挙式までの一年間
その後、ヤコブ殿下との正式な婚約を外部へと発表した。
当初は婚約破棄事件を目撃していた貴族達から奇異の目を向けられたが、敢えて放置しておいた。どうせ味方派閥の貴族は祝福する。お陰で敵対派閥の区別がつきやすくなった。
婚約発表から気づけば一年が経ち、殿下との結婚式をあげる日が近づいていた。
私は挙式を前に、この一年の出来事を揺られる馬車の中で振り返っていた。
初対面のお茶会より、殿下とは互いに手紙のやり取りを行うようになった。実際に顔を合わせるお茶会も頻繁に。
会うたびにヤコブ殿下の心の隙間に染み入る言葉をかけ続け、相談しやすい関係を構築した。今や困り事や悩み事があれば、私に頼るようになった。
些細なことで相談してくるヤコブ殿下の相手は、面倒だが自己判断で動いて、私へ不利益をもたらすよりずっと良い。
私がヤコブ殿下の依存先になる事で、徐々に私の言う事を全て聞いてくれる人形を作り上げることができた。
殿下との交流と並行して、気球を国内に発表した。国内の反響は凄まじく、多くの貴族や大商人がこぞって我が家へコンタクトを取ろうとしてきた。
気球発明の支援を行なっていたので、私の功績となり婚約破棄された令嬢という不名誉な肩書きはかき消された。
その後は気球を使った観光事業を立ち上げた。王都の近くやハダール領内の絶景スポットなどに気球を浮かべ、高所からの景色を楽しむというものである。これが非常に好評だった。
まだ見ぬ景色を見ようと、貴族達が金に物を言わせ順番を先取しようとしたおかげで私の観光商会の金庫は大いに潤った。
ついでに私の個人資産も大いに潤った。この資産で、再び資産が増え続ける様な仕組みを考えよう。
殿下とも共に気球逢瀬を行い、素晴らしさをアピールした。おかげで王都での観光飛行の許可も頂けた。
「サラには先見の明があるんですね。やはり貴女は非常に聡明だ。僕が王政を担う際は、内政を貴女に任せてもよろしいでしょうか?」
遊覧飛行中にヤコブ殿下から、将来的な内政の一任を提案された。断るという選択肢はない。
「はい、喜んでお受けいたしますわ。共にマグナテラをより良い国にしていきましょう」
肩にしなだれかかりながら、ヤコブ殿下の青い瞳を上目遣いで見つめる。はたから見れば愛し合っている二人に見えた事だろう。
もう一つ、観光事業を進めながら、ナアマさんと異世界の技術を再現するのも並行して進めた。
気球の一件では、ナアマさんに気球の仕組みなど全てを再現したが、その後のナアマさんの知識不足により、他の技術や道具を再現できない状況が続くこととなった。
そこで我々は考え方を変えた。
ナアマさんに作り方を吐かせるのではなく、発想を吐かせ、この世界の物で限りなく近い物を作るという方へ方向転換を行なった。
ナアマさんの記憶にある、カデンと鉄道を試作するところまで研究を進める事もできた。
カデンは、ナアマさんの世界の様に各家庭に動力が送られているわけではないので、別のデンチという道具の発想を活かし、魔石を嵌め込むことで稼働する仕様となった。
試作したカデンは広い領内の分家の親戚たちに動作試験を兼ねてばら撒いた。何かあれば報告が上がってくる。
鉄道も、まずは領内のひらけた土地で線路と車両の試作を繰り返している。
鉄道を作ることができれば、人や物品の輸送量が格段に跳ね上がるはず。
しかし時間はあっという間に過ぎて行くもので、日に日に結婚式が近づいてくる。
挙式を迎えれば私は、王宮に移り住むことになる。ハガルを含めた信頼している使用人たちを引き連れて行く予定だ。レメク男爵も連れて行く手筈を整えている。
問題はナアマさんの扱いをどうするかであった。もちろん連れて行かないという選択肢はない。しかし彼女は罪人として死んだ身。彼女を脱獄させていたと知られれば、破門者を庇っていたとして、私は槍玉に挙げられるだろう。
となれば、できることは一つ。彼女を別人として仕立て上げる。
「ナアマさん、貴女をこのままの状態で王都へ連れて行くのは問題があります。ですので使用人として連れていきます」
「えっ?」
「ハガル、彼女に使用人の仕事を叩き込みなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
「え、え、ち、ちょっと待っ」
彼女の特徴的なピンクブロンドの髪の毛を目立たぬ茶色に染めて、髪も短く肩口で切り落とした。名前もナアマではなくマナとして扱うことに。この名前は前世の名前らしい。
そして私が連れてきた使用人として違和感がない様に、彼女にはハガルより使用人の仕事をこの一年で教え込みました。
「では、始めてください」
ハガルの合図でナアマさん、もといマナさんは真剣な眼差しで私の髪をすき始めた。そこから手早く絶妙な力加減で髪を纏めヘアアレンジを施して行く。
最後に微調整を終える。
「で、できました」
「如何でございましょう、お嬢様」
「ええ、不足ないわ。ハガルから見てどうかしら?」
「及第点といったところでしょうか。一先ずは王宮に連れ立っても問題ないかと存じます」
使用人の勉強と研究の手伝いの二つを、時間に追われながらもマナさんは見事やり遂げてくれた。
そしてマナさんをハガルが見つけてきた平民という経歴で屋敷に雇い入れ、ようやく彼女は太陽を浴びれる本邸へ出入りできる様になった。
こうして大手を振って彼女を王都への一団に加えて、挙式の数日前に王都へ向かった。
数日後──
私と殿下は王都中の国民から、盛大な祝福を受け永遠の愛を女神様に誓った。
この時より私はサラ・ハダール=メルキセデクとなった。
一先ずは中央権力に入り込むことができた。
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