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38話-2 3周目の森

 暗い気持ちでリュカと抱き合ったままでいると、ふわりと光が落ちて来た。レコメラだ。


 精霊は点滅を繰り返し、何かを訴えてくる。


「ごめん、レコメラ。何言ってるかわかんない」


 抱きしめた体がごそりと動き、リュカも光を見上げたようだった。突然目の前に何かが現れ、精霊が消える。


「わっ!」


 リュカが手を伸ばして捕まえたのだと分かった時には、すでに精霊は彼の手の中だった。


 少し乱暴じゃないかと思うけど、暗くなった視界の中でリュカの顔は良く見えない。


「このままじゃレコメラが喋れないね。僕も大きいままだし」


 暗闇の中、その声は妙に落ち着いて聞こえた。さきほどまで散々取り乱していたからそう感じるだけだろうか。


 リュカが離れ、視界の端に光が戻る。‥‥と同時にレコメラは悲鳴を上げた。


「ぐふぅ‥‥っ」


 明かりの方、少し離れた地面に人型になったレコメラが落ちていて、顔を上げるなりリュカを睨みつける。


「リュカ、姿を変えてくれるのは非常にありがたいんですが、いちいち暴力を振るうのはやめてくれませんかね」

「だってレコメラ、チトセをこわがらせたんだもん。僕、怒ってるんだよ」


 高いのに、静かな声だった。いつもみたいに無邪気な感じが一切ない。

いつの間にかリュカは自分の見た目もいじっていた。


 レコメラを見下ろす表情は冷たい。


 精霊は服の土を払いながら立ち上がり、ずれた眼鏡の位置を直す。その間リュカはその様子を無言で見ていた。


 険悪な雰囲気だ。


(こわかったことと言えば‥‥そうだ。さっきの夢の最後、私‥‥)


 私はレコメラに首を切られて殺された。


 あの時は意味がわからなかったが、よく考えるとそうとしか思えない。


「う‥‥っ」


 思い出したら急に首元が冷えた気がした。切られた場所を押さえると、もう滑らないし痛みもない。


 切られた時だって、痛みも気持ち悪さも一瞬のことだった。すぐ他の感触に切り替わったあれは、レコメラの記憶操作だったのかもしれない。


 けど、たった一瞬の肉に食い込む刃物の感触が忘れられない。思い出してしまった。


(あんなの、感じたことないのに‥‥)


 見に起きたことがないはずなのに、どうしてこんな感触が残るのだろうと首を押さえる。


 イメージが全ての世界。この気色の悪さは私が勝手に想像した不快感なのだろうか。


(想像するより先に、ああなってた気がするのに‥‥。うぅ、首元が気持ち悪い‥‥)


 リュカの無事が分かって、湧いていた怒りは収まった。だが、今度は気分が悪くなってきた。


「チトセ、首どうしたの? ‥‥それがこわいこと?」

「そっか‥‥。リュカはあの後のこと知らないんだよね‥‥」


 私を見つめるリュカの、瞳の奥が何も見えないくらい黒くてちょっとだけこわい。


(あの瞬間をリュカに見られてなくてよかった)


 もしレコメラが私を殺す瞬間をリュカに見られていたら、どんな反応をされたかわからない。


 今の険悪さが悪化していたかもしれない。これから一緒に行動するのに、仲が悪いなんて困る。


 どうにか仲直りしないと、と無理やり笑顔を作って見せる。


「大丈夫だよ。今はもう切れてもないし、痛くもないし。気持ち悪いだけ」


 これ以上心配させたくないけど、首筋がひりつくような寒いような気がして落ち着かない。


 「うぇー」と思いながらもぞもぞ首をさすっていると、ふわっと何かが視界を遮った。見れば、マフラーだった。


「チトセ、これ巻きなよ。そしたらもう切られなくて済むよ」


 マフラーにそんな防御性能はないことくらい分かってる。けど、リュカが巻いてくれたマフラーは柔らかくて手触りが良くて‥‥だからか、確かに落ち着く気がした。


 物理的なのもあるだろうけど、首元の温かさにリュカの優しさを感じて、胸がほっこりと癒される。自然に笑みがこぼれた。


「ありがとうリュカ。なんかいい感じかも」


 言うとリュカも少し表情を崩す。


「よかったっ。チトセ、マフラー似合うね! 僕もしようかな」

「お揃いってこと? それ、可愛いかも」


 同級生がペアルックと言って同じ服を買った話をしていたのを思い出す。同じ格好をするほど仲がいいなんて、ちょっと憧れていたんだ。


 それから、そういえばここは雪山ダンジョンの中だったと思い出す。まだそんなに寒さは感じない階層にいるけど、もし本格的に寒くなってきたらマフラーや手袋が必要になるのかもしれない。


(持ってないけど。‥‥って、そうじゃなくて)


 リュカを見る。今は落ち着いているみたいで、私のマフラーを可愛く結びなおしてくれている。


(静かだったり、パニックになったり、泣いたり、怒ったり。‥‥リュカ、平気かな)


 知らないうちに殺された私なんかより、リュカの方が心配だ。


 リュカは感情表現が素直で純粋で、なのに自分のことを後回しにするところがある。深く傷ついていても私を優先してる気がする。


(偽物とはいえ、大切な友達の姿をした人に殺されたんだもん。リュカ、傷ついてるはず‥‥)


