38話-4 3周目の森
次こそ、失敗しない。するわけにはいかない。
リュカにあんなことをさせたくないから。リュカが私をかばってあんなことをしなくてすむように、彼に私を信用してほしいから。
だから私が、偽エルダーを殺す。
不安そうな目が私を見上げている。そんな目をしてほしくない。
「お願い、リュカ。私を信じて。私にさせて」
「僕‥‥。僕、チトセは信じてるよ。けど、チトセも嫌なのに‥‥」
そう言って、リュカはレコメラを睨んだ。
精霊はそんなの気にした様子もない。
「私がしてもいいですがね。なんせこの体は力が弱いですから」
「なら、別の体にしてあげるよ。それならチトセはしなくていいでしょ」
「リュカ、私言いましたよね。命令されるのは嫌いだと」
2人の間にぴりりとした空気が漂う。
「それに‥‥これはあくまでも覚悟の話だと思いますよ」
レコメラはテーブルに肘をつく。
「あなた方はここに何をしに来たんですか。エルダーを助けに来たんですよね。その覚悟があったんでしょう。なのに私にやらせるんですか?」
「‥‥レコメラ、やっぱり意地悪だ」
「なんとでもどうぞ」
ぷいっとリュカから顔を背けた精霊が私を見た。
言い方は意地悪だけど、レコメラの言う通りだと思う。
「リュカ、ありがとう。私は大丈夫だよ。レコメラの言う通りだもの。私、エルダーさんを助けに来たんだもん。必要なら、やるよ」
リュカは「チトセ‥‥」と声を震わせた。もう止めることはしない、かわりに「僕は?」と首を竦める。
「じゃあ、僕はどうしたらいいの? チトセだけに嫌な事させるの、僕嫌だよ‥‥」
すかさず、レコメラの声。
「リュカはエルダーを説得に向かえばいいんじゃないですか?」
「えっ」
「私たちは偽エルダーを狙いますから、リュカはエルダーの説得に向かってください。正直、その方が勝率は高いし効率も良いです」
リュカは愕然としているけれど、言われてみればそうかもしれないと思った。
(どちらかが失敗しても、どちらかが成功すればいいってことよね。エルダーさんが夢を自覚してくれれば、状況は変わるかもしれないし)
困惑した様子のリュカと目が合う。
「チトセ、僕1人で行くのやだよ。‥‥こわいよ」
「何をこわがっているんですか、リュカは」
「チトセ‥‥。僕、1人は嫌だ‥‥。僕だけがエルダーのとこに行ったら、また‥‥嫌われちゃう」
膝を抱きしめるその肩が震えて見える。怯えた目に縋られる。
(リュカはまた悪魔って呼ばれることをこわがってる。正直それは‥‥。どうなるか分からない)
本物のエルダーは私たちのことを覚えていない。だから最悪また言われる可能性はある。十分に、ある。
だけど、と思う。
(私たちが会った時、エルダーさんは言わなかった。絶対じゃないけど、大丈夫なんじゃないかな‥‥)
根拠はない。だけどもし言われるなら最初の時にすでに言われているはずだ。
考え込んでいると、レコメラが手を叩いた。
「大丈夫ですよ。貴方とルクスナは相性がいいみたいですし、彼がフォローするでしょう。リュカ、貴方にはルクスナの言葉が伝わっているんですよね」
「聞こえる。けど‥‥っ」
「なら大丈夫。貴方はエルダーにこの夢の事を教えてください。ここが呪いにより引き起こされた夢の中だと言うことと、死にたいと願うのをやめるようにと」
レコメラはにこにこ笑顔で言うから、その圧に押されてかリュカはさらに身を小さくする。
そろりと伸ばされた手が私の袖を掴む。
「‥‥チトセ、僕こわい」
ここで、優しくしたら‥‥と思った。だから、私も笑顔を作る。
「大丈夫だよ、リュカ。だって最初に会った時エルダーさんはそんなこと言わなかったじゃない」
「そんなの‥‥! そんなのきっと、チトセがいたからだよ‥‥」
「そんなことないよ。だってエルダーさん私たちの事民間人って言ったし。意地悪言われたのって魂が見えてるからだったよね。多分、夢の中でまで魂なんて見えてないんだよ」
分からないけど、そうでも言わないとリュカは安心しないだろう。
(もし私たちの方にリュカがついてきて、私が躊躇うのを見たら‥‥。またこの子は無茶をするかもしれない)
私はそれがこわかった。
(私が躊躇わなきゃいいだけ‥‥。でも、無理。絶対に止まる。だって、あの時本当に無理だった‥‥)
出来るとは言う。覚悟もする。けど、実際あの場に立ってそれを実感して、だから思う。
私はきっと、次も躊躇うと。
いくら呪いだって言ったって、人の形をしているものを簡単に殺せるわけがない。
(でも、やるって決めたの。だけど、これは保険。リュカを連れて行かないのは、保険‥‥)
手を握り返すと、リュカは眉を寄せる。それでもなんとか納得しようとしてくれる。
「そう‥‥かなぁ‥‥。チトセは、本当にそう思う?」
「思うよ」
「‥‥。でも、チトセ‥‥。‥‥したのに」
名前のあとの言葉は小さすぎて聞き取れなかった。聞き返すと、泣きそうな顔をしたリュカが掠れた声で「信じるよ」と言った。
「僕、チトセが言うなら、信じる」
「その意気だよ、リュカ」
「う、ん‥‥。だ、大丈夫。エルダーは僕を嫌って言わない。言わないもん。きっと、好きって言ってくれるよ。きっと。友達って‥‥」
絞り出すような声で自分に言い聞かせるようにそう言って、リュカは膝の間に顔を隠した。繋いだ手が震えている。
肩にそっと触れ名前を呼ぶと、ほんの少しこちらを見た。
「大丈夫。リュカは嫌われるような人じゃないよ。もっと自信持ってよ、ね?」
「‥‥チトセは、僕の事‥‥好き?」
「好きだよ。大好き。他の人だって、リュカの事知ったら好きになるよ」
そう言って手を柔らかく握りなおすと、リュカはもう少し顔を上げた。
「僕もチトセ大好き。‥‥僕、頑張るね」
「うん。私も頑張る。2人で、エルダーさんを助けようね」
そう言いあうと、ようやくリュカも笑ってくれた。彼が笑顔でいてくれると私は安心できる。
ほんわかしていたところに、手のひらを打つ音が割り込んできた。花瓶の向こうでレコメラが退屈そうにふんぞり返っている。
今のをずっと見られていたのかと思うと、恥ずかしくなってきた。繋いでいた手をそっと離すと、リュカが小さく唸る。
「では決まりですね! さっさと行きましょう」
すっくと立ちあがり、レコメラは森の奥を指さした。はやく来いというように手招きする。
さっさと行ってしまうレコメラを追って立ちあがり、少し先で振り向く。
「じゃあリュカ、あとでね」
椅子に座ったリュカへ手を振ると、どこか不満そうにしながらも振り返してくれた。
その光景を見て、私がセリナと出かけた時に見たリュカの顔を思い出した。
(1人になるのが、嫌なんだよね‥‥)
戻ったら、作戦が成功したら。
(そしたらまた一緒だよ。だから頑張ろうね、リュカ)
背中に視線を感じるものの、これ以上振り返れば私も止まってしまう気がする。だからもう振り返らなかった。
先頭をいく精霊を追いかける。
作戦第二弾、スタートだ。




