捕獲作戦
転生者を捕まえる計画を、数日かけて立案することができた。
転生者は強力な力を持っているため、完全な支配下に置くことができない。
マナさんは癒しの加護しか持っていないため投獄されたのであって、私から離反しようにも、力で制圧ができる。
しかし今回の転生者ニム・ロドには力関係での主従関係の構築は期待できない。相手は歴戦の冒険者で、強力な魔法を持っている可能性がある。
加えてニム・ロドは辺境でのゆったりとした田舎暮らしを望んでいる。いきなり王都ソドムへ来るように勧誘してもいい顔はしないだろう。
暴力で彼を支配しようにも跳ね返され、こちらが破滅するだけだ。
であるならば、彼の意思で私の庇護下にやってくるように仕向ければいい。幸いにもバベル村にいる戦闘要員はニム・ロドだけだ。それこそが突き崩す弱点そのものだった。
全ての計画と準備を整えたので、あとは実行するのみ。
陛下には大学院で発明した道具の実地試験として、軍事作戦にも使えるか試したいので兵の演習を要望した。
ヤコブ殿下には急速に発展した村の税収が以前のままだと伝えて、滞納した分の税を納める勧告を向かわせて欲しい、とお願いをしておいた。
あとは、同じ日にバベル村の近くで両者の予定が重なるように調整するだけでいい。
◇
実験当日
私は実験見学と称して現地にハガルとマナさんを連れて参加。これで何かあっても直ぐに私が直接対応できる。
他にも、現地の兵士長に金を握らせ、素行が悪い兵士をバベル村の徴税に向かわせた。ついでに盗聴石の実地運用と言い、試験品を持たせるのを忘れずに。
盗聴石の演習と実験を行いながら、バベル村の様子も聞き逃さない。
バベル村の近くの平原で通話距離の実験や、石を用いた移動指示など細かに詳細をまとめていると突然音声が聞こえてきた。
「至急応援を呼んでくれ!襲撃を受けた!殺され、ぎゃっ──」
音声からは応援を求める声が聞こえると直ぐに途絶した。
おかしい。計画では、村の移住者に紛れた影が合図を送る手はずだったが、これは好都合。利用させていただこう。
「軍隊長よ。たった今、救命通話が入りました。領内での検証として石を持たせ、徴税に向かった兵士からです。途中で通話が切れたので、深刻な事態が起きているかもしれません」
「何ですとっ」
演習としか知らされていない軍隊長は、心の底から驚いた表情と声を上げた。
「私が責任を負いますので、今すぐ演習は中断。連絡があったバベル村へ向かい、兵を救出に向かいます」
「了解いたしました!演習中止!繰り返す演習中止!すぐさま移動の準備を整えよ!」
軍隊長は実験中の石を使って、部隊全体へ通告し移動を始める。
移動中に潜伏中の影から連絡があり、計画通りに兵士を煽り立てて、ニムロドに斬られるよう仕向け、向こうに過失を作る事ができたと言う報告だった。
次の連絡をするまで、そのまま潜伏する事を指示して次の計画へ備えておく様に伝える。
数時間でバベル村に着くと、防壁の入り口に最低限の治療を施された、血まみれの兵士三人が拘束され捨て置かれているのを発見した。
「なんて酷い事を……! おのれ許さんっ!」
情に厚い軍隊長は拳を強く握りながら、怒りを露わにしていた。
そこに倒れているには素行不良でこんな辺境に左遷された者だとは言わないでおこう。
「兵士を傷つけた者たちよ聞け!速やかに武装解除せよ!」
軍隊長に包囲の指揮を任せて、持ってきたティーセットで移動の疲れを癒しておく。いざと言う時に頭が働かないと準備した計画が水の泡になるのでそれだけは避けたかった。
軍隊長には長期戦の試験も一緒に行うことを伝え、まずは三日ほど様子を見て油断を誘うように指示を出しておいた。
兵士たちも疲れているだろうから、しばしの休息を取るようにと伝えると
「兵のことを考えてくださるとは、何と慈悲深いお方でありましょうか!」
と勝手に感動し、兵士達にも吹聴したせいで兵士たちの士気と私への好感度が上がったが、まあいいでしょう。お陰で好きに指示を出しても嫌な顔をされずに済む。
◇
三日も包囲が続き、バベル村の人間に気の緩みが見えてきたと言う影からの報告があり、次の一手を進めるように軍隊長へ指示する。
火矢で夜間に攻撃するのを最初の一発だけ見届けて、運んできた貴族用の移動天幕へ戻り、中の普段より質に劣る質素なベッドで眠りにつく。睡眠不足は美容の敵だ。
翌日、成果報告を兵士と影からそれぞれ聞き、順調に進んでいることを確認する。
昼間は監視と包囲に留めつつ、今夜からは夜に火矢と騒音を起こす作戦を軍隊長と共有し、他にも長期戦を想定しているので食事は野生動物などを調達して欲しいので、昼間は休息と食料確保に努めるように通達。兵士の昼間の睡眠や休息も許可しておく。
兵全体の食糧や食後の処理は全て村を流れる川に捨てて置くようにも指示。
夜の騒音は王都でも高級な耳栓を用意しておいた。ハガルとマナさんの分も用意して夜は快適に過ごせた。
その後は二週間ほど包囲し、夜間に攻撃を続けた。私は執務室から久しぶりに長期間解放されて、ゆっくり羽を伸ばした。
早朝に自然豊かな草原を散策し、マナさんに乗馬を教え、久々に運動を行う。汗を流した後は、魔法で湯浴みし、午後には紅茶を堪能しながら読書。夕食は一部隊を借り近くの村や町から地元食材を買い付けさせて、ハガルに調理させた。夜は火矢が描く放物線を眺めながらの天体観測。そんな優雅な日々を過ごした。
さてバベル村の者たちの様子はどうだろうか。影から村人の体調を報告させて、次の作戦で井戸に毒を入れるように指示する。
