39話 手慣れたもので
レコメラと共に森を抜けた直後、頭上を猛スピードで何かが飛んで行った。例のドラゴン型の飛行物だろう。
今回は作戦会議をしていた関係で前回より敵陣営への到着が遅くなってしまった。しかし、夢の終わりの合図でもある魔法投下三回目まではまだ時間がある。
真っすぐ敵の本拠地を進んで会場へ着いた時、二度目の魔法が飛んで行った。テントの奥に偽エルダーとファリーが引っ込んでいく。
(前回と同じ流れね)
ほとんど見張りのいないテントの外周を駆け抜ける。一度来たことがあるからだろうか。テント裏まではあっという間についてしまった。
「ところで、レコメラ。偽エルダーさんをいつ刺すの? ファリーさんの部屋に来た時とか?」
今回もリュカに呪術をかけてもらっているから、私の姿は誰にも見えていない。けれど完全じゃない。
呪いの本体であるファリーには見破られてしまったから、偽エルダーも同じかもしれない。
ならどうするか。
(ファリーさんの部屋に隠れて、入ってきたところを狙う? ぶつかった時の衝撃が凄かったから、あの勢いを利用すればいけるかな)
隠れ潜むには好都合に部屋は暗かったし、と考えたところで背中が冷えた。
(人を殺す方法を、なに真面目に考えて‥‥いや、必要だけども)
それに相手は呪いで、人じゃない。何度もそう言われたし理解したはずなのに、私は未だに割り切れていないところがある。私の弱さだ。
「それでもいいですが、護衛が厄介でしてね」
「護衛? そっか、さっきの夢の中ではレコメラが気を引いてくれてたんだっけ」
頷くレコメラから短剣を受け取り、一息にテントの布地を切り裂く。切れることが分かっているからか、一度目よりずっと楽に裂けた。
布地の間をくぐる。
「今回も同じ作戦で行きたいのですが、偽物が前回の記憶を持っていたら上手くは行きません。一度記憶を読めるほど近くまで行ければいいのですが、この姿では‥‥」
「記憶‥‥残ってる可能性があるの?」
「ありますよ」
倉庫のような、資材置き場のような空間の真ん中で立ち止まる。
「もし記憶を持っていたら、相当危なくない?」
もしそうであれば、敵と分かっていながら無事に帰してくれるとは思えない。それに警戒もしているだろうことを考えると、難易度が上がっているのは明白だ。
「ええ。だからリュカを置いて来たんじゃないですか」
「だ、だから!?」
精霊を見つめると、きょとんとする。
「ああ‥‥。貴方の思惑は別にあるんでしたね。私は最初からこのつもりでしたよ」
開いた口が塞がらない。
私はリュカに酷いことをしてほしくなかったから別行動をとった。レコメラは口では勝率だの効率だのと言いながら、実際はリスクとして切り捨てていた。
冷静に考えれば理解はできるが、しかしレコメラの考え方はどこか冷たい気がする。
(いやいや、仕方ないのかも。だってああ言わないとリュカはついて来てただろうし‥‥)
リュカを危険から遠ざけるためだと納得する。
「けど、それってリュカだけじゃないよね。私達だってリュカと一緒にいたんだし」
「それを確認したいのですがねぇ。この姿では難しいんです」
精霊に一瞥される。
「レコメラが精霊の姿に戻ったら、リュカの力なしではレコメラさんの姿に戻れないのか‥‥」
そうなると私とレコメラは意思疎通が図れなくなる。
「レコメラ、リュカの頭に語りかけてたよね。あれ私にはできないの?」
「イメージを直接脳内に送るのって疲れるんですよ。今はできるだけ魔力を温存したいんです」
「そっか。あれにも魔力がいるんだ‥‥」
不思議だなと思った。
(リュカ、ルクスナの声は聞こえてるのにどうしてレコメラの声は聞こえないんだろう)
廊下の様子を窺うためにそっと出入り口の幕を上げる。誰も来ないことを確認して、下ろした。
「それはリュカとルクスナの相性の問題でしょうね。闇の精霊ですし、ルクスナ」
振り向くと、精霊が当たり前の顔をしてこちらを見ている。こうして考えている事を勝手に読まれてしまう事にもずいぶん慣れた。
