争いの始まり
どの様な手続きで実験を許可したのか記録を調べると余りの杜撰さに驚いた。皆早くに成果を上げたいがために、安全性を度外視した実験を多く行っていたのだ。記録を調べると小さい怪我を起こす実験から始まり、骨折する程の事故まで過去に起きており安全性への意識の欠如が見て取れた。
挙句、寝ずに研究を続けていたために判断力が低下した状態での実験と実験許可を行う日々をを日常的にしている始末。
自分たちの価値と危険性を低く見積もった結果が事故につながったと考えられる。
この環境を改善しなければ、再び大きな実験事故を起こすだけだと思い、新しい規則を作り上げて徹底的に遵守させる事にした。
まず新しい安全基準を設け、実験をする際は必ず離れたところか、近くで観察する際は身を守る準備をしてから行う様に通達。
怪我や事故をを起こした際は必ず報告書を提出する様に指導した。
また研究者達に判断力の低下がいかに恐ろしいかを今回の事故を教訓として胸に刻む様に、私自ら説教を行った。これで意識を変えてくれれば良いが、人は都合が悪いことは忘れる生き物だと、エサウで学んだので定期的に注意喚起しなくては。
事故調査と再発防止策を終え、王宮へと帰る日になった。帰る前に私は再び転移魔法の研究を再開させた。
今回の実験は失敗したが、魔法自体は発動し、ある意味では転移魔法は成功していたので、今後も研究を続ければ必ず完成するはず。
安全対策を怠らないように厳命し、子供達が待つ王宮へ帰る。ヤコブはうまく子守できているだろうか?子供達は寂しがっていないだろうか?心配する気持ちを顔に出さない様にしなくては。
「ははうえー!」
「よしよし、寂しがらせましたね」
王宮に着くとイサクが飛びついてきた。この数日間どの様に過ごしたかを拙い言葉で説明してくれる姿には愛しさを少し覚える。
その後はいつものように執務と公務の日々に明け暮れていたが、大学院から再び転移魔法の実験を行い成功したという報告を受けた。今はまだ無機物だけを転移させるだけだがそれだけでも大きな成果だった。
つまり遠い場所に即座に武器などを送ることが出来るようになったのだ。つまり戦争をより優位に進めることが出来る。他国にいる転生者を確保するために、大陸を統一するべきか考えていたが現実味を帯びて来た。
食料や動物を送れるか検証を進めるように大学院に伝え、計画を練る。どの様にすれば他国へ侵略できる口実を作れるか。
◇
研究を進めている最中に、私はもう一人男児を産んだ。名をイシュメールと名付ける。イシュメールも順調に育ち、私は28歳。イサクは8歳、レベッカは5歳、イシュメールは3歳となっていた。
既にあの実験事故から5年の月日が流れていた。転移魔法研究は難航したが、ようやく完成まで辿り着けた。
研究の結果、現在の転移魔法は植物、食料品、家畜を生きたまま転移することが可能に。おかげで国内の流通網に革命を起こすことが出来た。生きたままの家畜を出荷したり、取れたての魚類を朝のうちに内地の市場へ運ぶことが出来る。今まで数日掛けていた人の移動も日帰りできるようになり、マナさんたちの世界のように日帰り旅行や視察することもできるようになった。
ただし誰にでも無条件で使用させているわけではなく、貴族や一部の商人など特権的な者たちに限り使用させている。何故なら平民が自由に移動できるようになるのは不都合だからだ。
それに犯罪に使用する者もいないとは限らない。なのでマグナテラ王国の要所と各領地に魔法陣を設置し、周囲を砦で囲み厳重に守らせている。現在は許可を持った者だけが使用できるようにしている。
国内のインフラ整備を終え、私は今かつてないほど豊かな暮らしをしている。取れたての食材を調理した極上の食事を毎日口にし、視察を日帰りで行い、宿の手配を行わなくなった。いつでも心安らぐ我が家に帰ることが出来る生活になっていた。
◇
「隣国のシャヘン公国よりパーティのお誘いお手紙が届いていますわ」
「ああ、最近の我が国の発展にあやかるつもりなのだろう」
隣国より手紙が届き、相手国の国境にある領地の屋敷でパーティを行うとの事。おそらく隣国は我が国が急速に発展している理由を知りたいはず。転移魔法の存在は国内にのみに留めている。
発展の理由を突き止め、あわよくば恩恵に預かりたい腹づもりならお断りである。
しかし良い機会だ。利用させていただこう。
「隣国との交流を深める絶好の機会ですわね。この国から出たことはないので行ってみたいですわね」
「そうか。サラがそう言うなら参加しようか」
こうして隣国へ赴く事になった。
◇
パーティ当日、隣国にて
「ようこそ我が国へ、ヤコブ王よ」
「お招きいただき感謝いたします、シャヘン公王」
私とヤコブは共にシャヘン公王へ挨拶していた。現地の領主邸宅でのパーティではあるが、王が二人も揃っており、警備が厳重で周囲には隣国の貴族と兵士しか居ない。
文字通り、袋のねずみで何かされれば太刀打ちはできないだろう。無論こちらも護衛の兵を連れてきているが、屋敷の外に大部分を待機させられた。
「では今宵の出会いに乾杯!」
シャヘン公王が話す長ったらしい口上が終わり、ようやくグラスの中を飲むことが出来る。
私が受け取った二つのグラスの片方をヤコブへ渡し、ヤコブがワインを口にするのを見ながら、私もゆっくりワインを飲む。
するとワインを飲んだヤコブの顔が苦痛に歪み始めた。
「ぐっ、がはっ!」
「どうしましたヤコブ!」
喉を押さえながらヤコブは床に倒れる。その体を揺すりながらヤコブの名前を必死に呼び続ける。
「ヤコブ!ヤコブ!」
「どうなさいました!ヤコブ王よ!医者を呼べ!」
「貴方達の仕業でしょう!近衞達よ移動いたしますわ!」
すぐさまマグナテラの近衞で周囲から身を守り、外の護衛達と合流するために移動を始める。
シャヘン公王と貴族達は困惑したまま、我々が立ち去るのを見ていた。
「いったい何が起きているのでしょうっ!?」
「おそらくヤコブは毒を盛られたわ。隣国がマグナテラの技術を手に入れるために」
「何ですとっ!」
「今は急いでヤコブの治療を行っています。マグナテラに戻る転移魔法の準備を」
「はっ!了解でありますっ!」
馴染みの軍隊長に指示を出し、マグナテラへ急いで戻る。
ヤコブの毒は問題ない。私がヤコブの飲み物に入れたものであるし、マナさんの加護で治る程度の毒だ。
だが王が隣国のパーティ会場で毒を盛られた。その事実さえあれば戦争の大義は十分だ。
ヤコブが全快して政務に戻る前に、戦争へと突入しなければ。
こうして我が国と隣国の戦争が始まった。
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