新世界
「何だったんだ……今のは」
地震とは違う『歪み』と表現した方が近いかも知れない。あんな感覚は初めてだった。
タケは辺りを見回す。
「皆んな無事か?」
「私は大丈夫です」
最初に返事したのはユウだった。
ユウの隣にはウメが立っている。
世界管理機構から派遣された14名の調査員たちも全員無事な様だ。
「問題なし」
ウメはいつもと変わらず、素っ気ない返事をかえす。
こんな時一番騒ぐ筈のマツの姿が見当たらない。
『PW23』の調査の最中、今の揺れにみまわれた。
砂漠の下に広がる空間を見つけたのは、大百足の死体を処理していてる途中だった。
砂漠の下には硬い岩盤の層があり、その更に下に人工的に作られた空間が広がっていた。
岩盤の壁は人の手で彫られたであろう彫刻がつづいている。
この世界の歴史を絵にした様なレリーフは一つ物語を紡ぎ出していた。
昆虫と人類の生存域争い。
人類は間違った選択を行い、地上は焦土と化した。
地下に逃げ延びた人類は昆虫の恐怖に怯えながら、神に祈りを捧げる。
……そして、最後には滅びたのだろう。
地下の空間の安全性が確認され、調査員が派遣された。彼らの調査によると、人類が滅んだのは少なくても100年は前の事らしい。
レリーフの終わりには祭壇があった。
四角い台座が三段にわかれており、一番上まで急な階段が続いている。
台座の高さは一段が1メートル程で、その壁面にもやはりレリーフが彫られていた。最上段の四隅には支柱が天井まで聳え立っていた。
そのに中心には、彫刻の像が置かれている。
経年劣化なのか元々なのか、その彫刻に顔はなかった。女性の身体に翼が片翼だけ残っている。ルーブル美術館で展示されている『サモトラケのニケ』の像を彷彿させた。
片翼のニケ像の前にマツがたっているのが見えた。
「マツ!無事か!?」
タケの問いかけに振り返ったマツの顔は血の気が引き、青ざめている。
「タケさん……コレ
アカンやつや!」
「早よ逃げるで!!」
そう言うとマツが祭壇から駆け降りる。
こんなに真剣なマツを見る事はそうない。
「皆んな!はよ逃げぇっ!!
野生の勘や!」
それを聞き、その場に居る全員が急いで行動を始める。マツの野生の勘は、何よりも信頼が出来る事を皆はは知っていた。
片翼のニケ像の折れた首元からトプトプと黒い液体が流れ出ている。
酸化して黒ずんだ血液の様だ。
「アレ!アレがアカンやつや!
皆んな急いで上に上がりぃっ!」
マツは見た事も無い位に怯えている。
タケは全員が地上に上がるのを確認してから、最後にハシゴを登る。
登りながら像を確認する。黒い液体は未だ流れ続けている。祭壇をながら落ち、黒い液溜まりがゆっくりとひろがっていた。
タケはハシゴを登り地上へと上がった。
先に上がった筈のマツ達が呆然と立ち尽くしている。
皆一様に空を見上げていた。
タケも皆の目線を追って空を見上げる。
そこには鯨が泳いでいた。
見慣れた筈の鯨がいつもと何かが違って居る。
何が違うのか最初はわからなかったが、鯨の巨体が太陽を遮り、タケ達に影を落として初めて気が付く。
はっきりと鯨の姿を見てとれる。
今まで光を屈折させ、景色を透けて見せていたその巨体は、しっかりと陽の光を遮っている。
鯨は、その姿を顕現させていた。