 まるでリボンのように可愛く巻かれたマフラーに手を添える。


 私はこんな風に可愛く巻かない。もっとシンプルにする。けど、リュカは可愛くしてくれる。こういうところでも、彼と私は違うと感じる。


「リュカは大丈夫? 最後、その‥‥燃えてたけど。リュカこそこわかったら‥‥」


 しかしリュカは首を傾げてけろりとしている。


「僕はへーきっ! だって熱くも痛くもなかったもん。‥‥夢だからかなぁ?」


 それを聞いてほっとした。ひとまず、痛みや苦しみはなかったようだ。


「そっか、リュカにはここが夢だってわかってるんだもんね。わかってたら、熱くないのかな」


 だけど、偽物とはいえ友達に殺されたことはどうなのだろうか。リュカはにへっと笑っている。


(大丈夫そう‥‥。偽物だってわかってたから? 気になるけど、聞けない‥‥。うまく、言えない)


 まさか「偽物とはいえ、友達に殺されてどうだった? 傷ついてない?」なんて馬鹿正直に言えるわけがない。


 リュカは素直な子だから、本当に傷ついていたらきっと隠さないだろう。彼が平気と言うなら、それを信用しよう。


「あのー、そろそろいいですか?」


 不機嫌そうな声に振り向くと、最悪の終わらせ方をさせてくれた子供が口を尖らせていた。


 好き勝手したはずの貴方がなぜそんなに拗ねているんだと考えれば、思考を読み取った精霊がバツが悪そうに口を開く。


「最悪って‥‥。仕方がないでしょう。こうでもしないと捕まってしまうんですから」

「捕まるって、だってもうあれで終わりだったのに。ルクスナが夢を繰り返したらここに戻ってこれるんだから、死ななくたってよかったじゃない」


 なのになぜ最後の最後にあんな経験をしなければならなかったのか。腑に落ちない。


 精霊は驚いたように首を振る。


「捕まりますよ。敵の本拠地ですよ、あそこは。あのまま夢が終わっていたら、魂をからめとられて終わりです」

「え‥‥」

「スタート地点があっちになってもいいんですか? 最悪呪いにかかりますよ」

「ええっ!?」


 レコメラが言うには、本物エルダー側にいればルクスナの影響を強く受け、偽エルダー側に居れば呪いの影響を強く受けることになるらしい。


 その結果、偽エルダー側でなんの対策もなく繰り返しとなった場合はあっち側のどこかがスタート地点になり、傷を負っていなくても呪いが付与される可能性があるのだとか。


「そっ! そういうことははやく言ってよ!! ていうか、なんで死ぬと捕まらないのよ!」

「死んだ場合、貴方の意識は一瞬無になります。続きのある夢の中で死ぬと、精神や肉体が誤解するんですよねー。どっちか分からなくなる。すると、呪いは貴方を見失うんですよ」


 どっちか、とは。


 こわい気がすることを淡々と説明しながら、レコメラはふぅと息をついた。


「まぁ、そういう理由があったなら仕方ない‥‥ことにしてあげる。でも、レコメラこれで何度目?」

「なにがですか」

「私たちに隠し事するの、これで何度目?」


 光る子供が首を傾げるので、丁寧に思い出させてあげることにした。


「ファリーさんを刺せば終わるって言ったけど、可能性の話だったよね」

「ええ」

「偽エルダーさんのことも、見れば分かるって言って教えてくれなかった。そのせいで私もリュカも訳が分からなかったんだよ」

「はい‥‥」


 精霊は段々と委縮するように肩を竦めていく。だけどまだ目が納得いってないように見えて、腹が立った。


「最後にこれ! 死なないと安全に戻れないなんて、絶対事前に言うべきじゃない!? 突然殺された私の身になってよ! すっごいこわかったんだから!」

「う‥‥」

「あんなことを今後もされたんじゃ、レコメラを信用できなくなる」

「ぐ、ぅ‥‥」


 そこまで言うと、さすがにレコメラも黙り込んだ。


(私はレコメラを信用したい。味方だって思いたい)


 だって、エルダーを一緒に救うパーティなんだから。


「だからもう、隠し事はなしにしてほしい」


 前にも言ったよね? と念じるように考える。


 私の思いを、記憶の精霊はちゃんと読んだらしい。眉を寄せて難しい顔をしていたが、やがて肩を落とした。


「別に‥‥したくて隠していたわけじゃないんです。全部説明したって、あなた方の理解を超えると思いました。実際、説明より見た方がわかりやすいでしょう?」


 この期に及んで私たちのためにこうしただなんて言うその神経がわからない。


「じゃあ! もう十分見て来たよね!? だからもう全部教えて! この夢のルールとかレコメラが考えてる今後の作戦とか全部っ! ちゃんと私達にも教えて!」

「僕もそう思う」


 2人で詰め寄ると、レコメラの光が段々薄くなっていく。たじろいだ子供は、私とリュカを交互に見て、逃げられないと分かったのかやがて項垂れた。


 木々のざわめきすらない森の奥。精霊は頷いた。


「‥‥わかり、ました。教えます」


 ならよし、と思った矢先精霊の言葉は「できないんです」と続いた。


「できないって、何が」

「全部、というのができないんです」

「分からないってこと?」

「分からない事も、そりゃ‥‥。そうじゃなくて、ですね。私、魔力が他の精霊よりずっと少ないんですよ‥‥」


 突然、何の話かと思った。だけどレコメラは真剣だから私も口を挟まず聞いた。リュカも黙って聞いている。


「私達記憶の精霊ってのはですね、あなた方が考えているよりずっと‥‥不便で、役に立たないものなんです」


 レコメラはそう言うと、自虐気味に笑ってみせた。

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