38話-3 3周目の森
暗い森で唯一の明かりであるレコメラが、段々とその光を暗くしていく。
前のように怒っているんじゃない。身を小さくして縮こまり、申し訳なさそうに私たちを見上げる姿はリスのようだった。
不便で役に立たないものと、彼は自分のことをそう言ったが、私はこれまでの事を思い出していた。
「そんなことないよ。だって色々教えてくれたじゃない。レコメラがいてくれなかったら、悪夢の正体だって分からないままだった」
「そうかもしれませんが‥‥。そんなことあるんですよ。その教えるという行為が、できないんですから」
「どういうこと‥‥?」
精霊は眼鏡がずれることも気にせずに俯いた。小さく「私は‥‥」と言いかけて止め、言いなおす。
「私が精霊の力を使って得た知識や記憶は、他人と簡単に共有できないんです。そういうルールなんですよ。破るときは、大量の魔力を使うんです」
「でも、教えてくれたよね。ダンジョンの呪いのこととか、ルクスナのこととか」
「私が力を使わず、直接体験したことや見聞きした事なんかは多少の魔力で済むんです。ですが、全部がそうじゃない」
これまで重要なことを説明するとき、レコメラは苦しそうな、疲れたような顔をしていたことがあった。あれは魔力を消費していたからだったらしい。
「お茶の時具合が悪そうだったのは‥‥」
「魔力を一気に使うと、疲れるんですよ」
「でもあの時、ファリーさんのこととかも教えてくれたのに」
「いいえ。あの時は貴方が推測したことに頷いていただけです。魔力消費を抑えるためにしたのですが、それでも、もう‥‥」
レコメラはため息をつく。
(魔力が少ないんだ‥‥)
光が弱いのも、そのためかもしれない。
「レコメラ、なんだか弱い感じするね。さっきも僕に捕まったし」
リュカにそう言われた精霊は目を吊り上げた。
「馬鹿言わないでくれます? そんなに弱っちゃないですよ。ただ、あなた方があれこれ聞くので、思った以上に魔力を消費してるってだけです」
「ふーん」
「な、なんですかリュカ。貴方に捕まったのだって、気を抜いていたからです!」
「けど僕、立ちっぱなしで疲れちゃった。座ろうよ。ねぇチトセ、座ってお話しした方が楽しいよね」
「え? うん。そうだね?」
するとリュカは服の中から大きな布を取り出した。それをふわりと空中でふると、布の下から丸テーブルと椅子が現れる。
手にした布をそのままテーブルにかけ、リュカは笑って椅子を引いた。
「座ろ!」
せっかくなので座ると、レコメラも大人しく席に着いた。
リュカはテーブルの中央に花瓶を用意し、そこに花束を突き刺す。白い小さな見たこともない花は、レコメラのように光り出した。
「これでレコメラが消えちゃっても明るいよ」
なんて言って笑う。
「失敬な! こんなことで消えるものですか! 生意気な口をきくと、記憶を消しますよ!」
「うそつきっ。今のレコメラにはできないよ、きっと!」
そう言われた精霊は憎々し気にリュカを睨む。
「レコメラ‥‥。そんなに疲れてるの? 私、どうしたらいい?」
「ぐぬぬ‥‥。馬鹿にされてるようで非常に腹が立ちますね。しかしチトセ、であれば全力で乗っかりますよ、私」
リュカに対しては悔しそうにするばかりだったレコメラは、私を見るなりふんぞり返った。
ここまで一緒にいて、段々とこの精霊のことがわかってきた。きっと今、甘えられているんだと思う。
(私にばっかりあたりが強かったのは、リュカより私の方がお姉さんだからかな)
なんて考えると、生意気な精霊も少しは可愛く思えてくる。レコメラはむっとするが、そんなのは無視することにした。
けどここで突っかかってこないところを見ると、本当にしんどいのだろう。つらい時は助け合いたい。
「うん。私にできることなら、やるから言って」
「いい返事です」
精霊は「では早速」と言って腕を組んだ。
そういう態度を見ると、ちょっと元気を取り戻してくれた気がする。
「さっきお話ししたように、私は知り得た情報すべてをあなた方にお伝え出来ません。さっきの夢で思った以上に消耗してしまいましたから、今後は更に難しくなります」
「うん。私はどうしたらいいの?」
「考えてください」
「‥‥想像ってこと? ファリーさんの時みたいな」
「それよりもっと難しいです。想像ではなく、推測ですから。けど、チトセならできると思います。頭は悪くないみたいですからね」
