火種断ち
私はヤコブ殿下と結婚して王都へ移り住んだ。
殿下に王座をいつ渡しても問題が起きないように、国王陛下はヤコブ殿下に王政の仕事の一部を殿下に回すようになった。
殿下は以前の約束通り、一部の内政関係の仕事を私に任せてくれる様になった。そこから私は更なる権力の掌握を始めた。
最初にに敵対的な貴族の対処に着手した。
過去にエサウ第一王子派閥であった貴族たちは我々、ヤコブ殿下派閥の者たちが気に入らないのだろう。御しやすいエサウ第一王子から甘い汁をすすろうとしていた連中だ。未来のヤコブ殿下の王政には不要。今のうちに手を打っておかねば。
初めにエサウ第一王子の断種を行うように、手を回すことにした。父に頼み、ハダール公爵からの提案という形を取った。今後の王政のさらなる安定のためにも、余計な火種は消しておく必要がある、という理由で。
国王陛下は大いに悩まれた。愛している息子へ、そのような仕打ちをしなけばならないのか、と。陛下は考えが甘い。エサウ第一王子を甘やかすから、婚約破棄をしでかす凡愚に育て上げるのだ。このまま生かしておいても、敵対的な貴族連中の旗印として、祭り上げられる可能性もある。何かの拍子で子供なんて作られてしまえば、この国で内乱が起きるかもしれない。その隙を突かれ、諸外国からの侵攻もありうる。
陛下は断腸の思いで決断してくれた。何処にも悩む必要はなかった思うが、本当は処刑して、確実な安心を得ておきたい。しかし私は陛下のお心を考え、命までは取らないでいるのだ。むしろ感謝されてもよいのではないだろうか。
エサウ第一王子が断種される日、私はハガルと屈強な騎士達と共に、王子が幽閉されている塔へと赴いていた。騎士達が王子の元へ向かっている中、塔を上る階段のふもとで私達が待っていると、上の方から喚き声が聞こえてきた。
「離せ!俺を誰と心得ている!無礼だぞ!」
鎧の金属音がガチャガチャとこすれる音の中、凡愚の声が一年ぶりに聞こえて来た。以前はあのわめき声を頭から黙ってかぶっていたのを思い出す。
喚き声が徐々に階段を下って、こちらへ近づいてくる。
「放せ!この縄を解け!」
騎士に縄で捕縛されてもなお、抵抗しているエサウ第一王子が階段から降りてきた。
「お久しぶりですわ、エサウ第一王子、いや既に王子ではなくなったのでしたわね」
「貴様は……!」
エサウは私の顔を見ると、大きく目を見開き、怒りの表情を向けてきた。
「何しに来た!全て貴様の差し金か!今度は何をするつもりだ!この毒婦が!」
「そう声を荒げないでくださいまし。本日は少し野暮用で会いたくもない貴方に会いに来たのですよ」
「俺だって貴様なんかと顔を会わせたくも無い!いいから何をしに来たか言え!」
……久々にこれの相手をするが疲れるな。手早く用事を済ませてしまおう。
「ではご用件を。貴方の断種が決まりました。これから処置を行うので連行させて頂きます」
「な、なんだとっ!」
再びエサウは拘束から抜け出そうと身を激しく捩り始める。しかし二人の騎士に地面へと押し倒され、上から強く抑えられる。
「痛っ!やめろ!放せ!どういう事だ、サラ!この俺が断種だと!?そんな事をしたら誰が王位を継ぐ!父上が許すと思っているのか!」
息もつかせず捲し立てるエサウ。肩を抑えられ、私を下から見上げるしか出来ない彼。そんな彼を首を動かさずに瞳だけ動かして私は見下ろす。
「ええ、国王陛下に許可を頂いておりますし、次期国王はヤコブ殿下になりましたので王位継承は問題ございません」
「何、ヤコブだと......!どういう事だ、説明しろ!」
「それが人に頼む態度ですか?」
「貴様ァ……!」
歯を強く食いしばりながら、睨み付けてくるエサウ。
「まあ、貴方の未来を憐れんで教えて差し上げます。廃嫡された貴方の代わりにヤコブ殿下が王位継承者に、そしてこの私が殿下の婚約者となりましてね。つい先日には挙式も挙げました。盛大なパレードの音、お耳に入りませんでしたか?」