これでもうバベル村は立ち行かなくなる。
そう思いながら昼間の防壁外周を乗馬しながら散策していると、防壁から若い男が顔を出して川の様子を確認しているのが見える。おそらく二ム・ロドだろうが、今頃になって水質に気づいたのか。だいぶ判断力が落ちていると見える。
「もう一押しですわね」
そして最後に村人たちの不和を起こす為に影には村人たちに、「全てはニム・ロドのせいだ」と吹き込ませる。するとどうだろうか。あっという間に村人同士で争い合い憎み合うようになった。
あとは二ム・ロドに差し出すよう仕向ければ、彼らは苦しみを終える唯一の方法として彼を力を合わせて差し出してくれるだろう。
ついでに食料の奪い合いも扇動させてみればあっという間に、一丸となって抵抗していたバベル村の秩序は一週間で崩壊した。
「頃合いですわね。軍隊長を呼んで」
◇
「お呼びでございましょうかっ。サラ王太子妃様っ!」
「ええ、これからのご相談を。村には敵勢力は存在せず、元冒険者が一人だけで後はただの農民しかいないことが取り寄せた記録で判明しました。
おそらく瀕死の兵士からも同様の証言が得られると思われます。既に村内の状態は劣悪です。このまま続けても貴重な人命が失われるだけです。
ですので首謀者一人を差し出すように勧告すればもう事足りるでしょう。」
「なるほど、王太子妃様は農民の命も尊重なさるというのですか!我輩感動であります!」
「……ええ、そうです。勧告を任せても?」
「お任せください!喜んでお受けいたします!」
......やはり少し情に熱すぎる人だ、だが使いやすい。そのうち重宝してもいい。会議用の天幕の中で帰路を考えていると、外から軍隊長の大きな声の勧告が聞こえて来た。
「この村に戦闘員がいないことが調査で判明したっ!したがって我らの兵士たちを傷つけた者を差し出せばっ!すべて不問とするっ!」
しばらくすると、軍隊長が眉を下げながら天幕に戻ってきたが、浮かない様子。
「申し訳ございませぬ。我輩の力及ばず主犯を名乗りだすことが出来ませんでした……」
「いえ、貴方は立派に職務を全うしております。少し待ちましょう。もしかすれば心変わりするかもしれません」
「……っ!ありがたいお言葉でございますっ!」
軍隊長との雑談に花を咲かせ、夜まで時間をつぶす。日が落ち、鳥も寝静まるころに、ハガルが兵士からの報告を伝えに、寝ている私のところへやって来た。
どうやら目論見通り、村人たちが二ム・ロドを捕まえ差し出して来たらしい。身支度をしていないので、天幕から耳を澄ませ、少し入口を覗き見て様子を探る。
「兵隊様、この者が今回の犯人でございます。どうか剣をお納めなさっていただけますでしょうか?」
「ほう、こやつが。よかろう、では撤退することを約束しよう」
軍隊長が捕まっている二ム・ロドの前に立っているのが見える。村長と思われる男が手をもみながら媚びを売っている。その後ろには村長と同じく、離れていても少し匂うほどに身だしなみが非常に乱れた者たちが頭を垂れて降伏を示していた。
「ツ、ツァイル......ッ」
「............ごめんなさいっ」
「あっ……。なんで......、謝るんだよぉぉおお......ッ!」
ニム・ロドが報告書にあった、懇意にしている村娘に立ち去られ絶叫している。あの様子だと、だいぶ心に傷を負わせることが出来たはず。あとは仕上げに心の隙間に入り込めば彼は自らの意思で私の配下になってくれる。
しかし今日はもう遅い。続きは次の日にして、私は再び床に就かせていただこう。
お昼ごろに野ざらしの移動牢屋に入っているニム・ロドを訪ねる。
「初めまして、私はサラ・ハダール=メルキセデクと申します。今回の事件の首謀者は貴方でお間違えないかしら?冒険者二ム・ロド」
「……アンタみたいなお貴族様がこんな野ざらしの牢に何の用だよ」
「いえ、ただ貴方がバベル村発展の功労者だとお聞きしまして。どのような人物かを確かめに参りましたのよ」
「……」
「直に見たバベル村の発展はすばらしい物でした。全て貴方が魔法で整備したと聞きましたが確かですか?」
「……ああそうだよ。……もう放っといてくれ。俺は、もう死にたい……死刑にでも何でもし好きにしてくれ」
「それはもったいないですね。貴方ほどの魔法の腕を持っている者を易々と殺すことは出来ません。どうです、私の庇護を受けませんこと?」
「……帰ってくれ」
「強情ですわね。わかりました。気が変わりましたら教えなさい」
案の定、突き返されるが想定内だ。彼は今「自分の理解者はこの世界のどこにも居ない」という心理になっていることが会話から読み取ることが出来た。
では同じ転生者という理解者がいたら?同じ境遇の者が共に来てほしいと言ってきたら?
「マナさん、あとは手はず通りに。貴女の実力を見せてください」
「……まぁ、はい。で入ってきます」
◇
少し離れた所で待っていたマナさんに後を託し、私は自分の天幕へと戻る。しばらくするとマナさんも戻って来た。
「それでは計画通り、協力を取り付けることが出来たのですね」
「はい。少し甘えてみたらイチコロでした」
「よろしい。あと貴女はこれからも二ム・ロドと会うときは気弱な子女を演じなさい。もしくはあまり会話しない様に」
「わかりました」
ようやく二人目の転生者を捕まえることが出来た。
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