PW02-魔法の世界⑲
満月の夜
ウッドハウスのある大木のほとり、湖の真ん中で、カイとアオ、グリンの魔女は空に浮かんでいた。
水面には満月が映り、風で揺れ淡い黄色の丸は輪郭を変える。
湖の水際には水蓮が群生している。
こちらの水蓮は朝ではなく、夜中に花をひらく。
ちょうど今、花弁の先から根元に向かい、紫から白に変わる花が満開に咲いていた。
「さてと、やるかい」
魔女は満月の映り込んでいる水面に向けて手をかざす。
水面が揺れ水を押し除ける様に、中から岩が隆起する。水面を突き破ると、カイたちの飛んでいる位置まで伸びて止まった。
アオが手に持っていた、純銀の杯を隆起した岩の先端に置くと、そこに魔女が瓶から液体を注ぐ。
大鍋で『光と闇の精霊』を呼び出した後にのこった透明な液体だ。
先程摘んできた月花、カバラの蔦、大蜥蜴の尻尾の粉末を入れていく。
カバラの木と月花は生息地がわかっていたので、道のりが厳しい事以外、辿り着ければ問題なかったが、大蜥蜴はかなり大変だった。
生息地は定住せず、日によって変わるため、見つけるのにも苦労した。
凶暴で唾液には無数の雑菌が繁殖しており、噛まれれば即アウトだ。傷口か雑菌に感染し命を落とす。
アレだけ苦労して捕まえた大蜥蜴は、尻尾の先しか使わないと聞いて、疲れが一気に押し寄せた。
大蜥蜴の尻尾は滋養強壮にかなり効果があるらしく、尻尾の粉末一つまみで、アオの父親の1月分の収入と同じくらいの値がつくそうだ。
「一匙飲むか」と魔女から勧められたが、カイもアオも金額と効能にそれを無して口に出来なかった。
月花とカバラの蔦は、大蜥蜴よりも貴重らしく、値段すらつけられない代物らしい。
盃の中にある物だけで、数十年は遊んで暮らせそうだ。
魔女は最後に虹色の石を入れる。
虹色に輝くその石は、四大精霊を呼び出し、盃の中にある物体其々の力を繋ぐ触媒になる。
魔女は両手を盃の上に重ねて魔力を込める。
魔女の周りに赤、青、黄、緑の精霊たちが集まっている。
魔女の輪郭が輝いて見える
不意に魔女は仰向けに倒れ、空中から落下した。
着水の手前で、なんとかカイが間に合い抱き抱える。
魔力を使いすぎた様だ。
魔女は弱々しく手を上げ、届かない盃を掴もうとする。
「まだ……まだ、ダメだ……
まだ、完成していない……」
魔女の手は空を掻く。
意識も朦朧としている様だった。
魔女にとって、今している事が余程大切な事なのは見ていて分かる。
アオは盃まで飛んでいき、手をかざす。
「私が……!」
魔力を込め出すと、身体の力が一気に抜けていく感覚に襲われた。
全身の血が抜かれた様な……体の芯から寒気に襲われる。
それでもアオは魔力を込める事をやめない。
銀の盃が淵から下に向かい白く変色を始める。
変色し切れば、目的は達成だ。
あと少し……
あと……少し……
アオの視界が白く霞む。
寒気は身体中を支配した。
氷の海に投げ出された様だ。
落ちて行く感覚がある。
そうか、魔力を使い切ったのか……
薄れて行く意識の中で、何故かそれだけは冷静に理解できた。
意識は白く霞んだ後、暗闇に落ちていく。
指先一つ動かせない。
不意に温かな感覚がアオを包んだ。
暗闇の中に淡いオレンジの様な暖かな光が浮かぶ。
まだ、身体の芯は冷たいが、この光に包まれていれば大丈夫だ。
安心……と言うよりは安らぎに近い。
アオはゆっくりと目を開ける。
カイがアオを抱きか抱えて飛んでいる。
満月は二人を一つのシルエットで映し出した。
水面映る満月の真ん中に、二人の影が一つ浮かぶ。
「よく、頑張ったな」
カイはアオに優しく語りかけた。
今、キュっと締まり、直ぐにほぐれ、暖かな感覚で満たされている。
アオは右手で心臓のあたりを掴む。
さっきまで弱々しかった鼓動が、今はこれ以上無いほどに脈打っていた。
アオは確信する。
私の心のある場所はここだ。




