あの女傑が怪我ですか」
「うむ。なんでも地竜に出くわしたとか」
「なんと怖ろしい。それで共和国の交渉に差し支えがなければ良いですが」
「表に姿は出さないものの、使者は滞りなく親書を受け取っておるから大事ないのであろう」
「そういえば、最近殿下が接触なさったとか」
「手ぶらで帰ったようだ。とはいえ完全に我々の味方というわけでもない。一切関わる気はないといったところだ」
「ふむ、しかしながら敵に回ることがないだけでも僥倖ですな」
「メロ伯爵が王女殿下が戻らぬことに痺れを切らし、殿下に付いたとも聞いておりますぞ」
「ああ、それは事実だ。だが、戦を嫌って曖昧な態度を続ける貴族共を完全には取り込めていない。我々はとにかく王女殿下を呼び戻して味方を募るしかないのだ」
「王女殿下ご自身はご決断されておられるのですか?」
「気乗りはしていないようだが、国のためならばとご納得なされた」
「まあ、我々としてはその程度の方が…
」
「おい、滅多なことを云うな」
「だが…」
ポルターが、その程度と抜かした諸侯に何かぶつけてやろうかと憤っていると、巌公の隣に座っていた禿頭の男が立ち上がり、会話を遮った。
「いや、もはや建前で語るのはやめよう。閣下、宜しいですかな」
巌公は頷いて立ち上がった。昼食会はここからが本番らしい。
「皆も知っての通り、王太子は王女殿下に濡衣を着せ、貴族院の決定を無視して抹殺を企て今も諦めておらん。そればかりか、我らを国を割ろうとする謀反人に仕立て上げて討伐まで画策しておる。このような治世が許されてなるものか」
一斉に拍手が起こり、諸侯の一人が尋ねた。
「次の貴族院では如何なされる?」
「来週の貴族院では改めて崩御の公表と選挙を迫る。叶わねば共和国に崩御を漏らしてでも王女殿下を帰還させて蜂起する」
「しかし、法を犯して国の大事を知らせて良いものか…」
「遅かれ早かれ漏れる話だ。そもそも我らを戦わずして敗北させれば王女殿下に人質の価値はなくなる。共和国が我らを害する理由などないのだ」
「確かに…ですが乱世の隙を突かれかねない。どこまでも賭けになりますぞ」
「共和国が恐れるのは、辺境伯だ。その辺境伯と和平を結ぶのに必死な連中にそんな度胸はあるまい」
「なるほど…その通りだ」
皆が押し黙り、巌公の次の言葉を待った。
「聞け、自ら世を乱さんとする王家に国を委ねるなど先祖と民への裏切りに他ならん。何としても王女殿下に勝利を献上して我ら貴族の役目を果たそうではないか!」
拍手喝采で皆が立ち上がり、禿頭が盃を回す。
「閣下、宜しいか?」
「よし、皆盃を持て。我らは必ず乱世を制すぞ!」
「おお!」
ポルターは複雑な顔で乾杯を見ていた。
これで巌公が王女を帰還させて戦に関わらせる未来が確定してしまった。
「では、このまま軽く軍議を始めよう。まずはギデンズ侯から…」
巌公の見立てでは、氷炎伯が中立であれば北に戦力を集中することができ、王都付近の兵力を十分に上回る布陣が可能らしい。
全体としては公爵派が数と地理で有利、王太子が王都を一旦捨てて山間部を主戦場に守りに入れば兵站で有利な王太子派がいずれひっくり返す、というのがポルターの見立てだった。
「これも現状の話であって中立の諸侯次第では思い通りにはいかないだろうな」
ポルターが絶対に避けなければならないのは公爵派の敗北で、できることと言えばこれ以上王太子派を増やさない工作だ。一先ず巌公を来週の貴族院で優位に立たせるため、もう一度王の呪いを演出してやろうと企んだポルターは、策を練るため城へと向かった。
続




