竜驤虎視
―あれから、カランの挑戦を直接受けた氷炎伯は武器を選んでいる。戦鎚を軽く振って、違うと呟いて戻し、長剣を手に取ったがしっくりこないのか鞘に納めた。
ポルターは、氷炎伯が敗けるとは思わなかったが、入念に得物を決める姿から、先のような絶対的強者の余裕は感じられない。
「やはり、カランは手練れなのだな」
氷炎伯はさらに物色を続け、最終的にショートソードを選んで素振りを始めた。
型を確かめるように軽やかに舞う氷炎伯にしばし見惚れていたポルターは、我に返って貴賓室へと敵情視察に向かった。
※ ※ ※
「畏れながら!」
「黙れ、副団長のことは事故で納めよ」
「し、しかし…」
「黙れ、事を荒立てれば国中に碌でもない噂が飛び交う。仇討ちはカランに任せよ」
騎士団長はカランに八つ当たりをした。
「本当に任せて大丈夫なんだろうな」
「ご心配なら代わって差し上げましょうか?」
「やめろ。それは俺への侮辱にもなるぞ」
自ら出なかったことを言っているのだろうが、カランは一瞬戸惑って蒼ざめた。
「申し訳ございませんでした!」
カランが慌てて跪き、赦しを乞う。
「二人共もう下がれ、鬱陶しい。外で頭を冷やしてこい」
二人が出ていくと王太子は机に向かい、サラサラと短い手紙を書き、茶を持ってきた侍女に預けた。
「野心だけの無能でもないんだな」
さらっと酷い評価をしたポルターは侍女についてくと、手紙は、執事を介して執務室の氷炎伯に届けられた。
氷炎伯はさっと読み、執事に手配してやれ
とだけ言って書類仕事に戻る。
氷炎伯にとっては命のやり取りすらただの日常なのだ。
執事は貴賓室を訪ね、すぐに手配させて頂きますとだけ伝えて下がった。
「はあ、そろそろ天使様成分が欲しいが、ネタが思いつかない」
不謹慎な発言をするポルターは少し期待したが、何も起きなかった。
「そういえば、幽霊になってから一度も祈ってないな。試合前に教会に寄るか」
独り言をいいながら執事について回ると、王太子の要求は、決闘を双方の兵士に見せろというものだった。王太子は、衆人環視で氷炎伯を抑制するつもりなのだろうが、効果は定かではない。
ポルターはそこから伝令の兵士を辿って、今は街の一角にある闘技場を眺めている。
「立派、でもないか」
高い木の塀に囲まれた四角の闘技場は、練兵場を石段で囲っただけに見える土のグラウンドだ。両側に鏡写しの建物があり、大きな扉が備わっている。
ポルターが石段が地面なのかを確認しているうちに、王太子の騎士団が入ってきた。
「ここは捕らえた魔獣と闘う見世物もあるんだってよ」
「ほう、いつか観てみたいものだ」
騎士が雑談しながら闘技場にバラバラと散らばっていく。誰一人副団長の件に触れないのは箝口令が敷かれているのだろう。
ヒューゴが警備隊らしき男と打ち合わせを済ませ集合をかけた。
「街で何か腹に入れてこい。遅れるなよ」
「副団長に出世か」
ポルターは気の毒そうに呟き、街に繰り出す騎士団に混じって闘技場を出た。
ポルターは遠くに見える教会の尖塔を目標に歩き出したが、途中の裏路地で小さな教会を見つけ、そちらに変更した。
入ってすぐの聖堂の祭壇をシスターが手入れする脇で、ポルターは跪き、目を閉じてお祈りを始めた。
「天使様、天使様…ああ、天使様」
特大の雷と共に天使様が降臨した。ポルターは四つん這いでむせている。
「ゲホッ…クソッ、死ぬかと思った…」
雷のおかわりが来た。
『下心で呼び出すのは感心しませんね。私は、便利な天使ではありません』
「うう…マジかよ、痛え…」
『我々が、主の僕であることを忘れないように』
「そうでした…これから毎日神様へのお祈りを欠かしません」
『今日は、どうしたのですか』
「ああ、目の前で無用な死を見て何となく」
『よい心掛けです』
「ああいうのは、手出しはダメ、ですよね?」
『やはり救世主になりたいのですか、とても忙しくなりますよ?』
「いえ、大丈夫です、手一杯です」
『そうですか』
「あの、まだ使命は暫く続くのでしょうか」
『主への祈りを欠かさず、ただ身を任せるのです』
質問には答えず無数の光の粒となって消えてていく天使様に、ポルターは慌てて縋ったが、無駄だった。
「またはぐらかされた。でも、最近は口数が増えたから、別に嫌われているわけでもないのかな」
雷からすっかり立ち直って、都合良く解釈し始めたポルターは、本来の目的、神様に真摯に祈りを捧げて教会を跡にした。
夕暮れの闘技場に戻ると篝火がずらりと並べられ石段の前には兵士や騎士が整列している。
やがて正門から王太子が入場して闘技場の中央に立ち、兵士が一斉に跪き低頭した。
王太子に付き従っていた騎士団長がそれを一瞥して、号令を出す。
「これより王太子殿下よりお言葉を賜わる!一同、傾聴せよ!」
王太子は、身分に合った立ち振る舞いで威風堂々と宣言した。
「知っての通り今宵は天下に轟く氷炎伯に我が認めた最強の戦士が挑む!勝敗に拘らず、同朋として互いの武技のみを讃えよ!」
「これで、勝っても負けてもメンツは保たれるか。少し侮っていたかもしれん」
ポルターは、不倶戴天の敵であるはずの王太子を素直に見直した。
王太子は席に案内され、石段に散る兵士と入れ替わりにポルターは闘技場に降りた。観戦するなら特等席だ。
「それでは、両者入場!」
騎士団長と一緒に入ってきた氷炎伯側の戦士長らしき男が、高らかに宣言すると両側の大扉が軋みながら開いた。
カランは革鎧に短いパンツ姿、腿まである革のブーツをベルトに吊っている。
得物は薄い片手斧、に手綱がついており端を左手首に掛けている。更にブーツには左膝に魔獣の角のようなものが付いている。
「まあ、普通の戦士ではないよな」
反対側からは氷炎伯が歓声に応えながら中央に歩いてくる。ドレスは変わらないが、上半身はフルプレートに替えて、ドレスには脚を守る金属の垂れを着けている。
「はあ!それでショートソードか!」
鎧で動きが鈍るなら軽い剣を選ぶ。何でも鍛錬のポルターとは別の戦術に思わず感嘆した。
「だが、カランの本命が、戦鎚のようなあの膝なら迂闊には飛び込めない。あの変な武器は間合いを惑わす囮にでも使うのだろうか」
ポルターの状況を余所に二人が中央で対峙し、氷炎伯は一礼し、声をかけた。
「逃げずに来たな」
ポルターは、一生に一度は言ってみたかった言葉に興奮した。
「ゆっくり休めましたか?」
皮肉で返すカランに気後れはない。
氷炎伯は何も言わず、間に立つ戦士長を促すと、試合開始の合図が宣言された。
「それでは両者、構え!……」
続




