雲外蒼天
ポルターは我が家と化した土手に寝転がり、ハンター達の顛末を振り返った。
事件後に唯一動けたモエは、メスが往来していた獣道を一目散に下って街道に出た。そこで運よく騎兵に出会い、比較的早く救助されたまでは良かったが、ポルターは帰り道が分からず、二人の治療を待って王都に戻る羽目になった。
―やはり、地理は大事だ
それからポルターは貴族街で初等学校を探し数日授業を受けた。ポルターは、文字を読み上げ解説してくれる教師を賢者のように崇めながら、大まかだが国の地理と勢力を頭に叩き込んだ。
また、授業を通じて予想外の進展もあった。地図に描かれた王都から南に延びる街道が、これまで得た記憶とシンクロして、いくつかの風景が浮かんだのだ。
―記憶が戻るのは使命だけじゃないのか
ポルターは初等学校の校庭で、これまでの情報を組み立てた。まず地図と記憶から、自分が南方に縁がある騎士だと推測した。
その南方で勤めていた騎士が王都で幽霊として目覚めた理由は謎だが、王位継承で揺れる王太子の元に出現したのは無関係とは思えない。
「確か王太子は、王女が国外に居ると言っていた。短絡的だが、記憶で見た女性や出立の言葉から、俺が王女の騎士だったとも考えられなくはない、か」
ポルターは、当面は、その仮説を追ってみることにして城に向かったが、答えは案外あっさりと出た。
城の肖像画を見つめるポルターに普段のおどけた態度は微塵もなかった。記憶の欠片が眼の前に描かれた王女の姿と擦れ合って僅かに新たな記憶を甦らせたのだ。
―俺は王女…いや、姫様の騎士だ
ポルターは、さらなる手掛かりを探して城の中を彷徨ううちに、厳重な警備がなされた謎の地下区画を発見した。緩やかに降る長い階段の先に鉄の扉が設けられ、太い閂が侵入を許さないと言っている。
ポルターは、奥へ奥へと進み、やがて視界が開けたところで正体が分かった。
「ここは、先王の…?」
岩肌が剥き出しの地下ドームの中央には、祭壇が設けられ、棺が安置され、先王と思しき遺体は布に包まれ、様々な遺品が収められている。献花や燭台の火を絶やさないよう修道女が詰めており、今は天蓋の明かり取りの光で書物を読んでいる。
ポルターはふと思い出したように慌てて跪き、祈りを捧げた。幽霊になって、王家に特別な敬意は湧かないが、主君の父親となれば、話は別だ。
「このような身となりましたが、変わらず姫様をお護り致します」
ポルターは、祈りを終えて探索を再開した。侍女や庭師の雑談に聞き耳を立てたが、目ぼしい噂話もなく、王太子が明日まで不在という会話を聞き、出直すことにした。
―まあ、いい。じっくりいこう
翌日、王家の馬車が戻ってきた。取り巻きとの会話から狩りに出ていたらしい。休む間もなく着替えをした王太子は、会議に出席した後に宰相と私室に入った。
「留守中の報告だったな。手短に話せ」
「はい、共和国は姫様の引き渡しには応じられないと密使から報がございました」
「ふん、教会の傀儡め。貴族院の様子から、厳公はもういくばかも待ちそうにないな」
「左様にございます。公爵様は独自に王女殿下と接触なさっております。ご帰国されれば、すぐに王位継承選挙を催されるでしょう」
「逃げ出したネズミに王が務まるものか」
「いっそ、受けて立たれては如何ですか?」
「ならん。確実に芽は摘む」
「御意」
「そういえば、共和国とは銀山で揉めていたな」
「左様にございます。ですが、先王は辺境伯には金銭要求で和睦するよう親書を出され、共和国も間もなく呑むと聞き及んでおります」
「辺境伯か…使えるな。明後日に行くと報せを出せ」
「視察で宜しいでしょうか?」
「任せる。だが歓待は無用と伝えよ」
「御意」
「他になければ、下がれ」
宰相は低頭して下がり、王太子は書類と格闘を始めた。文字が読めないポルターは、宰相についていったが、宰相もまた執務室で書類と向き合ったため、ポルターは城を後にした。
「姫様は、恐らく王太子に国を追われた、そして公爵がご帰還のために動き、王太子はそれを阻もうとしている。向かう先が南の辺境領となれば、ついていく価値がありそうだな…」
土手に寝転がるポルターは、自分が、馬にも馬車にも乗れないことを思い出した。フィルたちの馬車には伴走できたが軍馬の強行軍となるとおいていかれるのは明白だ。
「うーん、先回りするしかないよな。およその方角は分かるから、道中で記憶を取り戻すことに期待して、すぐに出発しよう」
ポルターは、乗り合い馬車の待合所で出発の声がけをする御者から南部の街を目指す馬車を見つけ、ついていくことにした。いきなり道を誤れば、先回りどころではなくなるからだ。
「さあ、世にも奇妙な幽霊の冒険が始まるぞ」
続




