狐死首丘
―ポルターは歩きながら考えていた。
「王太子の到着まではまだ一日ある。組織の会話からここから辺境伯の居城までせいぜい丸一日の距離といったところか、問題は相変わらず位置が分からない点だ」
ポルターは街を通り過ぎて高台になっている岬の灯台を目指し、小径を駆け上がっていった。
「ここがどこか分かったぞ」
灯台から見渡せる平原に伸びる街道と授業で叩き込んだ地図を頭の中で照らし合わせ、下ってきた大河と海岸線から現在位置を割り出した結論だ。
「すると、あれが…」
海を背に左手の地平にそびえるひときわ高い山が見える。ポルターの知識によると、目指す辺境伯の居城はその麓なのだ。
「よし、子牛を追うぞ」
※ ※ ※
街道は丘や木立を避けるようまがりくねっていたが、ポルターにとっては何の障害にもならない。ショートカットを重ねて距離を稼ぎ、陽が午後を知らせる辺りには子牛を乗せた隊商に追いついた。
「ゼンも、友達を選べばこうなれただろうにな」
若者が間違うのは仕方がない。多くの大人はそれを理解し、手を差し伸べて救いを与えるが、世の中の大半は身勝手で隙あらば利用してやろうという輩に溢れている。ゼンとザックは後者から逃げるために、今頃道なき道をひたすら彷徨っているのだろう。
「しかし、幽霊になって出会うのは、隅から隅まで碌でもないやつばかりだなあ。姫様はご無事なのだろうか」
隊商は旅を急いでおらず、気持ちにゆとりができたポルターは新たな人生をブツブツと振り返りながら隊商について行く。
陽が傾き、周囲が田園風景に変わったところでポルターは到着が近いことを察した。
「よし、ここまでくれば大丈夫だろう」
ブラブラと歩きながら、なんの気なしに呟いたポルターを突如雷が貫いた。
「ぐはっ!」
『呪詛です』
「あっ!…そうでした」
ポルターが悶絶して起き上がった先に、斜面に這うように造られた街が見えた。
「懐かしい…とまでは言わないけど、この既視感は勘違いということはなさそうだ」
ポルターは、頭に浮かんだ街の風景が本物かどうかを早く確かめたくなり、荷馬車を追い越しながら街へと駆けていった。
※ ※ ※
街は切り立った崖を背にした砦の裾野に拡がり幾重にも連なる城壁は兵舎を兼ねているのか均等に並ぶ小窓から明かりが漏れている。
ポルターは、目抜き通りのゆるやかな坂を上がっていく子牛の荷馬車に再びついていくと、目的地に着くまで3つの関所を越え、4つ目の関所で子牛は引き渡された。ポルターは子牛に別れを告げ、奥に進むと辿り着いたのは、滝が流れ込む大きな堀を持つ屋敷だった。
「平時の居城か。それにしても、なんと贅沢な作りか」
王城の足元にも及ばないものの惜しみない数々の灯に照らされる白亜の屋敷は夕闇の中で堂々たる美を誇っている。
「あっ!」
ポルターが中庭の右手に目をやると記憶で見たものと寸部違わない練兵場があった。
「俺は、ここの兵士だったのか?」
慎重に見て回ったが、屋敷の記憶がなく、どうにもズレがあるが、練兵場は間違いなく記憶の場所だ。
そこからポルターは砦まで登りながら、城壁を見て回ったが、足の憶えからいよいよ確信した。
「俺は、ここに居て、いつか姫様に召し上げられたのだろう」
ポルターは、番兵が立つ正面玄関から屋敷に入り、吹き抜けのホールにいくつも掛けられた肖像画を見て回った。どれもこれも仕留めた魔獣を踏みつけ勇敢さを誇る貴族が描かれ、辺境の雄に相応しい家柄を誇示している。
1階は中央の広間を除き厨房と個室、個室は客室なのか風呂が据え付けられていた。奥には室内訓練場、診療所などがあったがいずれも灯りが消えていたため、探索は後日にすることにした。
ホールの階段を上がった正面奥には貴賓室があり、客はいないが、番兵が配置されている。右の扉を通り抜けると広々とした執務室に辺境伯と思しき人物を見つけた。
「まさか女性とは、いや、思い込みは悪い癖だな」
髪をきれいにまとめ上げた容姿端麗な領主は王太子と同じくらいの年頃だろうか。微動だにしない侍女が両脇に控える机で書類を睨んでいる。さらに正面には文官が二人、決済を待っている。
「また、移民が増えたか。そろそろ新たな村を開拓せねばな」
「東の砦の兵糧がやや不足しておりますので付近で開墾させてはいかがでしょう」
「いいだろう、会議までにまとめておけ」
「はっ」
「それから、なんだ…鍛冶組合の嘆願か、これは却下だ。多少の私腹を肥やすのは目溢ししてやるが、傲るなと言っておけ」
「ははっ」
「メイヤ、今日の夕食はなんだ?」
右の侍女が応じた。
「雉鳩に、ございます」
「ほう、待ちきれんな。今日はここまでにしよう」
すっ、と三人が下がり、左の侍女と共に辺境伯は部屋を出ていった。
「何も思い出さないし、縁も感じない。まあ、雑兵ごときに縁がないのも当然だが」
そこから、誰もいなくなった執務室を漁って回ったが、字の読めないポルターに得るものはなく、当面は王太子の到着を待つしかなさそうだった。
―天使様の使命と己の使命、か
ポルターは、それまでに少しでも記憶を取り戻そうと夜の街に出掛けることにした。
続




