玩火自焚
「この戦いが終わったら…俺の未練は分からんままだが、姫様が依然として狙われているなら、騎士としてやるべきはひとつ」
ポルターは、王太子をここで始末しようとも考えたが、乱世になれば別の諸侯が王女を利用しかねないため却下した。
「氷炎伯の自信から、王太子の目論見が叶うことはないだろうが、素直に諦めるとも思えん。今の俺に必要なのはもっと俯瞰できる情報だ」
休めと言われた騎士団長が叩き起こされ、王太子は、立ち合いの選抜を指示して貴賓室へ戻った。そして現在、ポルターは、不安気な王太子をベッドでなだめる女を監視中だ。
「王を王とも思わぬ無礼、必ずや地に這いつくばらせてみせましょう」
「カラン、お前は強い。しかし、あやつは怪物なのだ」
「ご心配でしょうか」
「当たり前だ。お前が怪我でもしたらと考えずにはいられん」
「ああ、私の身を案じてくださるなんて。なんだか火照って参りましたわ」
「呑気なことを…だが、今は全てお前に委ねるしかないか、来い」
灯が落とされ、衣擦れの音がポルターの監視終了の合図となり、ポルターは部屋を出た。
「やっぱり妾じゃねえか。まあ、あのカランという女が、呪詛を吐かないだけ良かった」
※ ※ ※
翌朝早く、練兵場を借りた騎士団が選抜の試合を行い、福団長とヒューゴという巨漢の騎士が抜擢された。
大広間では、王太子と氷炎伯が朝食を摂りながら、ルールを確認していた。
「1対1の連戦、得物は自由、顔面への攻撃は禁止、降伏か死で決着。以上だ」
「真剣でやるのか?」
「当然だ。お互い賭けたものの大きさに釣りあうであろう」
王太子はフンと鼻を鳴らした。
「それで、いつ始める?」
「慣らしも必要だろう、正午に練兵場で待て」
「いいだろう」
「手は抜かせるなよ?死ぬぞ」
王太子は応えず席を立ち、そのまま中庭に向かって騎士団長を呼び止めた。
「いいか、無理に打ち合うな。とにかく疲れさせてカランに繋げ」
「御意」
王太子はルールを告げるとさっさと部屋に引きこもり、カランは雲梯で身体をほぐしていたが、その後は騎士達に混ざることもなく、ランニングに出た。
「手の内は見せないか」
カランを見送り特にすることもないポルターは、騎士団の鍛錬をボーっと眺めて記憶を掘り起こそうとしたが、何かを思い出すことはなかった。
正午になった。王太子は急ごしらえの観覧席で黙々と果物を食べながら始まりを待ち構え、騎士団長とカランはその後ろに控えていた。練兵場では先鋒のヒューゴが両手剣を軽く振っている。身に付けるのはチェーンメイルと急所を守るプレートのみだ。
「持久戦用に身軽にしたか、氷炎伯はどうだ」
ポルターは、実況者気分になっているのか、戦士として滾らずにいられないのか、やや興奮している。
ポルターが熱い視線を送っていた屋敷から氷炎伯が現れた。革のドレスに銀の胸当て、同じく銀の小手、手に持つ短槍は見たことがない代物だった。穂先の反対側には鉤爪がついていることから、きっと普段狩りに使っているものだろう。
「待たせた。開始の合図を頼めるか?」
王太子が頷いて騎士団長に指示し、騎士団長は対峙する二人にルールを宣言した。
「両者構え………始め!」
開始直後、ヒューゴがいきなり間合いを詰めて、すぐに退いた。氷炎伯は受けるでもなく躱して、鋭い突きで牽制したからだ。氷炎伯は、距離を保ちながらヒューゴの右へ右へと廻り始め、ヒューゴは氷炎伯が飛び込んでくるのを見計らう。
果して氷炎伯が飛び込むと、ヒューゴは大振りの横薙ぎで払い、一瞬の鍔迫り合いの後、双方が間合いを戻した。
