竜攘虎搏
「始め!」
氷炎は慢心など微塵もなく低く構えて、合図と共に打ちかかるカランを踊るようにいなす。そこから二人は息の合った演武でもしているかのように激しく打ち合った。
左腕を浅く斬られて一旦離れたカランが、手綱で斧をグルグルと振り回して新たな間合いを探せば、氷炎伯は剣を突き出して絡め取ってみろと挑発する。
カランは斧を浴びせて再び躍りかかる。本命は胴を狙った後ろ回し蹴りだ。氷炎伯は身を捩り直撃を避けたが大きくよろめいた。しかしカランは追撃はせず、斧を回収し構え直した。
観客はどよめいている。
「囮にしてもあの変則斧は厄介だな」
顔面攻撃がありなら氷炎伯にはさらに分の悪い闘いになっているだろう。
「踏み込まなかったか。その慢心は命取りだぞ」
氷炎伯が追撃してこなかったカランに言い放った。
カランが応えず動かないのを見るや、氷炎伯が間合いを詰め、振り下ろされた斧を籠手で払いながら、突きでカランの軸足を狙った。カランは飛び退き、獣のように這って身構えたが、氷炎伯は止まらない。前蹴りを転がって躱したカランの脇腹をすかさず踏みつけようとしたが、斧が氷炎伯の足を掠めて火花が散った。だが、氷炎伯は怯むことなく、今度は蹴り上げ、カランは吹き飛んだ。
「強い…場数の差か…」
カランは初めて氷炎伯を認めた。間合いを変えようと再び斧を振り回すカランと滑るように腕の外側へと回り込む氷炎伯はしばし膠着した。
カランは斧を投げつけ突っ込む。軽く弾いた氷炎伯の剣がそのままカランの左肩を穿ったがカランは止まらない。
身を捩りながら氷炎伯に組み付き、氷炎伯の脇腹に膝を突き立てた。
「グッ…」
さらにカランは氷炎伯を離さず、力の限り膝で脇を打った。
「まさか!」
ポルターが叫んだ瞬間、氷炎伯がストンと膝から落ちた。
だが、カランは飛び退いて肩を押さえながら呻いた。
「これでも…ダメか…」
氷炎伯は落ちるふりをしてカランの両脚を捉えにいっただけのようだ。
攻めきれず肩で息をしながら動かないカランを睨み、氷炎伯は膝立ちのまま、雄叫びを挙げた。ひしゃげた甲冑を押さえつつも立ち上がり、剣を拾って構えた。
「さあ、続きだ」
再び姿勢を低くし間合いを詰めていく氷炎伯と片膝をついて意識を保つのがやっとのカラン。
―勝負はすでに決している
氷炎伯の剣の間合いに入ろうかというタイミングで、カランは反撃を諦める言葉を口にした。
「…ここまでか」
小さく呟いたカランが口を拭う。だが、真横に居たポルターにはカランが革手袋を噛み破るのが見えた。
「?」
カランが近づく氷炎伯に唾を吐きかけたように見えたが、同時に粉が舞った。
顔を庇って下がる氷炎伯と痙攣して倒れているカランを見て、ポルターはカランが咥えていた何かを口から取り出した。銅でできた小さな筒だ。
「これで毒を吹いたのか」
ポルターは、背後から氷炎伯の唸りを聴いて慌てて筒を地面に捨てて、結末を見守ることに集中した。
「台無しにしおって…」
氷炎伯は、顔を押さえながらも深呼吸をして姿勢を正し、カランに近づく。ポルターが落とした暗器を見つけると器用に拾い上げて握り潰し、仁王立ちでカランを見おろす。
「これからは、ただの妾として生きよ」
と宣言して、カラン右脚に突き刺した剣を支えにしながら崩れ落ちた。
―誰もが望まぬ形で死闘が終わった
歓声なのか罵声なのかよく分からない騒ぎの中運ばれていく二人。騎士団長は暴動を恐れたのか、動揺している王太子を抱えて外へ連れ出そうとしていた。
「また、こんな終わり方かよ」
ハンターのパーティに続く後味の悪さに辟易したポルターは、闘技場の騒ぎには目もくれず、二人の安否を確かめるために屋敷に向かって歩き出した。
続




