永遠少年②
夏の終わりが見え始めた頃、ゲンはカイの身元引受人となり、共同生活が始まった。
DNAや歯型、指紋などを駆使して行方不明者や過去の犯罪歴を洗ったがカイについて何一つわかる事はなかった。
福祉課とも相談をし、最終的にゲンがカイの身元引受人となる事を申し出た。
出会った当初、朧気であまり表情の変化がみられなかったが、半年もすると、カイはよく笑うようになっていた。
元々、そう言う性格だったのだろうなとゲンは思う。
詳しい年齢はわからなかったが、カイの学力は大学受験を行えるレベルだった。
16歳くらいに見えたが、幼く見えるだけで本当の年齢はもう少し上なのか、それとも元々頭が良いのか……
もともと頭が良いのだろう。とゲンは考えている。
一緒に生活してみて.そう感じる事が多いのだ。
生活始めた頃、カイは何一つ覚えていなかった。
生活に関する事全て、初めて見るかの様に驚いていた。
ゲンはカイの現状を思い、敢えて家事を教える事をしなかったが、3日した頃には全てを覚え、先回りをして家事をおこなう様になっていた。
別に、作業として一つ一つは難しい事ではないのだが、自分から率先してできる事に関心したものだ。
カイの容姿は整っていたが、日本人なのだろうな。と思っていた。
日本語で受け答えもしているし、そこを疑った事をは無かったのだが、もしかしたらその認識は間違いかもしれない。
共に暮らし始めて2ヶ月ほど経った頃、ゲンとカイは近所のスーパー買い物に行っていた。
ゲンがレジで会計を済ましていると、スーパーの入り口でカイが外国人夫婦と話をしていた。
何を話していたのかと聞くと「海までの道のりを尋ねられたので答えた」と言うのだ。
外国語が喋れてたのかと驚くと、「自然と相手の話している事がわり、受け答えができた」と言うのだ。
英語なら今時は小学生から習うしな…と思っていると、先程の夫婦が戻ってきて、またカイと話し始めた。
その言語はフランス語だった。
高校に通わせるかどうか判断に迷ったが、本人が行ってみたいと言うので通わせる事にした。
地元の公立高校の編入試験を受けさせた。
公立高校3年生の編入試験は何の問題なく合格したのだが、今から3年に編入しても馴染む間もなく受験と卒業になるだろう。と言う事で、2年生に編入となった
。
ここで書類上、カイは17歳と言う事で確定した。
誕生日は、カイとゲンが初めて会った8月8日に決めた。
対外的に、カイはゲンの遠縁の親戚の子供という事にし、2学期から転入する事になった。
ゲンは、カイが集団生活に馴染めるかと気を揉んだが、その心配は杞憂に終わった。
毎日楽しそうに学校に通うカイをみてゲンは安心した。
年頃の子供には必要だろう。とスマホを買い与えたが、渡した時、カイは遠慮してなかなか受けとろうとしなかった。
カイの手を取りなかば無理矢理にスマホを握らせた。
カイはイイ子やしよ……
子供や孫がいたならこんな気分なのだろうか。と思いながら、自然と仏壇に目を向けていた。
ゲンは小学生の頃から父親の影響を受け、剣道を習っていた。
今も和歌山県警の剣道部に所属している。
毎朝5時からの素振りは、欠かす事なく行なっている。
いつの間にかカイも付き合ってくれる様になった。
竹刀の握り方、足捌きを丁寧に教える。
息子に剣道を教える事が小さな夢だったが、叶える事はできなかった。
その夢が叶った様な気がして、少し胸が熱くなる。
8月8日
ささやかな誕生日パーティーを開く。もう1年一緒にいるのだ。カイの好きな食べ物位はわかる。
タコの唐揚げ、ポテトサラダ、焼きそば、筑前煮が食卓に並ぶ。
統一感はないが、それぞれにこだわりはある。
タコは朝市場で買ってきた新鮮なものを、すりおろしたニンニクと生姜、醤油に漬け下味をつけた物を片栗粉を使い竜田揚げに近い感じで仕上げる。
ポテトサラダは厚切りベーコンを炒めマスタードと混ぜる大人のポテトサラダだ。仕上げに温泉卵を合わせる事も忘れてはいけない。
焼きそばは細麺を少し焦がしてカリッとした部分をつくるのがポイントだ。
タコと一緒に買ってきたイカや貝も入れた海鮮焼きそばだが塩ではなくソースで仕上げる。
筑前煮は少し大きめに野菜を切る。本来は別々に炊いた物を最後にあわせるそうだが、鶏肉と一緒に炊いて行く。
胸肉の他に、手羽元を入れてボリュームをます。
出来上がった料理をみて、ゲンは短く刈った頭を人差し指でかく。
「これ、俺の好物やしよ」
次の日、不思議な事が起こった。
朝、カイといつもの様に素振りをしていたのだが、カイの雰囲気がいつもと違うのだ。
素振りの姿勢に隙がない。
明らかに昨日までのカイの素振りと様子が違うのだ。
「カイ、ちょっと打ち込んでみぃ」
カイとゲンは間合いを取り、向き合う。
ゲンは背筋が寒くなるのを感じる。
向き合ってみてよく分かる。
やはり隙がない。
どう打ち込んでもカイに自分の竹刀が届くイメージがわかない。
元々、筋は良い方だったが、それは「始めて1年で」と言う前置きがつく。
だが、今目の前に対峙しているカイは何十年も鍛練を続けた達人の様な雰囲気をまとっている。
あの日から、結局ゲンはカイから一本も取れなくなった。
とは言っても、あの後数回竹刀を合わせただけだが、ゲンは「二度とカイから一本も取れない」と感じていた。
それ程に、あの日からカイの剣術の腕は変わったのだ。
「あれは何やったんやろなぁ」
8月8日
カイに六度目の『お誕生日おめでとう』と送ったスマホの画面を見ながら、ゲンはあの日の事を思い出す。
既読のマークがつき、直ぐに『ありがとう』とかえってくる。
相変わらず律儀なヤツやよ。
もう暫くカイとはメッセージのやり取りだけだ。
『ありがとう』の言葉を眺めながら、ゲンは昔を懐かしんだ。
ふと、思い浮かんだ事がある。
今から思うと、そう言う事なのか…
カイの剣術の腕がみちがえたあの日は、鯨が初めて鳴いた、次の日だ…
「……あれ、同期しとったんかぁ」




