暗雲低迷
夜明けを背に王都に着いたポルターは、なんとなく土手が恋しい気分を抑え、真っ直ぐに貴族街へ向かった。
早朝にも関わらず、貴族街はいつもより人通りが多く、どの公邸にも雅な馬車が停まっていた。巌公の公邸に着くと園遊会らしき支度が行われていた。
「諸侯が王都に集まっている。薪が急に必要になったのはそういうことか」
公邸には巌公らしき人物は見当たらず、あてが外れたポルターは園遊会まで王太子の様子を探るため城に行くことにした。
「おや?もう戻ってきたのか」
城のホールに入ったポルターは、騎士団長が玉座の間に向かうのを見かけ、王女の肖像画に一礼してから後を追った。
「只今戻りました」
「うむ。カランは?」
「畏れながら、まだ床から出られる状態ではございませんのでご挨拶は控えさせました」
「そうか。後で見舞おう」
「御意」
「それはそうと、まずは宰相と話してこい。お前が留守の間に色々あった」
「色々、ですか」
「大事ではない。さあ、行け」
面倒そうに言う王太子の機嫌を察した騎士団長はすぐに下がり、入れ替わりに謁見の客がゾロゾロと入ってきて王代理の一日が始まった。
「あっちだな」
ポルターは騎士団長を追った。
「幽霊騒ぎですか?」
目を丸くした騎士団長に静かに頷く宰相を見て察した団長は小声になった。
「箝口令は?」
「敷いた。だが今は密偵だらけだからね」
「公爵派には既に知られているのですか?」
「恐らくね。表向きは使用人の作り話に尾鰭がついた騒ぎということにしてあるし、証拠があるわけではないから昨日は追及してこなかったよ」
「このまま収まると良いのですが」
「そこだよ。諸侯が集まる場でまた起きたら、良いように話を作って選挙を急がせる口実にされるだろうね」
「うーむ…」
「まあ、そっちは私に任せて団長は戦に備えるよう頼むよ」
「おお、ついに」
「メロ伯爵がこちらに付いたのだ。殿下はあと一押しの大義をお考えになっている最中だが、戦で憂いを全て祓うことをお望みのようだよ」
「なるほど。では私も成すべきことを」
「まだ決まった話じゃないからくれぐれも静かに頼むよ」
「お任せあれ」
興奮気味の騎士団長をそれとなく宥めた宰相は、騎士団長と共に玉座の間に向かった。ここまで戦争一色の方針では、貴族院開催も戦争の口実を得るための舌戦でしかなく、公爵派も受けて立たざるを得ないだろう。
ポルターの目標は、国がどうなろうと構わず、王女を如何に安全な場所に留めるかだけだが、戦に担ぎ出されるとなれば命を賭けた決戦になるのは目に見えている。最悪の結末を防ぐには、やはり公爵の推す選挙しかないのだ。
「とにかく貴族院までに公爵を優勢にする手を考えなければ」
ポルターは、まだ見ぬ巌公の正体を見極めるべく再び貴族街へと向かった。
※ ※ ※
ポルターが城から戻ると、園遊会は既に始まっていた。
広大な庭園の一角に設けられた会場では大小貴族の御婦人方がドレスを競い、子息達を品定めしながら、あれやこれやと採点しては黄色い歓声をあげている。
暫くして、隊列を組んだ騎士が入場して演壇の脇に整列した。歓声は止み、公邸の玄関が開くと、控えていた音楽隊が演奏を始めて諸侯達が姿を現した。
ポルターは宴席で固唾を飲んで見守る中、諸侯らが談笑しながら並び、演壇の中央に白ひげの偉丈夫が立った。
「巌公…ああ、この人だったのか」
ポルターは、練兵場の記憶がフラッシュバックして目の前の巌公とつながった。だが、仕えた記憶は思い出さない。
「恐らく、俺は最初から姫様の護衛として巌公に拾われたんだろう」
断定ではないが、妥当な推測だ。きっと臨時の騎士だったから、記憶の王女はどこか他人行儀だったのだ…
ポルターが、僅かな記憶に思いを馳せていると、演壇で巌公が挨拶を始めた。
「本日はよくぞ集まってくれた。公邸ゆえ最上のもてなしとはいかんが、どうか寛いで過ごして欲しい」
熱のこもった拍手の中、巌公が壇を降りて諸侯らと握手を交わして親密さをアピールしている。酒と料理が続々と運ばれてきて乾杯するでもなく客が各々に食事を始める。
それを満足気に眺めた巌公は、老執事を伴って公邸に戻っていったのでポルターは後に続いた。
「やはり、辺境伯は王都に現れなかったな」
「それが、どうもお怪我をされているようです」
「なんだと?」
「密偵によると、狩りの最中に地竜に出くわしたとか」
「そうか。反目でないなら良い」
「諸侯の皆様にはそのままお伝えして構いませんかな」
「この後の会食で聞かれれば俺が答える」
「承知致しました」
「それで、こちらに寝返りそうなやつは居たか?」
「残念ながら。どのお方も王女殿下のお戻りがない限り、どちらに付くか決めかねていらっしゃるようです」
「とにかく辺境伯に和平交渉の詰めを急がせろ。そして王女に早く決断させるのだ」
「承知致しました」
「城の動きはどうだ?」
「特に変わりはございません」
「奴め、伯爵を味方につけて余裕ができたな。例の騒動を引き続き探れ」
巌公は老執事をホールに残して私室に戻り、侍女に茶を3人分用意しろと命じた。
「クソッ。この時期に厄介な」
「何か予想以上に焦っているな」
ポルターは、外を眺めながら落ち着かなさ気にしている巌公を不安そうに見つめ、厄介な客を待った。
続




