潜移黙化
ポルターが目抜き通りを下っていくと見た顔が酒場のテラスのテーブルを囲んでいた。子牛を連れてきた隊商だ。
店の奥では吟遊詩人が唄い、兵士だろうか、屈強な男達が唄に合わせて歓声を挙げている。
ポルターは隊商の会話を聞くことにした。一番若そうな青年が、唄に聴き入り区切りがついたところで向き直り歓声をあげた。
「辺境伯様は、すげえお人なんすね!」
「そうか、ビーツは、ここは初めてだったか。よし、今夜は氷炎伯の武勇を語ろうや」
「いいねえ」
「氷炎伯、なんかカッコいいっすね」
「それも知らんのか。なら、銀山戦争からだな」
ポルターは当たりを引いた。
隊商達が代わる代わる話を始めたのを纏めると、辺境伯には二人の兄が居た。床に伏していた先代に代わって銀山の式典に出たところで共和国の部族の襲撃を受け死亡。王都に留学していた今代が葬儀に戻るや否や、軍を率いて部族の村という村を焼き払い、馬車いっぱいの首を共和国の中央に送りつけ、震え上がらせた。
氷炎伯の二つ名はそれが由来だそうだ。
その後、公爵の仲裁で共和国と停戦したものの、部族の残党は度々越境して国境の村を襲撃、決着を見ることなく逝去した先代を継いだ氷炎伯は、共和国側に侵攻し、一方的に軍を駐留させている。元々、部族の要求が銀山明渡しだったことから一連の出来事は銀山戦争と呼ばれているそうだ。
「でも、領民には甘いんだよな。おかげで越してくる連中が絶えない」
「あの屋敷も氷炎伯がわがままで建てさせたって云う噂もあれば、脚を悪くした先代のために一芝居打ったって話もある」
「へえ、そんな領主様なら俺もいつかここで暮らしてみるかな」
「やめとけ、お前みたいな細っこいのはここらじゃ肩身が狭いぜ?」
ビーツが店内の兵士たちを見て苦笑いした。
「俺、この旅が終わったら氷炎伯の領地に引越すんだ」
ポルターは悪戯心からビーツに耳打ちして、電撃に身構えたが何も起きなかった。
「あれ、天使様?」
ポルターがキョロキョロしていると、来た。
『そんなにご所望ですか』
天使様の声と共に立て続けに雷がポルターを襲い、転がり回って悲鳴が止まないポルターは白目を剥いている。だが、世界と決して交われない男にとって、唯一存在を認める天使様との触れ合いは、淋しさの裏返しなのだろう。
「はあ、痛え…でも生きてる感じするわ」
ポルターはとうに死んでいることを忘れていた。
※ ※ ※
翌朝の街には、お触れが出され、日中の目抜き通りは立ち入り禁止になった。
こうしたことには慣れているのか、通りの店は粛々と兵士の検閲を待ち、終わると外から鍵を閉めてさっと路地に消えていった。
「常在戦場の街といったところか」
ここは兵のみならず、平民も統率が取れている城塞都市なのだとポルターは感心していた。
「後は…」
ポルターは、何かを言いかけて止めた。
口は災いの門なのだ。
王太子が到着したのは陽が傾いた辺りだった。
氷炎伯は、屋敷の前で出迎え低頭し、卒無く歓待の辞を述べた。
「こんな田舎によくぞいらした。我が領は狼と風と岩ばかりの不毛の地なれど、王家の領土は領土。どうか、粗相のなきようおもてなしつかまつります。」
「これが評判の館か。女傑に相応しい強さと麗しさを兼ね備えておると諸侯は皆、口にしておったぞ」
「恐悦至極にございます。さあ、お疲れでしょうから、どうぞ中でおくつろぎください」
「うむ、そうさせてもらおう」
氷炎伯の案内で、王太子と二人の従者が中へと入っていった。
「騎士団長と侍女…いや文官か?」
ポルターは貴賓室に入っていく王太子を追った。
