花音と老人
カタカタと北風が窓を揺らす。
木の枠には薄いガラスが嵌め込まれ十字に分かれた右上のガラスは割れていた。
冷たい風が入り込むが、無いよりは幾分もマシだった。
家と言うよりも納屋に近い。暖炉もなく、腐りかけた木の床に薄く藁を敷いて毛布にくるまって寒さを凌いだ。
大人がいた頃は、部屋の真ん中の床板を外して石を組んで簡易の炉をつくって薪を燃やした。
壁や屋根の隙間から煙は逃げていったが、今は隙間風が吹き込むだけだ。
揺れる窓を見上げる。外は雪が吹雪いている。
「冬に咲く花。アナタの名前。私の一番好きな花の名前…」
母の事を思い出した。
私の頭を撫でながら、微笑んで名前を呼んでくれた。
貧しくても、それだけで幸せだった。
父と母が村の人達と出掛けてからもう1週間がたった。
子供ながらに二人に向けられている村人の感情がよく無いものの様に感じとれた。
両親は振り向き、少し困った様にわらいながら「直ぐに帰るから…」と言っていた。
「ウソつき…」
窓の外を眺めながら呟いた。
目の前が霞み耳鳴りがする。
ここ数日は碌に水も飲んでいないから、当然かもしれない。
遠いていく意識の中で、5歳の少女は不思議なくらいの冷静に自身に迫る死を受け入れていた。
目の前が暗くなり、前に倒れる。
入り口の扉が開いた様なきがしたが、目を開けて確かめる気力はもう無い。
お迎えにきたのは天使か悪魔のどちらだろうか。
暖かな感触と美味しそうな匂いで目が覚めた。
ゆっくりと目を開いて辺りを見渡す。
レンガでつくられた立派な暖炉の上には鹿の角がかざられている。
広い部屋には絵画が飾られているが、箪笥などは置かれておらず、小さなテーブルには、花瓶が置かれ、冬には調達が難しであろう花々が豪華に飾られている。
出入り口の扉の近くにはワゴンが置かれており、美味しそうな匂いは、どうやらそこから漂っている様だった。
自分が寝ているのがフカフカのベッドの上だと気づいたのは部屋の確認が終わってからだった。
自分のいる状況が飲み込めずにいると、扉がゆっくりと開いた。
「やぁ、目が覚めたんだね」
優しい笑みの、顎鬚をたくわえた老人が部屋へ入ってきた。見たことのない老人だ。
警戒から掛け布団をギュッと引き寄せた。
それを見て老人は「おっと、すまない」と言って歩みを止めた。
「ごめんね。ビックリしたよね。
今は何もわからないと思うけど、取り敢えずゆっくり休んでほしい」
そう言うと老人は今入ってきた扉からでていった。程なく、メイド姿の女性が部屋に入ってきた。
食事のとりわけや、着替えの手伝いなどを行なってくれた。
今まで受けた事のない待遇に戸惑っている間に、一日がすぎ、夜になり、就寝の時間になった。
この部屋の窓は北風でガタガタと震えたりはしない。
隙間風も入ってこない。
暖炉には常に火が灯され部屋心地よい暖かさに包まれている。
満たされた環境は、心の凍えを気づかせた。
ふと涙が頬をつたう。
堰を切ったように涙が溢れ嗚咽がとまらない。
母の声が遠く聞こえる。
「冬に咲く花。アナタの名前。私の一番好きな花の名前……
冬に咲く花は氷の様な花を開く時に音を奏でるの。
まるで花畑が歌を歌う様に。鮮やかな青の花が揺れながら歌を歌うの」
「カノン。アナタの名前。私の一番好きな花の名前よ」
廊下に響く花音の鳴き声に気づき、慌てて部屋に入ろうとするメイドを顎鬚の老人が引き留めた。
「今は、吐き出させてあげなさい」
メイドを返すと、老人は部屋の前の廊下でカノンが泣き疲れて眠るまでそっと見守っていた。
次の日の朝、カノンの部屋に老人が朝食を運んで来た。
パンにサラダ、トマトと白身魚のスープ。
こんな豪華な物を朝から食べて良いのかと驚いた。
老人はただ微笑みながらカノンを見つめている。
「そうだ。自己紹介をしよう。
まだお互いに名前も知らない」
「私の名前は……
少し発音が難しかも知れないね。
ヨシモトと言います」
老人はまた優しく微笑んだ。




