花音
岩の巨人が二つに割れて崩れ落ちるのを眺めながら、花音はコメカミに人差し指を当てた。
コメカミに貼り付けたマイクロチップの秘匿コードを指紋認証で起動させる。
「カイが来たわ。
ええ。
取り敢えず、作戦は成功……かな」
成功と言いながら花音は自分の左脇腹をみる。
学校支給の白いジャージが赤黒く染まっている。駿太に土の棘で刺されで出来た傷だ。
傷を負ってから1時間程経つ。初めは濃い赤だった血液も酸化して黒くくすんできていた。
花音は氣の運用は得意ではない。
傷を治す呼吸法も未修得だ。
変わりに薬草学の心得はある。
世界管理機構のつてで、薬草と漢方の技術が進歩した19番目のパラレルワールドに留学の経験もある。
その知識に基づいて、神経を麻痺させる漢方を服用し、傷口に回復を早める薬草を塗布して手当てした。
痛みはだいぶ和らいできている。
「何がどうなってるんだ……」
花音から少し離れ、木にもたれながら圭吾が口を開けて土煙が上がるのをながめている。
圭吾も駿太の土の棘に太ももを貫かれている。
直径3センチほどの穴が左大腿にあいていた。
幸いに骨と大腿動脈は避けていたので、鼠径部に近いところで足を縛って止血している。
花音は自分と同様に、漢方と薬草で圭吾の手当てをおこなった。
パラレルワールド科とはいえ、一般の生徒であればこんな状況に対応する術など持っていないのが普通だろう。
それを思うと小鳥遊桜はかなり優秀だ。
流石、吉本さんの孫だ。
「歩ける?」
「な、なんとか……」
朝とは違い、出会った頃のオドオドとした態度に戻っている。
自身が危機におちいってやっと頭が冷えたのだろう。
スラッジの恐ろしさを認識してくれたのなら、今日の経験は今後の彼の為になるはずだ。
花音は圭吾の少し前を進みながらまたコメカミに触れた。
「このまま、キャンプまで戻る。
そこで拾ってくれる?
じゃ、後で」
「さっきから誰と話してるの……?」
圭吾が不安そうな面持ちで、様子を伺うように見上げてくる。足の怪我を庇って歩くせいで、どうしても下から見上げる様な格好になってしまう。
その弱弱しい姿は、少し花音をイラつかせた。
それは同族嫌悪と言う奴だろう。昔の自分を見ている様で腹が立つのだ。
「安心して。悪い様にはしないから。
少なくても駿太の敵って事になるから大丈夫。
……今こところは味方とおもってもらって問題ないから」
その後はテントまでの道のりを無言で歩いた。
時折、森に轟音がひびく。
カイと駿太の戦いの音だろう。
花音はカイと出会った時の事を思い出していた。
あれは三年前の雪の降る寒い冬の日の事だ。




