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41話 混乱、それでも

「キャアアアア!」


 テント内をどうやって来たのか覚えていない。気がつけば私は、知らない廊下を悲鳴を上げて走っていた。


 途中まで、ついて離れない叫び声が自分の口から出ていることもわからなかった。見るもの聞くもの全てが恐ろしく感じられて、誰かとぶつかってもそんなもの気にならなかった。


(リュカ‥‥っ!)


 無我夢中で走り続け、飛び込んだ暗い部屋。垂れ幕が閉まる一瞬で見つけた隅の狭い空間に身をねじ込み、私はそこでようやく止まることができた。


 鳴りっぱなしでうるさい声は顎を限界まで引くと自然に止まり、苦しい息は膝の間に顔を埋めるうち落ち着いていった。


 耳を塞ぎ、視界を閉ざし、明かりもない部屋の中一人うずくまる。


(助けて、リュカ‥‥!!)


 首元をまさぐるが、そこにはもうなにもない。


(マフラー、落としてきちゃった‥‥)


 リュカがいない。彼のくれた温もりを感じない。どうしようもない気持ちになる。


 静寂が欲しいのに、静かなことがたまらなく恐ろしかった。


 そんな時、遠くから足音が聞こえた。それを追いかけるように足音は増える。すぐそこの廊下がどんどんと騒がしくなっていく。


 ざわめきが誰かの声になり、意味となって耳に届いてきた。


「おい。こっちに来たか!?」

「声はしたんだが、姿がねぇ!」


 耳を塞いで蹲る。


(私を探してるんだ‥‥)


 ファリーを殺した私を、皆が探している。


 入り込んだ隙間の中で、膝を抱えてできるだけ小さくなった。そうすることしかできなかった。


(レコメラ、どこにいるの‥‥)


 泣きたくなってきてはじめて、まだ泣いてなかったことに気が付いた。頬を拭っても濡れてない。


 指先に意識を向けたことで思い出したのは、肉と骨の感触。


(全然違った。最初の時とまるで‥‥)


 さっきまで光を反射していた目が暗く淀んでいって、生きている音が途切れて消えた。


 目の前だった。生き物が死んでいくのを肌で感じた。


(わ、私が、殺した‥‥)


 手が震える。


 彼女の事が恐ろしかった。傷つけられると思った。何をされるかわからなかった。リュカを助けるとかじゃない。私の恐怖のためだった。


 人のためと言った時はできなかったくせに、自分のためならできてしまった。


(私は‥‥)


 人を殺そうとして、殺せる人間だった。


(体、重たい‥‥)


 何も考えたくない。誰にも会いたくない。

 静かな場所にいたいのに、廊下がうるさくなっていく。


 今死んだらスタート地点に戻れるかなと考えた。そうしたらリュカに会える。皆に会える。


 だけど隠れていた部屋に人が入ってきた途端そんな考えは霧散する。心臓が止まりかけ、気がつけば私は膝に頭をくっつけたまま息を止めていた。


 入ってきた誰かは呪術で姿が見えない私を見つけることができなかったようで、部屋を一周すると出て行った。


 廊下の足音が遠くなるのを確認してから肺にためていた空気をそっと吐き出す。


「‥‥‥‥」


 死ぬこともできず、動くこともできず。「このまま、誰も来てくれなかったら」を考えた。


(ここにずっといて、このまま魔法の三回目が落ちて夢が繰り返したら。私はこのまま一人こっちにいることになるのかな)


 そんなの嫌なのに、動けなかった。動けない自分が悔しい。


(こわい、みんなに会いたい‥‥。私の覚悟って、なんだったの‥‥)


 隣に誰もいないことが心細い。これから先何をしたらいいか分からない。どうしたいかもはっきりしない。


 そんなんじゃだめだと、私は閉じた瞼の裏に覚悟を探した。


 リュカもエルダーも思い浮かべてすぐ消えた。自分なんてもってのほかで、理由になってくれそうにない。


 勇気か、強気か。今私には何が足りないんだろう。


(そんな覚悟ならやめろって、おじいちゃん言ってたな‥‥)


 ふと、大きな口で笑う魔人を思い出した。そして、人外とした約束も一緒に思い出す。


(私が失敗したら、皆が食べられてしまう)


 ああそうだ。これだと思った。


 私が立ちあがる理由はまだ、他にもあった。


(私が頑張れば、皆が助かるんじゃない。こわくても、驚いても‥‥)


 私は助けられたいんじゃない。助けに来たんだという気持ちを、念じる。私が、私の意志でそう決めて来たんだと。


 しんとした部屋の中、顔を上げて大きく息を吸う。


(それに、私はやっぱりリュカを助けたい。リュカのために何かがしたい。リュカだけじゃなくて、私を助けてくれた人みんなを助けたい。だからエルダーさんを助けたい‥‥)


