多岐亡羊
斜面を登りきったポルターは先に巣に向かった。ハーブの雄叫びは途絶え、どうなったのかは知りようがないが、戦闘になる前にモエの安全を確かめて集中したいのだ。
しかし、巣の周辺にモエの姿はなく、ポルターは途方に暮れた。
「はあ?どうすりゃいいんだ」
仕方なく、ハーブを探しに行こうと木立に足を向けた途端にアレが来た。
「おい、嘘だろ!」
ポルターは黒地竜の巣から消滅した。
「やっぱり一緒に逃げよう」
「やつを仕留めたらすぐに追いつくから」
「ハーブ。一人じゃ無理」
「大丈夫だ、今日の俺は絶好調だ」
「じゃあ、なんでギルド証を私に預けるの?」
目の前ではハーブとモエが揉めていた。
「ハーブやりやがったな」
ポルターは、ハーブが呪詛を連発するのを聞いて気が遠くなったが、結果的にモエが見つかり、脅かされて腹が立ちながら安堵する複雑な心境が現実に引き戻した。
ポルターが、なんとか状況を整理しようと考えていると、二人の側の茂みがガサガサと動き、鹿が飛び出した。
「なんだ、鹿か」
「もう、いい加減にしろ!」
ポルターは呪詛が止まらないハーブに突っ込みを入れた次の瞬間、本命が来た。枝が激しく揺れた正面の大木の幹に貼り付いたメスが姿を現し、二人を威嚇する。
「得意の奇襲じゃないのは、これが怖いのか」
ポルターの脇にはフィルの短剣が浮き、メスは明らかに警戒している。だが、ハーブの叫びで事態は動いた。
「モエ、話は終わりだ!逃げろ!」
「もう無理だよお」
声に反応したメスが突っ込んできて、二人が弾き飛ばされた。モエを素早く尻尾で捕まえ、麻痺毒を撃ち込み投げ捨て、ハーブと対峙する。
「この畜生が!」
ハーブは、手斧を投げつけ吠えたが、メスは怯むことなく突進してハーブにのしかかり、そのまま頭にバクリと喰らいついた。
「クソッ!」
ポルターはありったけの力で短剣を急所に突き刺し、手斧を拾ってメスの頭を殴りつける。すぐにハーブを吐き出し、逃走に移ったメスは木に登ろうと足掻いたが、血が足らなくなったのか、ドタリと落ちて地面で痙攣している。
「二人共、大丈夫か!」
ポルターは、思わず叫び、素早く容態を確認した。
ハーブは麻痺毒に抗っているのか僅かに藻掻いており、モエは、息はあるものの意識はなかった。ポルターはモエの解毒薬を思い出してポーチから薬を探したが、色々な瓶が詰め込まれていて、字が読めないポルターにはどれだか分からない。
「なら、ハーブはどうだ?」
ハーブのポーチには透明と茶色の小瓶が入っていた。ポルターは躊躇うことなく勘で茶色の薬を選び、ハーブの口に流し込んだ。
「違ったか?」
しばらく待つとハーブはむせ返りながら寝返りを打ってゼーゼー言い始めた。
ポルターはモエのポーチから茶色の瓶を見つけ出して飲ませた。これで麻痺は解けるだろう。
応急処置を終え、絶命したメスを見下ろしているポルターは、違和感に包まれていた。来るべき目眩いが来ないのだ。
「まさか、ハーブを助けたら不味かったのか?いや、ハーブはただの戦闘狂でフィルを嵌めるような行動はしていない…」
ポルターはここ数日の記憶を辿り、背筋を凍らせた。
「おいおい、まさかな。やめてくれよ!」
ポルターは、たった今思いついた最悪のミスを確認するために、木立を疾走した。
続




