千馬奔騰
ポルターは、城を出て教会で懺悔したが、天使様は現れずモヤモヤは晴れなかった。
それから目的もなく街をぶらぶらと歩き、家々から夕食の支度をする煮炊きの香りが漂う時間まで何も閃かず、城に戻ろうとした時、体を引かれた。
「わっ!」
次の瞬間、薄暗くなった山の中に居た。
「ねえ、暗いよ?迷ったんじゃないの?」
「近道だって言ったろ?」
「近道…それか」
使命を理解したポルターの前を歩くのは年端もいかない兄妹だ。
「ねえ、戻ろうよ」
妹がグズり出した。まだ幼児と言っていい丸まっちい顔がベソをかいている。
「大丈夫。もうすぐいつもの道だから、な?」
「でも、ずっとそれ言ってるよ?」
「いいから、ほら、手を繋ぐぞ」
兄はさして歳の差のない妹に笑いかけ、道なき道を進む。
「不味い、迷ってるな」
ポルターは二人が来た小径を駆けて行くと、先日の嵐の影響で土砂に埋まった道を見つけた。恐らく子供の低い視点では見通せず、別の山道に迷い込んだのだろう。
兄妹は小径をノロノロと進んでいるが、辺りが闇に包まれるのは時間の問題だ。
「どうする…とにかく先を見に行くか」
ポルターは小径を進んでいくとところどころに切り株があり、木樵が拓いた道だと分かった。更に進むと切り出した木が積まれた広場に出た。
「よし、誰か居る!」
木樵が3人、片付けをしている。
「おーい!そろそろ終いにするぞ!」
1人が斜面で作業をしている男を呼ぶ。
「はい、もう少しで終わるんで先行っててください!」
「分かった!下で待ってるぜ!」
「はーい!」
「良かった。これで兄妹を見つけてくれるだろう」
ポルターは胸を撫で下ろしたが、ギクッとした。
「いや、それだと俺が呼ばれた意味がないぞ?」
木樵達は、ポルターの予想に反して広場の反対側の道を降りていく。
「そっちかよ!」
ポルターは、再び兄妹の元へ走ると二人は暗がりでしゃがみ込んでいた。
「もう歩けない!」
転んだのか、妹は膝を押さえて兄に叫ぶが、兄の精神も限界だった。
「だったら、置いていくぞ」
不用意な一言で妹が泣き出した。
兄は歩き出した。置いて行く気はないが何とか歩かせようとしているのだろうが逆効果だった。
「兄ちゃんが、兄ちゃんが、近道だって嘘ついた。うわああん」
「ごめん、置いてかないよ。兄ちゃんもホントは、怖いんだよ…」
俯いてボロボロ泣き出した兄も、ついにしゃがみ込んでしまった。
「クソッ、もう少し頑張って歩いてくれたら…さっきの木樵は気付いてくれないかな」
子供を少し脅かして追い立てようか、木樵をどうにかしようか思案して良心から木樵を選んだポルターは再び広場まで走った。
「兄妹の泣き声はここまで届かないか。木樵は…」
ポルターが姿を探すと、木樵は道具を小屋に片付け、帰り支度を始めていた。
「おい、帰るな!」
ポルターは、薪木を小径に向かって投げた。
「なんだ?」
木樵は薪木に近づき辺りを見回しただけで、興味をなくしてしまった。
ポルターは、力を使って帰り道を塞ごうと考えたが、パニックを起こして闇雲に逃げ出したらお終いだと思い留まった。
「脅かさないよう知らせる…」
ポルターは薪木を拾い、少し離れた木の幹にリズムをつけて打ちつけた。
木樵は今度こそ違和感を覚えて、訝しげな顔で叫んだ。
「まだ、誰かいるのかー!」
ポルターはそれに返すかのように木を打った。
―怖がらせてはいけない
木樵は小径を歩き出し、ポルターは導くように離れては木を叩き合図を送る。やがて木樵は、兄妹の泣き声に気付いた。
「は?子供の泣き声?」
木樵は何度も躓きながら泣き声を頼りに兄妹の方へと向かっていく。
「焦ったが、なんだか簡単だったな。ついに俺も幽霊として一人前になったか」
ポルターが勝利を宣言した途端、小径が崩れて木樵が斜面に投げ出されたが、木樵はすぐに起き上がった。これが、兄妹にとって死の罠だったのだ。
「なんだよ、この博打みたいな使命は」
呆れるポルターを置いて斜面を登った木樵は無事二人を発見し、それを見届けるや否やポルターにいつもの目眩が訪れた。
―雨の中の峠道…
『ボルソ、ここに仕掛けよう!』
ボルソが木々に縄を結わえて馬の脚を掛ける罠をいくつか張り、地面に耳を宛てている。視点から自分も同じことをしているようだ。ボルソが片膝立ちで道の先を眺め、やがて覚悟を決めたかのように聞いてくる。
『ここで迎え討つか?』
『そうだな。落馬したところを奇襲してやろう』
『多分俺達はここまでだな』
『ああ、お互い未練を言い合うか』
『なんだよ、それ』
『この戦いが終わったらってやつだよ』
『はは。最期までふざけたやつだな…よし、なら俺からだ』
『いいぞ』
『この戦いが終わったら、ミラと結婚するんだ』
『待て…ミラって、あの侍女かよ!』
『ああ。俺はモテるんだぜ?』
『…ボルソ。ここは俺がやるから隊長らと姫様を追ってくれ』
『今更なんだよ!』
『いいから俺の馬を連れて戻れ。それでミラも一緒に逃がせる』
『ダメだダメだ。そんなことできるか!』
『行けよ、俺は辺境最強の騎士だぞ』
『そういう話じゃ!…』
微かな地響きを感じて、ボルソが黙った。
『来たぞ。頼むから急いで姫様達を追ってくれ、そして護り抜くんだ』
起き上がり、馬から弓と矢筒を降ろしてボルソに手綱を差し出した。
『クソッ!結婚なんて言うんじゃなかったぜ!』
『式には出れんが、お幸せに。さあ、行け』
済まんと言って、走り去るボルソを見送り、藪に踏み入っていく。
『大丈夫だ、ボルソ。お前の因果は俺が引き受けた。代わりに姫様のことは任せたぞ』
ポルターはいよいよ迫った自分の最期を見届けるため目を凝らしていたが、それは叶わず暗転した。
続




