CofU(PW-0)
「なるほど。
つまりそこは、節足動物たちが、砂の下に住まう世界だったという事ですね。」
黒いスーツの男は一人たたずみ喋っている。
男の周りには白い砂丘が広がっていた
姿勢の良いスーツ男は白髪の混じったグレーの髪をツーブロックにし、ポマードで7対3の割合で整えている。
スーツはきれいにクリーニングされ、シャツも糊付けけされていた。
胸ポケットにはネクタイと同じペイズリー柄のチーフが差し込まれており、履いている革靴もきれいに磨き上げられている。
とても砂丘の中にいるには、似つかわしくない風貌だ。
「松竹梅の活動はいつもユニークですね」
男は腰の後ろで手を組み、小さく肩を揺らしながら笑った。
「この1ヵ月の活動報告は以上になります。
砂漠の下で見つけた節足動物の種類は大小様々であり126種類です。
今後調査を続けることで、さらに数は増えると思われます。」
どこからともなく、女性の声が聞こえる。
その声は少し反響していた。
「わかりました。
引き続き調査を続けてください。
節足動物たちの体液から取れた成分で、新薬が開発できそうだと言うのは本当ですか?
Dr.ユウ」
「はい。
まだ研究段階ではありますが、節足動物たちのタンパク構成が、今まで確認したことない構成になっています。
細胞分裂の増殖を抑える効果が期待でき、悪性新生物に対しての何かしらのアプローチに役立つと考えています。」
スーツの男は顎髭を触りながら、満足そうに頷いた。
「では、いつものように活動報告と研究結果をデータにまとめて送ってください。
そうそう、松竹梅のお三方には、『活躍を期待している』と言っていたとお伝えください。」
「かしこまりました。長谷川室長。
…ただ、あの方達は自分たちを『松竹梅』と纏めて呼ばれる事を嫌っておられます。
今度お会いになる時は、その呼び方は控えてあげて下さい。」
「わかりました。留意しますね」
「それでは、失礼いたします。」
1秒ほどすると、男の周りにあった砂丘は、上の方から消えて行き、机や椅子が置かれているオフィスが現れた。
長谷川と呼ばれた男は、テーブルの上に置かれている。直径3センチ、薄さ5ミリほどの銀色の円盤の中心にあるボタンに指を当て、電源を切る。
『世界管理機構・調査室室長』
それが長谷川の肩書きだ。
机の後ろの壁は一面ガラス張りになっており、白く濁っている。
その前に立つと、長谷川はガラスを指先で「トントン」と軽く2回たたいた。
すると濁っていたガラスは透明になり、外の景色が現れた。
高層ビルの40階にあたるその部屋から、長谷川は街を見わたす。
20年前、PW-03が同期した。
はるかに進んだ科学技術を有していたその世界の技術を取り入れ、世界は更に発展した。
眼下に広がるその景色は、長谷川が子供の頃アニメで見たような、近未来都市そのものだった。
スカイツリーよりも高いビルが立ち並び、その隙間を縫うようにして道路が張り巡らされている。
道路を走る車にはタイヤがない。
エンジンで動く車はもうほとんど見られず、今はリニアモーターで動く車が主流となっている。
空飛ぶ鯨が現れて、30年。
初めて鯨が鳴いてから、29年。
数年に一度しかなか鳴くことの無かった鯨は、最近だんだんと鳴くペースを早めている。
長谷川は目線を上にあげた。
空には半透明の鯨が泳いでいる。
29年前、鯨が鳴いたその日、世界はそのあり方をかえた。
もう一つの世界。パラレルワールド【PW】がこの世界にあらわれた。
過去の選択、分岐点、その先を進んだ別の世界。
この世界と幾重にも重なり、隔絶された世界。
本来は交わる事の無い世界が交わり、同期した。
宇宙から観測した地球の大きさは変わらないのに、世界の広さは拡張されていく。
物理学者曰く、四次元の歪みに起因しているらしい。
世界は一つに集約を始めている。
「モビーディック、世界をどこ導こうとしているんだ?」
長谷川は目を見開いた。
鯨がその口ゆっくりと開け始めている。
「バカな……早すぎる」
ブォオオオオッオオオオオオオオ
鯨が24度目の鳴き声をあげた。
角笛にも似た鳴き声が、世界中に響き渡って行く。