「ヤコブが王に……?」
「ですので、貴方が健在ですと余計な火種を生むので断種の処置となりました。ご理解いただけましたか?」
エサウは俯いたまま体を震わせ、悔しさに身を震わせていた。
「……様の……いだ。……貴様のせいだ!」
俯きながら何かを呟いていると思ったら、突然顔を上げ、泡を飛ばしながら怒鳴ってきた。汚らしい。
「私のせいと言われても、全てはナアマさんを選んだ貴方が悪いのでは?」
他責の言葉を今だに吐くエサウに過去の行いの事を問う。
「ナアマのせいだと!……そうだナアマはどうした!俺のナアマを貴様はどうした!」
どうやら幽閉されている間のことは何も知らないらしい。
「ナアマさんなら、あの後に投獄され牢の中で亡くなりましたわ」
「ナアマが……死んだ?……貴様が殺したのでは無いのかっ!よくもそんな仕打ちを!やはり貴様は毒婦だ!」
まあ当たらずも遠からず。私が彼女という存在を死ぬように仕向けた。本人は王宮の敷地内にいるが。
「……まさかあいつらにも、その様な悪逆非道な仕打ちをしたんじゃないか!でなければ俺がこんな扱いになるはずがない!」
あいつらとエサウの側近達で、ナアマさんが攻略していた者達か。彼らには何もしていない。勝手に向こうの家が処罰を下したに過ぎない。
「私は彼らには、何もしておりません。ただ全員が輝かしい未来を絶たれた、とは聞きましたが。どんな処罰を受けたかは、ご想像にお任せしますわ」
「……嘘だ!そんな……なんで、あいつらが……」
貴方が凡愚だったから、とは思いはしたが口には出さず、黙って後悔の念を口にするエサウを静かに見おろす。
これほど暴れる体力があるなら、もう十分か。断種の処置には耐えてくれそうだ。弱った状態で処置を受け死んだともなれば、陛下の心象が悪くなるので、わざわざ顔を見て様子見した。
「健康状態は確認できました。このまま起きていられても不都合です。眠りなさい」
指先から眠りの魔法を放つ。騎士達は魔法の匂いを嗅がないよう顔を離す。
「何をするんだ!は、な……せ──」
匂いを嗅いだエサウの意識は一瞬で消え失せた。
「連れて行きなさい」
◇
「始めて」
口布を巻いた白ずくめの衣装の医者に、処置を始めるよう促す。
彼の手にはよく手入れされた小刀が握られており、下半身をさらけ出しているエサウの股へ医者の手は向かっていく。医者は小刀を持った手を振りかぶり────
素早く、そして力強く、振り下ろされた。
「があああああああああああああ!!」
飛び散る血飛沫と共に、あまりの痛みからエサウが眠りから覚めてしまった。だが四肢を拘束されている彼が痛みから逃れる方法はない。
痛みを感じているのを見て処置はしっかりと行われているようで、私は安心した。陛下が息子可愛さに医者を抱き込んで、処置のフリで済ませてしまうのを危惧していたから、私は監視の意味を込めて、わざわざ足を運んだ。
あとは焼きごてで止血をすれば処置は完了だ。医者は熱して鈍い赤に変色した焼きごてを、暖炉から抜き取り、エサウの股へと押し付ける。
「ぐうううううううああああああああ!!」
じゅう、と肉が焼けこげる匂いが湧き立ち、匂いのあまり手で鼻を押さえる。
そして切り落としたものを医者は暖炉へと投げ入れ、焼却した。確実に燃え無くなるように魔法で火力を継ぎ足しておいた。
「これにて断種は終わりです。しばらくは安静になさってくださいまし」
「…はぁ、はぁ、こ、の毒……婦がぁ……」
息も絶え絶えにまだ私へ罵倒を吐けるとは見上げた根性だ。
「ふふふ、同じ罵倒ばかりでは、芸がありませんわね。それではあとは静かに余生をお過ごしくださいませ、ただのエサウ」
エサウは騎士達に腕を掴まれ、引きずるように塔へと連れ戻されて行った。悔しさと痛みが混ざり合った涙を流しながら。
ヤコブ殿下は、あの様にならないようにしっかりと育て上げよう。