「闇‥‥そういえばおじいちゃんも似たようなこと言ってたっけ」
リュカはあんなにいい子なのにこの世界的には闇側らしい。
(まぁ、呪術は確かに闇っぽいけど。‥‥いい子なのになぁ)
巻かれたマフラーにそっと手を添える。走ったり狭い場所を通ったりしたせいか、結び目がほどけかけていた。
(あのリボンみたいなのってどうやるんだろ。えっと‥‥)
自分で直すと、どうしてもシンプルな巻き方になってしまう。
つまらない見た目になった首元を見ていると、服を引っ張られた。
「チトセ。私は先ほどと同じように護衛を引きつけつつ、このテント内を偽エルダーを探して駆け回ろうかと思います」
「え? あ、うん‥‥。お願い。私はどうしたらいい?」
「その間、貴方にはファリーの部屋で待機していて欲しいです」
そして人が入って来たら問答無用で刺せと言う。
「でもそれ、ファリーさんが私のことを覚えていたらどうするのよ」
「それは森の中で話したじゃないですか」
「そうだけど‥‥」
キャンプまでの道中、私たちは偽エルダーとファリーの役割について話し合った。
その結果、本体は偽エルダーで、ファリーはあくまで付属品という結論に至った。だから本体が近くにいない時の彼女は人形のようなのだろうと。
「そう考えると、貴方の凶行は認識していない可能性が高い。そう、森で貴方に言わせましたよね」
確かに、一度は納得したことではある。それでも私がまだ二の足を踏むのは、理屈だけでは心が落ち着いてくれないからだ。
「そうね。あの時、ファリーさんは完全に電源の入ってない人形って感じだったもんね‥‥」
「そうです」
証拠、とまではいかないが、この推測を裏付ける事象もあった。
ファリーを刺したあとに偽エルダーが部屋に入ってきた時。恋人を貫くナイフをどちらともが気に留めなかった。それだけじゃない。
「幸福しか見えないとは言えですよ。リュカが偽物を刺した時はフェルボラがすぐ出てきました」
「でも、私は見逃された‥‥。私のしたことはノーカウントだった、ってことよね」
偽物が私たちを敵と認識するには、彼らの目の前でことを起こす必要がある。ファリーは電源が入っている時に、だ。
だから、きっと私はまだ敵認定されていないはず。
「そう、よね。そう‥‥」
はやく行きたいレコメラが出口前でそわそわと足を鳴らした。
「わかった。レコメラ。それでいこう」
「ええ、ではよろしくお願いしますね、チトセ」
手にした短剣を強く握る。
物置を出てすぐ、レコメラとは分かれた。ひと気のない廊下を走っていく子供の背中を見送りながら、私はファリーの部屋へ向かう。
(つきあたりを、右‥‥)
部屋の前で一旦立ち止まり、深呼吸する。
粘土みたいな感触の、マネキンみたいな存在とはいえ、だ。ファリーは呪いの塊。
(そんなのと真っ暗な部屋で二人っきりって‥‥。正直すごくこわい‥‥)
リュカが居てくれればいいのにと思う気持ちをぐっとこらえる。再度マフラーに触れ、彼を想った。
(大丈夫。リュカを傍に感じる‥‥気がする)
今頃リュカも野戦病院でエルダーと合流していることだろう。
リュカは二度目の魔法が落ちた後にエルダーと合流することになっている。
何故かと言うと、最初の夢の時、二度目の魔法を受けた後しばらく私たちは気を失っていたからだ。
目を覚ましてエルダーを説得する間もなく三度目が飛んできたから、魔法は受けずにいた方が説得に使える時間が増えると踏んだ。
(リュカだって一人で頑張ってるんだ。私も、頑張らなきゃ)
よしっと小声で喝をいれ、それから部屋の入り口の垂れ幕をそっとめくる。異変は、その瞬間にはもう目に入っていた。
「え‥‥っ」
予想外のことが起きても、体はすぐに止まってくれない。部屋に入ったあとで思考と共に硬直したが、時すでに遅し、だ。
甘い匂いがする。
(な、なんで‥‥)
明るい部屋。ハーブの香りと、紅茶のセット。
背後で幕がばさりと下りた。
「あら、いらっしゃい。可愛いお客様」
2人用のソファセットに腰かけたファリーが、立ち尽くす私に向かって微笑みかける。




