樽俎折衝
「まず、王が崩御なさったことは知っているか?」
王太子の告白には、さしもの氷炎伯も驚いた。
「なんと!床に伏せっているのは存じあげていたが、いつだ?」
「もうすぐ、ひと月になる」
「お労しい。それで、いつ発表だ?」
「まだできん。貴族院が選挙を求めているのだ」
「誰と?」
「妹だ」
「しかし、妹君はお主が追い出して今は国外。選挙も何もないであろう」
「そうでもないのだ。元々関係の良くなかったギデンズ候に漏れて、公爵派が帰還を目論んでいる」
「巌公、か。だが、妹君は王に毒を盛った下手人ではなかったのか?」
「そこなのだ。巌公は妹の冤罪を訴え、貴族院は証拠不十分で不問と決めたのだ」
「確か、妹君の下女が実行犯で、お主がすぐに妹君を首謀者として追い立てた。お主、さては王位継承を焦って仕組んだな?」
「ふん、王家では珍しい話ではない」
「ちょっと待て…まさか、本当に仕組んだのか」
「貴様とは腹を割って話をしているつもりだ」
「そうか、妹君が謀反を企んだと言うから好きにやらせたが、そういうことだったか…」
ポルターは、怒りに震えた。
これまで王家や貴族に陰謀が渦巻くのを天気のような感覚で捉えていたが、己の主君の身に振りかかるとなれば話は別だ。
―こいつが王を…姫様を…そして俺たちを…
「だが、結果的には巌公が共和国に逃した。貴様を恨んではいないが、巌公に差し出したのは選りすぐりの猛者だったようだな」
王太子がそう言うと、チラッとポルターを見た。ポルターはギョッとしたが、実際には背後に掛かった騎士の絵画を見ただけだった。
「王家に遣わすともなれば当然だろう」
「ああ、他意はない。最強軍と畏怖される貴様らを賞賛したまでだ」
「それは悪くない世辞だが、我に全てを話して、何を頼みたいのだ?」
「巌公は妹に密使を送り、葬儀にかこつけて帰還させ、そのまま担ぎあげるつもりらしいのだ。俺はそれを阻止したい」
「我は、動けんぞ?共和国との和平は、王の意向を受けた巌公の肝煎りなのだ」
「まあ、聞け。共和国は妹を人質に利用して帰す気がない。王の死を勝手に公表できない巌公は、相応の大義がなく、交渉は難航していると聞く」
「それがどうした」
「例えば、和平交渉で部族長が殺され、部族が妹の居場所を知ったらどうなる?」
氷炎伯はしばし考える。
「なるほど、やつらは報復に狂い、和平どころではなくなる。妹君が生き延びたところで、共和国はいよいよ人質として利用する、か」
「使節団にこちらの手の者を推薦して、滑りこませてくれたらそれでいい。巌公には俺を疑うよう、うまく引きつける」
「中々考えたものだ。だが、お主は正攻法で王にはなれんのか?」
「貴様は、本当に中央に無関心だな。言いたくはないが、難しいのだ。貴族院で妹が不問になり、俺を訝しんで公爵派に乗り換える諸侯も出ているのだ」
「よく分からんが、嘆かわしい話だ。王に毒を盛り、妹まで始末して王位を狙うか。お主が生き急がねば全て平和裏に進んだであろうに」
「理由はそれだけではない。貴様には、伏魔殿のことなど理解できまい」
王太子は急に不機嫌になった。
「いっそ和解して説得してみてはどうだ?」
「馬鹿を言え。それより、返事はどうなんだ?」
「断る。お主の企ては我に不利益が多すぎる」
「取り損ねる賠償金は補償しよう。何なら共に侵攻を考えてもいい」
「そんな雲を掴むような話は要らぬ。国が割れかねない大事に、共和国へ兵を割くなど論外だ。お主は戦すら厭わんのか?」
「それでも、俺は王になるしかないのだ」
「そうか、だが、やはり気乗りせぬ」
「何が欲しい?」
「駆け引きはしておらん。そもそも、兄弟を亡くした我にその話は気に入らんのだよ。しかし、それでは、わざわざ出向いて懺悔までしたお主の立場がないな。機会くらいはやるか」
「機会だと?」
「明日、我と立ち会い、勝てば領地ごとお主に差し出そう。お主が勝てば願いは叶う」
「貴様、何を」
「ああ、お主に恥をかかせるのは偲びないな。代わりを3人立てよ。妾、望み通り相手してやろう」
「…侮るなよ!」
女が堪えきれず洩らした。
「良い気概だ。さて殿下、どうする?」
「……いいだろう。付き合ってやる」
「決まりだ。良かったな、妾」
憤る女を王太子が落ち着かせるのをゆったりと待ち、氷炎伯がパンと手を打つと、侍女達が入ってきて晩餐会は終わりを告げた。
続




