騒天動地
「王太子まだかなあ…」
ポルターは王太子の帰りを首を長くして待っていた。昼少し前に城に早馬が着いて王太子の帰りを告げ、城内が出迎えの支度で慌ただしくなった。戻ってきた王太子は、サロンで待ち構えていた貴族らに笑顔で応え、軽めの昼食会が催された。
出席者の誰もが家名を覚えてもらおうと必死に愛想を振りまいているが、王の病状を案ずる様子から箝口令は効いているようだった。
昼食会を終えた王太子は、玉座に移り謁見に訪れる人々とも機嫌良さげに語らい、政治的な正念場で着実に支持者を集めようと、王太子も愛想を出し惜しみしない。
―有力者を招いた狩りは満足のいくものだったのだろう
だが、選挙自体がはっきりしないうちに公爵派が劣勢になるのは、ポルターには悪い兆候だ。王女の始末に執着する王太子がより強硬な手に出て公爵派と対立すれば、王女が乱世に呑まれるのはほぼ確実だからだ。
「焦点は選挙の開催だが、王太子はこれでも拒むのだろうか。慎重と言ってしまえばそれまでだが、乱世を厭わないのはちょっと行き過ぎにも思える」
ポルターは、王太子が氷炎伯に話したことを真意だと考えている。選挙を避けるだけならば、水面下で王女と直接話し合い、帰国を諦めさせるというのも不可能ではないだろう。
「或いは、公爵派を反乱に誘導して叩くのが本命なのだろうか。いや、それでは姫様の帰国を阻む理由がないか…」
ポルターは、王太子が王になるためだけに王女を始末しようとしているという単純な動機がいまいち腑に落ちない。しかし、今は公爵派が選挙に持ち込むのが唯一の打開策なのだ。
「なにはともあれ、王太子に王の崩御を公表させるのが先決だ。予定通りに騒ぎを起こしてみるか」
※ ※ ※
夕刻になり政務を終えた王太子は、私室に戻り、侍女に風呂の支度を命じて、ベッドに転がった。
「よし、作戦開始だ」
ポルターは、棺から持ち出した先王の腕輪を湯の支度の最中にベッドの下へ滑りこませた。
「殿下、畏れながら湯の支度が整いました」
侍女が声を掛けると王太子は眠たそうに起き上がり、侍女に伴われて湯に浸かった。
ポルターは、もう一人の侍女がローブとタオルを用意してベッドを直し始めたのを見て、タオルの隙間にそっと腕輪を忍ばせて待った。
やがて王太子が風呂から上がり、侍女がタオルを拡げると腕輪が床に転がり落ちた。
「何かしら?」
侍女は、さっと拾い上げ、王太子に捧げるように見せる。
「殿下、こちらは?」
「知らんぞ……待て、これは!」
「どうなさいました?」
王太子は答えず、戸惑う侍女らを睨みながら叫んだ。
「衛兵!」
「何事ですか!」
衛兵が二人飛び込んできた。
「二人を部屋から出すな」
「御意」
「え、予想外の展開なんだが」
ポルターは焦る。
王太子は、腕輪をテーブルに置いて侍女を怒鳴りつける。
「これを何処で手に入れた!」
「こ、こちらの床に落ちておりました」
「惚けるな!これは父の腕輪だぞ!」
新王が侍女の胸ぐらを掴む。
「不味い。こんなはずでは」
ポルターは咄嗟に部屋を荒らし始めた。花瓶が床に落ち、飾り皿が宙を舞い、暖炉の火掻き棒がガチャガチャと音を立てて部屋の全員が、腰を抜かした。
「なんだ…これも貴様らの仕業なのか?」
侍女は、手を握りあって震え、首を振る。
「と、とにかく、部屋から出るぞ!」
衛兵は王太子を護るべく左右を固め、剣を抜いた。
「これくらいでいいだろう」
ポルターは、脅かすのをやめると警戒していた衛兵が、恐怖に顔を歪めながらも腰を抜かした王太子を支えて廊下に撤退し、続けて侍女たちを部屋から連れ出した。
扉がバタンと閉まり、廊下の足音が遠ざかっていく。
「ちょっとやり過ぎたか?」
ポルターが廊下に出ると、すでに人影はなく王太子を探し回って城を徘徊することになり、地下の霊安室でようやく見つけた。
詰め所では警備の漏れを近衛があらためており、シスターも一箇所に集められている。王太子は棺の前だ。
「逆の立場なら城を飛び出すが、なかなか肝が据わっているな」
妙な感心をした真犯人は、棺の前で震えながらひたすら祈る王太子を見て、作戦の成功を確信した。
「ちょっと脅かし過ぎたが、これで公表を急いでくれるといいが」
翌日、城は閉鎖され、神官が集められて城のあちこちでお祈りをしたり聖水を撒いたりが始まった。
二人の侍女は里帰りを命じられ、城内は倍の衛兵を配置して警戒し、宰相は箝口令の徹底に奔走していた。
「うわあ、大事になってしまった…」
ポルターは、さすがの気不味さから城を出て教会に向かった。
続