ヒューゴが狙っていたにも拘らず、振り切る前に懐に入り込む氷炎伯の瞬発力がヒューゴに距離を取らせたのだ。
「ふむ、騎士としては悪くないが、それだけか」
氷炎伯は挑発したが、ヒューゴは誘いに乗らず切っ先を揺らしてカウンターを狙う。しかし、似たような3度目の攻防で勝負はついた。氷炎伯の足払いでバランスを崩したヒューゴの背後にくるりと回った氷炎伯が肩を打ち、鉤爪でヒューゴを引き倒して槍を突きつけた。
「ま、参りました」
痛みを堪えながらヒューゴが剣を手放すと突き付けられた槍は、さっと引かれ、氷炎伯は一礼した。
「精進せよ」
氷炎伯が声をかけるとヒューゴは慌てて立ち上がり、
「ありがとうございました」
と深々と低頭した。
「実戦なら背後からの突きで即死だったろう。さすがだな」
王太子は当然の結果だと言わんばかりに、既にヒューゴへの興味を失っている。
次の仕合が始まろうとしていた。
氷炎伯は細身の長剣に持ち替えている。
対する副団長はメイスに木楯、革鎧。
騎士団長が「宜しいか」と声をかけ、二人は対峙した。
「戦場を経験しているな」
役割に特化した実戦的な装備に氷炎伯が感想を述べる。
「辺境伯には、及びませんが。主君を失望させぬよう尽くします」
副団長は、お飾りではないらしい。
「まあ、誇りを捨ててでも与えられた役目に忠実なのだけは褒めてやる」
副団長は氷炎伯の冷酷なそしりに軽く低頭した。騎士団長は、手を挙げてやり取りに割って入り、試合開始を宣言した。
「両者構え!………始め!」
そこからは実に地味な戦いが始まった。氷炎伯のアウトレンジからの刺突を副団長が楯でいなす。頭部への攻撃の恐れがなければ防御の難易度は格段に下がるため、氷炎伯も攻めあぐねているようだ。
「だが、氷炎伯はそれだけではないぞ」
ポルターが呟くと、ヒューゴをよろめかせた左回し蹴りが副団長の右脚を捉えた。倒れこそしなかったが効いている。氷炎伯は蹴り技で畳みかける。副団長が楯で脚を庇えば、前蹴りで突き放す、メイスを振れば、伸び切った腕に剣を正確に突き刺す。
完全に主導権を奪われた副団長は立て直そうと大きく間合いを取ろうとしたが、再び前蹴りを浴びて仰向けに転倒、楯を棄てて転がるが、氷炎伯は逃がさず肩を踏みつけ、腹を一突きした。
「ぐあっ!」
「参ったなどと言うなよ。主君に尽くすのだろう」
王太子が思わず立ち上がって何か叫んだが、氷炎伯は獲物から目を離さず、怒鳴った。
「これは、領地を賭けた決闘だぞ。姑息な真似で我を獣扱いしおって!」
騎士団長が悲鳴をあげる。
「降参だ。降参しろ!」
「こ…こ…」
「いいや、赦さん」
氷炎伯が一瞬で副団長の喉を一突きして、静寂が訪れた。
「おおお!」
騎士団長が氷炎伯に掴みかかろうとしたが、あっさり躱されて剣を突き付けられた。
「こいつが3人目で良いのか?」
氷炎伯が王太子を睨むと、王太子は下がれと手を振った。
「つまらん。止めだ止め」
興が削がれたと言わんばかりの氷炎伯は、誰を気にするでもなく、スタスタと屋敷に戻っていく。
「待て!逃げるな」
カランが叫ぶと、氷炎伯は立ち止まったが、振り返ることなく応じた。
「妾、日没を見計らって闘技場にくるがいい」
そう告げて、氷炎伯は去り、遺体を前に狼狽える王太子と騎士団長にカランは一礼だけして屋敷に戻っていった。
ポルターは激昂して喚き散らす王太子を、騎士団長が必死でなだめる様子を見て呆然としていた。王女謀殺のリスクは下がったものの、内戦に十分な口実に、ポルターは試合どころではなくなったのだ。
―これ、収拾つくのか?
続




