鯨の鳴き声の中で
「結局は、魔法も技術です。
そこには法則があり、再現性が存在します。
対局にある様に思われる化学と、実は根源は同じなのです」
アオは、魔法陣の説明をする際、初めて魔法に触れる人には必ずこの説明から行う様にしていた。
アオは魔法陣研究の第一人者として、各国で公演や講習を行っている。
大学卒業後、カイと一緒に大学院へ進み、魔法陣研究の道へと進んだ。
研究をしながら、世界管理機構の調査にも従事した。
初めのうちはカイと行動する事も多かったが、段々とその機会は減って行った。その理由はハッキリと告げられ訳では無いが、何となく想像はついている。
カイはきっと同じ場所から進めないでいる。
時間の牢獄に閉じ込められているのだ。
人は時の流れに逆らう事ができない。強制的に前に進んでいく。それは世界の定だ。
しかし、カイは歳をとっていない。
永遠に少年だ。
年を重ねる毎に誤魔化し用の無い乖離がうまれてくる。カイがアオに、その秘密を打ち明けてくれる事はなかった。生まれた乖離の分だけ物理的にも距離が生まれた。
今では、もう会う事すらない。会えばカイの隠している秘密が否応なしに露見してしまうからだ。
アオが魔法陣の研究を始めたのは、その秘密に踏み込みたかったからだ。カイの隣に立つパートナーになりたかった。
魔女の本に浮かび上がった魔法陣は一つの可能性を示してくれた。魔法陣の構成を解き明かすうちに気づいた事があった。言うなれば魔法陣は魔法のレシピなのだ。
精霊は食材、魔力は火力、それらの食材、火力をいかに、どの様な工程で行えばどんな料理もとい魔法が出来上がるかを示されている。
魔法陣を作り上げることができれば、魔法は再現する事ができる。
アオは、光と闇の精霊に触れ合う事は出来なかった。しかし、魔法陣の構築さえ出来れば、いずれ光と闇の精霊を扱える人に出会った時に、魔法を使ってもらう事ができる。
それは、まだ見つけることは出来ていないが、時空に関する魔法、カイの檻の鍵を見つける事が出来るかも知れないのだ。
およそ三十年の年月を研究に費やしてきた、気付けば半世紀が過ぎようとしている。
カイに抱いた淡い恋心は、二人の距離が離れていくにつれて、心の奥へと追いやられていく。取り出す機会が無ければ、いつかは消えて無くなる感情だろうか。
少なくとも、あんな胸がキュっとなる感情を覚える事は一度もなかった。勿論、いくつかの出会いや恋もしたが、あの感情は、そのどれでも感じる事のない『特別』だった。
叶わなかった想いが美化されているだけかも知れないが、自身の人生をかけて解き明かすと決めたのは、間違いなくカイの為だ。
魔法陣と魔力の伝導率について論文をまとめている最中に、けたたましい鯨の鳴き声が鳴り響いた。
歪んで行く景色の中で、アオは大学のキャンパスを思い出す。
アオの心の奥においやられた感情は、鯨の鳴き声が聞こえる度に呼び起こされる。
歪む世界の中、似つかわしくない少女の様な感情を思い出す自分は少し異常だろうか……




