永遠少年③
ゲンさんと過ごす2回目の秋が来た。
西条高校へと通う坂道は銀杏並木になっている。
扇形の葉は黄色く色づき、強い風が吹くと風に乗って舞う。銀杏の実を踏み潰した時の独特の臭いには驚いたが、カイはこの景色が好きだった。
風に舞う銀杏の葉を追って見上げた先には半透明の鯨が空を泳いでいる。
皆は鯨が空を泳いでいる事に驚いているが、カイからすると余り違和感は無い。
カイの記憶は波に揺られながら見上げた空から始まる。青い空に少しな雲とその景色を歪めて形取る鯨の姿が彼の最初の記憶なのだ。
空に鯨が居る事はむしろ当たり前に感じられた。
「カイ!おはよう」
同級生の宏美が坂道を自転車で登ってくる。
銀杏並木の坂道は割と勾配が急なのだが、宏美の乗っている自転車はTREKと言うアメリカの会社のクロスバイクで坂道も楽なのだと自慢された事がある。
宏美は快活でとても明るい性格で、転校して来たカイに初めて声をかけてくれた友人だ。
ただし、彼に宏美と言う字が女の子の様だと言うととても怒る。子供の頃よく揶揄われたらしい。
宏美は剣道部にも誘ってくれた。ゲンさんと剣道の稽古をしてい事もあり、カイは剣道部に入部する事を決めた。
誕生日の翌日から不思議な事にカイの剣道の腕は格段に上がっていた。今まで宏美からもゲンさんからも一本取る事はできなかったが、今では何故一本取れなかったのか不思議なくらいなのだ。
顧問からはもう少し早ければ、インターハイも夢じゃなかった。と恨み言を言われてしまう始末だ。
高校3年の秋、進路について真剣に考えねばならない時期だが、他の生徒も皆勉強に身が入らない様子だった。
今までと同じ様に勉強しても、同じ様な未来が約束されている訳では無いからだ。
世間は今、もう一つの本州『ジパング』の話題でもちきりだ。
8月8日、鯨が初めて鳴いたその日、日本列島の隣りにもう一つの本州が現れた。北海道や沖縄、四国、瀬戸内海の諸島などは一切なく、本州のみ。
そして、そこには人も住み独自の文化があった。
着物をきた人々が住み、腰には刀を差している。
彼らは自分たちの国を「ジパング」と呼んでいた。
当初、自衛隊が調査に当たったのだが、あまりにも文化の違いに、衝突が起こり、双方に死者が出たと報じられている。
2か月程経ち、世界管理機構と言う組織が設立された。
日本とジパング双方の代表が、友好的交流の為の交渉をおこなっている最中だ。
ニュースでは進捗が日夜報道されている。
日常が大きく変わり、今までの常識が崩れ去った。
だが、それがどれ程これから先の将来に影響を与えるかわからない。
今年も例年と同じ日程で大学入学共通テストは行われると発表された。
「ジパングが、いつ刀をもって攻め込んでくるかもしれないのに勉強なんかしている場合じゃ無い」と言う生徒に、教師は「そんな事わからないのだから、今確実に将来の為になる勉強をしなさい」と伝える。
どちらの言い分も最もだ。
カイは東京の大学を受験したいと思っていたが、別の理由で躊躇していた。
ゲンさんにこれ以上迷惑をかけて良いのか…はやく自立しないといけないのではないか。
カイの学力なら奨学金は十分に狙えるし、バイトして生活費を稼ぎながら大学に通うこともできる。
ところが、それをゲンさんに伝えると怒られたのだ。
「お前の事は家族とおもってらぁよ。お前の学費と生活費ぐらい俺がだしちゃるよ」
とても嬉しく感じたが同じくらい迷惑を掛けてはいけないと言う思いが込み上げる。
宏美は大阪の体育大学への推薦が決まっていた。
カイの悩みに「ゲンさんに甘えたらええよ。別の事で恩返ししちゃらい」とアドバイスをくれるが、気持ちは何とか自立したいと言う方向に傾いていた。
そんなある日、派出所に予期せぬ来客がおとずれた。
高級そうなスーツを着た二人組だ。
一人は40代、もう一人はお供といった感じで20代前半だった。
「お約束もせず、突然お伺いし申し訳ありません。
田中元巡査長。カイ君はいらっしゃいますか?」
派出所で日報をかいていたゲンはこの街にあまり似つかわしく無い男達を訝しんだ。
「ご挨拶遅れました。申し訳ありません。
私、こう言うものでして…」
落ち着いた口調で差し出された名詞には、
『世界管理機構』と記されている。




