38話-1 3周目の森
真っ暗い森の中。消えかけた電球。消えていく木馬に、消えない豆電球。
自分を認識して真っ先に、起きたことを察した。ふわりと浮かぶ豆電球を睨みつけ、腹の底から湧いてくる怒りを吐き出す。
「レコ、メラ‥‥っ!」
蛍のようなそれを、叩き落とすつもりで振った腕はひょいと交わされた。精霊は透明な光を点滅させ、なにか訴えているようだが言葉が分からない。
怒りに支配された脳裏に、大切なことが浮かぶ。
「‥‥っ、リュカっ!」
思い出した瞬間全身から血の気が失せた。冷えた内臓がもどかしい。
急いであたりを見渡すと、振り向いた先に少し大人びた姿のリュカが静かに立っていた。その姿を視界にいれ、心の底から安堵の声が出る。
「リュカ‥‥っ」
怯えたような顔をしているリュカの手を取り、足の先から頭のてっぺんまで確認する。どこにも怪我がない事を確かめてから、抱きしめた。
すぐに離れ、浮かない顔を覗き込む。
「火傷も怪我もないね。どこか痛いとこある?」
するとどこか緊張した面持ちで微かに首を振る。
「ない、よ‥‥。チトセは?」
「私もない」
少し身長は高いけど、そんなのはもう気にならない。
(生きてるなら、それでいい‥‥っ)
肺の底に溜まる息を一気に吐き出す。
「リュカ。よかった。ちゃんと戻ってこれた」
「‥‥。チトセ、泣いてる‥‥」
伸びてきたリュカの手が、指先が、目元をぐりっと撫でていく。
眉を寄せ、唇を噛み悔しそうな顔のリュカが俯きがちに見つめてくる。
(変。笑ってくれない‥‥)
そこではっとした。
「リュカ、大丈夫? ‥‥こわくなかった?」
すると、伏せられていた目がみるみる開いていく。暗闇だと大きくなる彼の目が、真っ黒く広がっていく。
唇が震え、顎が言葉を探すように開閉だけ繰り返す。
(やっぱりそうだ。リュカは、こわかったんだ‥‥。そりゃ、そうだ)
燃やされて死ぬなんて、どれほどこわい思いをしたんだろうと想像する。そして私自身、あの時感じた恐怖を思い出した。
(リュカがまた死んじゃうかと思った。リュカがまたいなくなるかと‥‥)
お城の地下で見た目のないリュカ。目覚めた時見た空っぽのお腹をしたリュカ。もう動かなくて、冷たくて、土の色をしていた肌を思い出す。
(あんな風になったらって‥‥)
また、1人になるかと思った。
そう思うと居てもたってもいられなくて、またリュカを抱きしめていた。
「リュカの馬鹿‥‥ッ! 死なないでって言ったのに‥‥! 約束したよね!?」
「‥‥っ、ごめん! ごめんなさい、チトセ!」
突然、リュカが私を引きはがす。
突き放そうとしているというよりは、むしろ逆。肩を掴んでくる力が強くて、指先が肉や骨に食い込み痛い。
顔を歪めながらリュカを見ると、大きな黒い瞳が私を映してぐらぐらと揺れていた。
穴のような目を覗き込むが、暗がりのせいかそこ映っているはずの自分の姿は見えない。
「ごめんなさい! ごめんなさい、チトセ‥‥! 僕、僕約束やぶった‥‥! 死なないって言ったのに! したのに! 約束っ」
「リュカ、待って。そんな‥‥。落ち着いて‥‥」
「ねぇ僕、悪い子っ? 約束破ったから、悪い子!? 悪い子の僕はだめ? ついてっちゃ、だめ!?」
そう言って、リュカは止まらなくなってしまった。聞こえる呼吸は浅くて荒い。力加減のできていない手に潰されそう。
(パニック起こしてる‥‥。やばいかも)
リュカは今燃やされたことと約束を破ったことで混乱しているんだと思った。だから、きっと言葉じゃ通じない気がした。
「ねぇ! ねぇっチトセ! 僕要らないっ? 要らない子!? 一緒にいちゃ、だめっ!?」
「痛っ」
肩が痛い。手加減なしで握りしめられて、痣にでもなりそうなくらいに感じた。
「痛い、痛いよ、リュカ! 放して‥‥!」
「やだ‥‥っ! やだっ!! 放したらチトセどこかに行っちゃう!」
「行かないよ! なんなの、もうっ」
リュカは肩を震わせ呼吸をおかしくしながら早口に叫ぶ。
「嫌っ。そんなの、嫌だ! 僕いい子にするから! だから、チトセ‥‥! ここにいて! 僕から離れないで!!」
「痛いって、言ってるでしょ!」
ばちん!
