PW02-魔法の世界①
鯨の角笛の様な鳴き声に、眩暈を覚えた。
目の前が暗くなり、少しよろけて膝をついた。
「先輩!」
「カイ先輩!」
二人の心配そうな声が聞こえる。
「ごめん…大丈夫」
ゆっくりと目をあける。
鯨はもう鳴き止んでいた。
視界がボヤけるので、グッと目に力を込める。
1ミリから5ミリほど小さな光の粒が、そこらかしこに浮かんでいる。
赤や青、黄色、その他の色もった。沢山の色の光の粒が空中に浮かんでいる。
とても薄く、目を凝らせばやっと見える程度だった。
カイは手を伸ばして、その一つを触ろうとした。
しかし、その光は手を動かした空気の流れに乗り、逃げていく。
これでは触れない。触れ方は別にある。と自然とわかる。
カイは「自分がこの光が何なのか分かっている事」が、わかってきた。
「カイ先輩…大丈夫ですか…?」
雅が不安そうに覗き込んでくる。
「ちょっと鯨の鳴き声にやられたみたい。
もう、平気だから。」
落としてしまったリュックを肩に掛け直し、立ち上がる。
意図的に見ようとしなければ、光の粒は気にならなかった。
雅はまだ心配そうにしている。
葵の方を見ると、葵の雰囲気が少し変わっている。
纏う空気が、先程までと違っていた。
光の粒も葵の周りに集まっている。
「葵…君まさか…」
葵はカイの濁した言葉を理解して、ゆっくりと頷いた。
間違いない。
葵は同期している。
カイが葵に感じた様に、葵もまた、カイの変化を感じ取っているのだろう。
カイの周りにも、光の粒が集まっていた。
鯨の鳴き声を聞いた途端、前回と同じ様な『自分ではない自分の経験』が流れ込んできた。
今はまだ異物が混じった感覚だが、そのうちに溶けて馴染んでいくはずだ。
今回もやはり記憶はない。
今起きている現象を理解できる知識と、経験だけがある。
葵はどうだろうか。
吉本や山田にあり、カイにはなかった、別の世界での自分の記憶はあるのだろうか。
雅に気づかれない様に、何事もなかったかの様に振る舞う。葵も同じ様に振る舞った。
カイと葵に起こった事を雅が知れば、要らぬ心配をさせてしまう。
自分の父親に起こった事に、気づくかもしれない。
吉本は自身に起きた同期を、家族に秘密にしている。
「何かと危険も伴うため、心配をかけたくない」と言っていた。
いつもと同じ様にふるまう。
午後の講義を受けるため大学内へと向かった。
大学内は鯨が鳴いた事で浮き足立っていた。
ネットニュースの更新やSMSで、そこら中にスマホの通知音が鳴り響いている。
カイのスマホに着信があった。
隣を歩いている葵からだ。
[先輩、講義の後、時間ありますか?]
[オレも葵に話たい事があるんだ。
付き合ってほしい所がある。
雅には知られたくないんだけど、一人で来られる?]
[わかりました]と返ってきたのを確認し、カイは長谷川にメッセージを送る。
[先程、鯨が鳴いた件でお話しがあります。
オレと、多分、後輩が同期しました。
この後、オフィスへ寄ろうと思いますが、時間ありますか?]
1分もしない内に長谷川から返信が来た。
[お待ちしています。
私のオフィスに通す様、受付に伝えておきます。]
講義の後、葵と国会議事堂前駅で待ち合わた。
長谷川の出迎えはない。
その代わり受付で特別なカードキーが支給された。
いつもは、長谷川の指紋認証が必要なのだが、このカードで18階まで行けるとの事だった。
このカードが使えるのは1回限りで、一度使うとコードが書き換わる。
長谷川は昇進すると共に、オフィスも上の階に上がっていた。
立場が上になると、物理的にも上にするのは何なのだろうか。
オフィスに着きノックすると、電話途中の長谷川がドアを開けてくれた。
「はい、…そうですね。ではこちらも手配を…」と緊張した声で話しながら、ジェスチャーでソファに座る様に促してくる。
長谷川の電話はもう少し長引きそうだった。
隣に座る葵は、見るからに緊張している。
カイが世界管理機構につてがある事にも、驚いた様子だった。
ようやく電話を終えて長谷川が席につく。
「お待たせして申し訳ない。
色々と調整が必要で…
おっと、コーヒーを出すのを忘れていた。」
また席を立とうとする長谷川をカイが制する。
コーヒーよりも話が先だ。
「長谷川さん、今回の件に世界管理機構はどこまで把握してますか?」
長谷川は答えて良いものか、思案していた。
カイはともかく、葵にどこまで情報を与えて良いか判断に迷っているのだろう。。
「葵…できる?」
「わかりました。」
葵はカイの言葉を受けて、右手を前に出し掌を上にむけた。
葵の掌の上に、緑がかった青の光の粒が集まりだす。
長谷川には見えていない。
光の粒がゴルフボールほどの大きさに集まった。
「行きますね?」
と葵がカイに確認した。
見ず知らずの長谷川に、今から起こる事を見せるのは不安もある筈だ。
自分が特別になってしまったと知られる事は、リスクがある。
葵もそれはわかっている。
それでも葵はカイを信用して、力を見せてくれるのだ。
今後、何があっても葵の事は守らなければならない。
カイは決意と共に「お願い。」と伝える。
葵は頷き、目線をカイから掌へと移した。
「風よ、吹け」
葵がそう呟くと集まった光の粒は消え、代わりに掌の上で旋風が舞い出した。
「カイ君…コレは…」
長谷川は目の前で起きた現象に、少なからず驚いている。
旋風は十秒ほどで消えた。
今度はカイが掌を出す。
「火よ、灯れ」
カイの掌の上に5センチ程度の火の玉が浮かぶ。
それを長谷川の方に向けて見せた。
「コレは…魔法です」




