PW01-刀と鬼の世界⑥
老婆を家まで送り届けた後、山田の治療の為、井ノ口に数日宿泊する事になった。
老婆は別れ際まで何度も繰り返し礼の言葉をのべ「こんな物しか無いですが」と桜餅を持たせてくれた。
半殺しの餅米が淡い桃色に染まっている。
中のこし餡はなめらかな口触りで、甘さは塩漬けされた桜の葉の塩味と絶妙なバランスだった。
ジパングは剣術だけでなく和菓子の発展も著しいらしい。
カイ達4人は、井ノ口にある宿の一室にいた。
カイの隣には吉本が座っている。
桜餅を一口食べた後、沈んだ顔で桜餅を見つめている。
あまり甘い物は得意では無いのだろうか?
反対側に座る山田のふくらはぎには、応急処置処置で包帯が巻かれていた。
鬼のツメは深く食い込んでおり、傷口を縫い合わせる必要がありそうだった。
宿の丁稚が町医者を呼びに行ってくれている。
山田の顔色は優れないが、唐沢程ではなかった。
先程、唐沢は老婆の家の前をながれる川に飛び込んでいた。
鬼来香の匂いを取りたかったのだそうだ。
着替えや、濡れたタオルで身体を拭くなどの対応で十分にも思えたが、そこまで気が回らない程動揺していたのだろう。
宿に着くと改めて風呂に入ったが、まだ青い顔をしている。水に濡れた寒さが原因では無いのだろう。
カイは唐沢がサイレンサー付きの銃を所持していた事に少なからず驚いていた。
どうも、このジパングへの訪問に、きな臭さが漂い始めている。
鎧塚からの事前の説明は「君以外にもジパングの記憶を持つ人が見つかりました。彼等と是非ジパングの土地を訪れ、新しい発見が無いか、確認して来て欲しいのです。」という事だった。
「危険はない」とも言われていたが、到着して直ぐにこの始末だ。
一度日本に戻る事を検討した方が良いかもしれない。
鬼来香の件もそうだが、鎧塚の言葉はますます信用し難い。
「失礼致します。」
襖の向こうから丁稚の声がきこえた。
町医者を呼んできてくれた様だ。
障子を開けると、初老の髭を蓄えた男性が風呂敷包を左手に携えて立っていた。
「新入と申します。患者はどちらですか?」
名乗ると同時に、部屋の中を見渡した。
「ん?」
新入は怪訝な顔をして、山田の前まで行き腰をおろした。
傷口よりも山田の顔をじっと見つめている。
どう言う訳か山田は斜め下に顔を背けていた。
「君、サヤさんか?」
山田はゆっくりと顔をあげ、コクリと頷いた。
新入は嬉しそうに顔を綻ばせ、山田の両肩を掴む。
「やっぱり、サヤさんか!
急にいなくなって、どうしてたんだい!?
ご両親、随分と心配されてたよ!」
「えっ!?」と山田は驚いた声を上げる。
「私、いなくなっていた…って…?」
「そうだ!もう半年以上前か!?
何も言わずに急に居なくなったって、みんな心配してたんだよ?」
どうやら新入と山田は知り合いらしい。
しかし、山田の下の名前は花子だったはずだ。
どう言う事だろう。と思い、唐沢を見るが、唐沢は目を丸くしているだけで何も言わない。
「あの、すみません。」
吉本が会話に割って入る。
吉本は新入に「自分達は京の都を目指す旅の途中で、鬼に襲われ、一緒に戦った仲だ。」と説明する。
不審者で無いことを、先に伝えたいらしい。
年の功と言うやつなのだろう。
日本から来た事など、明かして良いか判断のつかない情報は、上手くぼかしながら話しを進めた。
そして「二人はどう言った、ご関係ですか?」と流れる様に、聞きたい質問へと辿り着いた。
「そうでしたか。それは大変でしたね。」
吉本の説明を疑うサプリはなく、労いの言葉を述べる。
「私は、この子が小さい頃から、主治医みたいなもんでしてね。」
サヤの包帯を取りながら、新入はカイと吉本へ笑いかけた。
「先ずはサヤさんの傷の手当てをしましょう。
話はその後で…」
新入は風呂敷を広げると、中から医療道具を取り出した。
陶器の皿に、徳利から液体を注ぐ。
匂いからアルコールだと分かる。
そこに小さな釣り針の様なものを漬け、箸で取り上げた。
和紙の小包を開けると中から細く透明な糸があり、それを針の根元に結びつける。
サヤのふくらはぎには4つの深い傷ができていた。
「ちょっと痛むよ」
箸で摘んだ針で、器用に傷口を縫い合わせていく。
サヤは眉を顰めるが、叫び声は上げない。
サヤが我慢強いのか、新入の腕が良いのか…
どちらにしても、ものの二、三分で何事も無く処置はおわっていた。
「いゃ、サヤさんは昔から剣術に長けていたが、鬼を倒せる様になっていたとはねぇ。」
医療道具を片付けながら新入はサヤに話しかけた。
その口調は、どこか優しい。
二人が昔からの知り合いと言うのは、間違いないのだろう。
厳密には鬼を倒したのは唐沢だが、そこは誰も訂正しなかった。
「先生、あの、それで、私が居なくなったって言うのは…?」
少し緊張した声色でサヤが尋ねる。
「そうだよ!サヤさん。
ダメだよ!何も言わずに居なくなっちゃ!
お父さんもお母さんも、心配されて…
神隠しにでもあったんじゃないか。って話が出る始末で…」
「それって、いつ頃いつ頃の事でしょうか。」
カイは話の腰をおり、新入に質問をなげた。
何か閃きの様な感覚がある。
「いつって、それは…去年の夏だよ」
カイの予感は確信に変わった。
間違いない。
きっと鯨が鳴いた日だ。




