悲喜交交
―ポルターは小走りで馬車の後ろを追っていた。街道を進むにつれて土地勘がみるみる戻ってくるのを感じた。
王太子が明後日に着ける距離として、道さえ分かれば夜通し駆けて先に着けるだろう。
「街道伝いに次の街まで行ったら、辺境領行きの乗り合い馬車を探すか」
宿場町に入る馬車に軽く手をあげ、ポルターは宵闇の街道を走り続けた。街道から人や馬車が消え、代わりに、狩りをする獣が横切り、逃げる獣が走り回る。
「獣に追われないのも幽霊特典だな」
食物連鎖の生存競争から外れたポルターを阻む者はいない。決して疲れず、闇すら問題にならないポルターの怪走は無敵に思えたが、ポルターが次の街に着くことは無く、フッと街道から姿を消した。
※ ※ ※
「なあ、ザック、このまま組織に入ろうぜ?」
「さっきも言ったろ。これが終わったら足を洗うって」
ポルターの目の前には酒場の片隅でヒソヒソと語り合う2人。ポルターは顔を歪めて酒場を飛び出した。
眼下には月の光に揺れる大河が横たわっている。左手の湾には桟橋が掛かり、無数の船が停泊している。見知らぬ港町だ。
「ああ!そうか、そうだよな。昨日今日と、うまく行きすぎてたよ!」
ポルターはおもちゃを取り上げられた子供のようにギャーギャーと叫び悪態をつく。
「俺はこの使命が終わったら、天使様にとことん愚痴をきいてもらうんだ!」
特大の電撃で地面に叩きつけられて、目の前に天使様が出現した。
『特大の呪詛です』
「ちょ…てか、ここはなんですか?」
何もない白い空間にポルターの目が踊る。
『愚痴でしたね。さあ、どうぞお好きなだけ』
「やだなあ、使命が終わったらですよ」
愛想笑いで返すしかない。
『せっかくですから今聞きましょう』
何がせっかくなのか分からないが、ポルターはこうなったらヤケだと腹を決めた。
「じゃあ、えーっと…そうだ、前回の使命の時に使命は重ならないとおっしゃってましたが重なりました、不条理だと思いました」
『確かに詳しい説明はしませんでしたね』
「正直騙された気持ちです」
ポルターは、チラチラと上目遣いで拗ねてみた。
『小細工は必要ありません』
「すみません…」
『まず、使命は距離の制約を設けてあります。先の使命はおよそ最大距離です』
騙されたと言ったのが効いたのか今日の天使様は饒舌だ。
「はあ」
『今いる場所も先ほどの場所からは大して離れてはいないので焦る必要はありません』
「つまり、遠くには飛ばされないと」
『世界を救いたければ歓迎しますよ?』
「全く思いません!でも重なるなら、いつか不可能に当たるのでは」
『使命が重なるのは極めて稀なのです』
「??」
『どうやら、使命との因果があまりにも強い呪詛は割り込めるようなのです』
「ようですって…」
『私もまた神の使徒なのです。未熟をお赦しください』
「やめてくださいよ。畏れ多い」
『いずれにしても、類稀なことは度々は起こりません。使命に集中なさい』
「そうしたいのですが、こうしている間に、話を聞きそびれてしまったのではないでしょうか」
『では、あの2人には会話をやり直させましょう。使命を果たしなさい』
天使様は消え、ポルターは現世に戻っていた。
「何もかもが急だな。だが今は!」
ポルターは2人の前にダッシュした。
「なあ、ザック一緒に組織に入ろうぜ?」
「それ何回言うんだよ」
「あ?俺聞いたっけ?」
「お前、酔いが回ってんだろ」
「呑んでもないのに酔うかよ」
「あれ、そうだ…よな」
「その足を洗うって話から聞かせろよ」
「なんか変な気分だが、まあいい…」
「時が戻るわけじゃないんだ」
ポルターは何かしらの超常を期待していたため、拍子抜けが思わず口から溢れた。
「俺の手伝いは今日限り、ここを出ておじさんの商会に就職する。お前も漁師紛いの運び屋なんて辞めちまえよ」
「いや、俺は成り上がる。組織に入ればシロンさんがすぐに俺に新しい船を用意してくれるんだ。期待されてるだろ?」
「あのな、ザック。船でメシを食っていくと決めたお前を応援してやろうと手を貸したのに、よりによって盗品の密輸とは…やっぱり今日は手伝いはやめる」
ゼンは席を立った。
「おい、待てよ。お前の意志が固いのは分かった、だけど今日だけは頼むよ、な?」
ゼンが座り直し、ザックがあからさまに機嫌を取り始めた。
「これは、ダメかも分からん…」
ポルターは早々に諦めの言葉を口にした。ゼン達の人生に興味はないが、使命だからやるしかない。だが、話の流れから何かが起こるなら船の上、そしてポルターは船に乗れない。
「よし、船を壊そう」
ゼンが渋々折れて、食事を済ませた二人は港に向かった。ザックが詰め所に入って暫く待つと、ぞろぞろと男たちが出てきた。
恐らく港を牛耳る組織だろう。
「積込みは済ませてあるからさっさと出発しろ」
「へい」
ザックが早く行けとゼンに手振りして、雇い主らしき男とゆっくり歩き始めた。
「で、あいつはどうなった?」
ザックは俯いた。
「シ、シロンさん、何とか見逃してやってもらえんですか?」
「お前には説得のチャンスをやった。まだおねだりするのか?」
「でも、あいつは大丈夫ですよ。すぐに街を出るって言ってますし…」
「そんなこと誰が聞いたよ?」
「すみません…」
「いいか、あれは一頭の子牛だ。お前もいつも食ってるだろ?さあ、言ってみな」
「あれは…ただの子牛…」
「びびったらその言葉を思い出せ」
「…へい」
ザックはバンバンと背を叩くシロンに完全に呑まれている。
「たはあ、やっぱりな」
案の定、口封じだと分かったポルターは出航前に船を燃やそうとゼンを追った。
ゼンはボートに積まれた木箱を並べ替えバランスを確認している。
ポルターは、船に掛けられたランタンを落とした。
「危ねえ!蹴り飛ばせ!」
周りにいた男の一人が跳び乗りすぐに対処した。ドボン、と音を立てて沈んでいくランタンを悔しげに見ているポルターが、次の手を迷ううちにザックらが到着した。
「おい!何を騒いでる」
「ランタンが落ちただけで何ともありません」
ランタンを蹴り出した男が応えた。
「ちっ、気をつけやがれ!牛はどこだ」
暗がりから毛艶の良い子牛を連れた男が出てきた。シロンは顎をしゃくって載せろと指示を出し、ザックに向き直った。
「いいか、ザック。辺境伯の急ぎの注文らしいから、こいつだけは絶対に落とすなよ」
「へい…」
「じゃあ頼んだぜ」
―辺境伯、だと?
シロンたちは見送るでもなく帰り、ポルターは岸を離れる船を見つめる。使命に失敗しようが、船には辺境伯領への道標が乗っている。
「ポルター…走れ!」
自分を叱咤したポルターは、川沿いの道を走って船の灯を猛然と追い掛けた。
続