騎士団長は部屋を検めると別室に下がり、入れ替わるように屋敷の侍女たちが風呂の支度をして王太子の着替えを済ませ下がった。文官は部屋の隅に控えている。
「湯の加減を」
新王がソファに腰掛け伸びをしている、文官は風呂場に向かい湯を舐めた。
「?」
ポルターは何やってんだと思ったが、毒を警戒しているのだとすぐに思い直した。
「護衛か」
女はそのまま、スルスルとドレスを脱ぎ始めたため、ポルターは背を向けた。
「どうぞ」
「うむ」
ポルターは聞き耳を立てていたが、会話もなく湯浴みを済ませた王太子は、裸のままベッドに潜り、女はドレスを着て一礼して部屋を出た。
「警戒心がかなり強いな」
ポルターは、周囲を見て回ったが、間諜など自分以外にはいなかった。
王太子が昼寝から目覚めると、見ていたかのように女が戻ってきた。控え目ながら盛装しているのが、晩餐は間もなくだと伝えている。女は侍女を呼び、王太子の身なりが整うと、外で待っていた騎士団長を従え大広間へと向かった。
「改めて。ようこそ我が領地へお越しくださいました」
氷炎伯は低頭しているが、先程とは少し口調が砕けていた。
「仰々しい芝居はもういい。此度は、公務で来たわけでもない。ここからはかつての同窓として語らおう」
「ではそうさせてもらう、まずは乾杯を」
女が毒見をしようとしたが王太子が手を挙げて止めた。
「この女傑はそんな不粋な真似はせん」
「おお、しばらく見ぬうちに豪胆を身に付けたか。さすがは未来の王」
「貴様の傲慢な態度から学んだのだ」
「ふふ、では良いかな?」
再会に、と銀の盃を掲げ晩餐は始まった。
銀器に盛られた料理が運ばれテーブルに並ぶ。
「力の象徴か」
銀山を擁する辺境領は潤沢な資金でどこよりも強力な軍隊を持ち、中央で政治工作と贅沢に執心する貴族とは一線を画す。
たとえ学友でなくとも、氷炎伯は媚びへつらうことなく堂々ともてなしただろう。
やがて、変わり果てた子牛が運ばれてきて、給仕に切り分けられていく。
「これが今宵最上のもてなしだ。存分に味わってくれ給え」
王太子は蛮族らしい料理だと氷炎伯をそしりながら、口に運んで驚いた。
「美味い!」
王族ともなれば贅に飽きているだろうが、本気で感嘆している。
「一度は味わってみたかったな…」
ポルターは世話になったことも忘れて子牛の成れの果てを旨そうに見ている。
そこから氷炎伯は政治の話題を避けて一通り武勇を語り、王太子と学校での出来事でやり合ううちに晩餐はつつがなく終わった。
「団長殿、食事はご満足いただけたかな?」
「身に余るもてなし、感無量にございます」
「結構。ではこのまま旧交をあたためようではないか」
氷炎伯がすっと、手を挙げると侍女と執事が下がった。
「団長、今日は休め」
「御意」
王太子が騎士団長を退席させる。
「ほう、妾は残すか」
女はピクリとしたが、怯えたのではない。妾と言われたのが気に入らないのだ。
3人きりとなった広間の空気が重くなる。
「ここからは、言った言わんが足を掬いかねん。気に入らなければ首をはねろ」
「お主が急ぎ訪ねて来るとは、てっきり浮わついた話と期待したが、勘違いだったか」
「貴様にそんな気はなかろう」
氷炎伯は一瞬笑みを浮かべ、じっと女を見ていたが、女は動じない。
「なるほど、コネで成り上がった団長はお飾りで、其奴が懐刀か」
「…」
「まあいい、お主が話を聞かれて困らぬ間柄ならば我はどうでも良い」
「よし、今日来たのは他でもない…」
王太子が座り直して本題を切り出した。
続