 逃げてはいけないから、自分を立ち向かわせるための理由を組み立てる。上手くいったみたいで、さっきよりずっと気持ちが前向きになった。


 吸った息を思いっきり吐く。


「だから、こんな事で止まってちゃ、だめ‥‥っ」


 勢いよく立ち上がる。暗い室内の一角、入り口の垂れ幕の隙間から光が漏れている。


「そうよ、チトセ。私はここに偽物を殺すつもりで来たじゃない。リュカにさせたくないって思ったじゃないっ」


 まだ夢は終わらない。ファリーを殺しただけじゃだめだった。


「できなかったけど、できた。私、やっと1人で戦えたんじゃない!」


 だから行くのよ、と自分に言い聞かせるためにわざと大きな声を出す。震える膝を掴んで歩く。


「お、おじいちゃんに、誰も食べさせたりしないように‥‥っ」


 魔人が騎士団の皆さんを食べることを想像すれば、夢の中で呪いを刺し殺したことくらいなんでもないような気がしてきた。


(ありがとう、おじいちゃん‥‥。おじいちゃんの無茶苦茶な約束のおかげで、なんとか頑張れそう‥‥)


 でもどうか誰のことも食べてませんようにと祈る。それから、それをさせないために部屋の出口へ向かう。


 そろりと幕を小さくめくり、耳を澄ます。


「‥‥‥‥」


 さっきまでうるさかった廊下からは何も聞こえない。恐る恐る顔を出して、廊下の左右を確認する。


「誰もいない‥‥。よし」


 部屋から出て、静まりかえった廊下を足早に進みながら精霊を探した。


(まずは、レコメラと合流しよう)


 ファリーの異変。前回との違い。刺した時に起きた世界の歪みは、リュカが偽エルダーを刺した時に起きたのと似ていた。


(さっきの夢と違う。それともやっぱりファリーさんが呪いの本体だった? でもそれなら、殺したのに夢が終わらないのはおかしい)


 見覚えのある通路に出て、足を止める。


(‥‥死んでいない、とか)


 左右に別れた通路の先に、1つずつ部屋がある。


(ここ、ファリーさんの‥‥)


 確かめなければ、と思った。


(さっきは、確かに殺したと思った。でも、夢が終わってない以上、生きてるのかもしれない)


 目を閉じると、目蓋の裏におかしな体勢で動かなくなったファリーの姿が浮かぶ。

 口からも傷口からも血を流し、床は血の池。生きているわけがない‥‥はずだ。


 部屋の前、緊張しつつ出入り口に指をかける。そっと中を覗くと、さっきは感じなかった血なまぐささが鼻をさした。


 明るかった部屋は暗くなっている。ソファ付近に残るのは血の跡に見えた。だが、そこに遺体はない。


「やっぱり、生きてたんだ」


 自分の不甲斐なさに愕然とする。同時に彼女がリュカを探していたことを思い出す。


「レコメラと、合流しないと‥‥!」


 予想外のことが起こりすぎている。一旦、作戦を練りなおしたほうがいい。


(呪いは記憶を引き継いでた。リュカを警戒してた。きっと次は、私も警戒される。そうなったら、倒すことができなくなるかもしれない!)


 テントの中を走り回って精霊を探す。侵入した資材置き場。前回レコメラが捕まっていた部屋。知らない部屋。どこにも精霊の姿はない。


「レコメラどころか、誰もいない‥‥。なんで‥‥」


 更にあちこち走り回り、疲れたところで足を止めた。


 長い廊下の先の大きな幕。その向こうには大規模魔術を執り行う広場があったはずだ。


「まさか、もう三度目の魔術がはじまってるんじゃ‥‥っ!」


 そう思って走るが、飛び出した広場にも人っ子一人見当たらなかった。


 誰もいない大きな運動場には風1つ吹いてない。


「何が、起きてるの‥‥?」


 レコメラにも会えなかった。敵すらいない。異変としか思えないことが起きている。


 持ちきれない疲れと不安が、私の喉から飛び出していく。


「レコメラーっ! リュカぁーっ! 誰かぁーー‥‥っ!」


 精いっぱいの声量で叫んだのに、それすら何も反応がない。


 私は一人、静まりかえった敵本拠地の真ん中で立ち尽くす。せっかく決めたばかりの覚悟も気持ちも、しゅわしゅわと炭酸のように抜けていく。


 これからどうすればよいのか。首元を探る指先が空を掴んだ。

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