散々馬鹿にされた気がするが、だからこそそう言われると悪い気はしない。だけどできるかどうかは分からなかった。でも、やらねばと思う。
「わかった。‥‥頑張る」
「その意気です。では、手始めに次の作戦を練りましょうか」
もうそこに行くのか、と思うけど時間はない。ルクスナの限界が近いことは何度も聞いている。
「呪いを殺すのは無理だったよね。なら、やっぱりエルダーさんを起こす方がいいと思う。説得して、なんとかここが夢だって分かってもらえないかな」
「いえ、いえいえいえ。チトセ、待ってください。一つ見落としています」
「なにを?」
「さっきの夢です。最後、おかしな事は起きなかったですか?」
なるほど、と思う。答えを出せない代わりに、こうやってヒントをくれるのね、と。
それから、思い出す。さっきの夢を。おかしかったことを。
「うーん‥‥」
けどおかしかったことなんて山ほどあった。刺しても死なない呪いのファリー。ナイフが刺さった恋人に気づきもしない2人目のエルダー。
考えていると、テーブルが揺れた。見れば退屈になってしまったのかリュカが体を揺すっている。
「あっ! そういえば、揺れたよね」
「僕?」
「違う違う、リュカじゃなくて‥‥。ううん。リュカが偽エルダーさんを刺した時だよ。多分、その時‥‥。なんか、ぐにゃってならなかった?」
リュカの行動に悲鳴を上げた時、世界が揺れた。曲がったような、歪んだようなおかしな感覚があった。あれだけはまだなんの説明もされていない。
「いいところに気づきましたね、チトセ。それです、それ」
「やった! ‥‥えっと、でもそれで‥‥。あれは何だったんだろ‥‥?」
肝心なことは分からないままだ。
「全くもう。チトセ、分かっていますか? 貴方の想像力だけが頼りなんですよ」
「って言われてもさ‥‥」
想像力はないんだよ、と思いつつそれでも考える。
あれが起きたのは、タイミング的には偽エルダーがリュカに刺された直後だった。
「あ‥‥。もしかしてさ、殺さないといけないのって、ファリーさんじゃなくて偽エルダーさんの方‥‥なのかな」
すると精霊が拍手する。
「あ! 当たり!?」
「いえ、まだ可能性です」
「なんだ‥‥」
「ですが、非常に高い可能性ですよ。リュカ、あの時何か変わったことは起きませんでしたか?」
「偽物をやったときの? うんと‥‥。ぐにゃってなった。偽物のエルダーと、恋人の人が」
退屈そうなリュカは悪戯に花を取り出してはくしゃくしゃに丸めている。
「へぇ、2人がね。チトセ、どう見ますか?」
「‥‥やっぱり、偽エルダーさんが呪いの本体って事だと思う。ファリーさんは、影武者的な感じなのかなって」
だからファリーを刺しても何も起きず、本体である偽エルダーを攻撃した時は夢に影響した。
「ってなれば、次は偽エルダーさんの心臓を狙えば‥‥。この夢は、終わる?」
「非常に高い可能性です」
「それ、僕やるよ!」
「リュカはだめッ!!」
「ひ‥‥っ」
私の声に驚いたリュカは椅子の上で膝を立てた。慌てて取り繕うが、怯えた様子は変わらない。
「ごめん、リュカ。違うの。私、リュカにはもうそういう酷いことはしないでほしくて‥‥。ごめん、怒鳴って」
この夢に来て、私は乱暴になった気がする。エルダーの夢に来る前の暴挙。それからリュカが無茶をするたびに感情的になってしまうところ。
夢の中では気持ちが素直になる。その言葉をどこまで言い訳にしていいのか分からなくなってきた。
「酷い事‥‥なの? だってあれは偽物なんでしょ? 偽物を傷つけるのも、悪い事なの‥‥」
リュカは膝の間に顔を埋めて、横目に見上げてくる。
「‥‥ううん。違う。偽物は倒さないといけないよ。そうじゃなくて‥‥。私が言いたいのは、リュカにはしないで欲しいって事なの」
「よくわかんない‥‥。けど、チトセが嫌なら僕しないよ」
そう、リュカには私の気持ちが分からない。伝わってないのだ。だから私はますます落ち着かなくなっていく。
きちんと説明したいのに、どんな風に伝えれば良いのか分からない。
「じゃあ、どうするの。チトセがするの?」
「‥‥うん。私が、やる」
それしかない。
「でも‥‥」
リュカの目が忙しなく動く。その目に浮かぶのは心配と、疑いの色。
(分かってる。ファリーさんの時、私あんなことになったし。リュカの信用を落としちゃったよね‥‥。私に、できるわけないって思うよね。‥‥けど)
リュカにさせたくない以上、私がやるほかない。