思った以上に大きな音が静かな森に響き渡り、我に返る。痛すぎてはやくどうにかしようと乱暴だったと思い返すが、もうしてしまったあとだ。
両手はじんじん痛むし、リュカは呆けた様に私を見る。
ゆっくりまばたきする彼の目から、大粒の涙がぽろりと落ちてった。それが、あとからあとから‥‥止まらなくなる。
顔が歪み、震える唇が開いてく。
「わぁっ、あああん!!」
リュカの手が肩から離れたかと思ったら、彼の頬を叩いた格好のままの両手首を掴まれる。ぎゅっと握られ、放さない。
「チトセ叩いたぁああ!」
「だっ、だって! 痛かったんだもん‥‥! ごめんね、リュカ‥‥」
「ぁああん‥‥! 僕が、僕が痛くしたぁあ‥‥っ! ごめんなさ‥‥っ、痛くして、ごめ‥‥っ、なさっ」
今度はしゃくりあげて泣き出し、ひぃひぃと呼吸をおかしくする。
こわがってパニックになった子供を叩くなんてひどかったなと深く反省し、背中でもさすろうかと手を引くが、放してくれない。
手を引くと、段々と手首を握る力が強くなってきた。涙をこぼしながら、リュカの目がまた開いていく。
これは多分、逆効果になるなと手はそのままにして、そこから触れられる箇所‥‥私が叩いた頬を撫でてみる。
「リュカ、ほっぺまだ痛い?」
「痛い‥‥。けど、僕が‥‥」
「ごめんね‥‥。こわい思いしたのに、痛い思いもさせちゃって‥‥」
撫でていくうち、段々と涙が止まっていった。鼻を啜りながら、今度は私を窺うようにじっと見つめてくる。
「リュカ‥‥怒ってるなら言って。叩いて、ごめん‥‥」
ムカつくなら叩き返していいよと言うつもりだったが、リュカは首を横に振った。私の手を頬に押し付けながら、鼻を啜る。
「僕怒らないよ。‥‥チトセは? 怒ってる? 怒ってるから叩いたの?」
「怒ってないよ。‥‥叩いたのは、リュカが‥‥変だったから」
それは理由の半分。本当は怒ってたけど、それは言うか迷った。怒りが全てじゃないから。
怒って叩いたんじゃない。約束を破ったからとか、悪い子だったからってわけでもない。
傷つかないで欲しかったから。
それを守ってくれなかったのが嫌だった。それが怒りの大半。
残りは、急にパニックになったリュカへの恐怖。
「だからって、叩いてごめんね」
リュカの暗い瞳が涙で潤み、レコメラの光をきらきらと反射する。だからか、少し気分が落ち着いてくれたように見えた。
再度目を伏せて、私の手を握ったまま、リュカは言う。
「僕、チトセと一緒にいていい?」
「うん?」
「僕、死んじゃった悪い子だけど、これからもずっとチトセといていい?」
「リュカ‥‥」
言いたいことはたくさんある。今のリュカの発言は間違いだらけだ。けど、それをどう伝えればいいのかがわからない。
「リュカが悪い子でも‥‥気にしないよ」
「え‥‥?」
言い方を間違えた気がする。
「じゃなくてね。私が嫌だったのは、リュカが‥‥」
そこで言葉に詰まる。
リュカが人を殺すところ、殺そうとするところなんか見たくない。それが夢でも偽物でも。
私はリュカが死ぬのも傷つくのも嫌。だから頬を叩いたことは本当に間違えたと思う。
リュカの手はまだ私の手首をしっかり掴んだまま。もうそのままでいいやとほっぺたを包む。後悔を込めて。
「私、リュカが傷ついたり痛い思いするの見たくないよ。誰かを傷つけるところも見たくない。さっきのは、それ全部だったから‥‥」
私から視線を逸らさないリュカ。これで伝わるだろうかと見つめる。
赤くなった頬を指先で撫でると、ほんの少し表情が変わった。くすぐったそうに笑ってくれる。
「ごめん‥‥。やっぱり、ほっぺ痛かったでしょ」
するとくふくふ笑った。いつも通りの顔で。
「ううん。僕も、痛くしたもん。チトセはどこが痛かったの?」
「んー‥‥肩。リュカ思いっきり掴むんだもん」
「ごめんなさい‥‥」
「もう大丈夫だよ。私もごめんね‥‥」
もう一度手の平全体で頬をこすると、リュカの顔は更にへにゃっと穏やかになった。手首を放して、抱き着いてくる。
「じゃあもう、離れなくていい? ついていっていい? 一緒にいていい? ずっと?」
「いいよ。ていうか、今更置いて行かないよ」
今更、この危険な世界のどこにリュカを置いて行けるんだろう。
それに、今更リュカと離れることなんて出来ない気がした。離れて、いなくなって、その先私はどうしたらいいんだろう。
魔人と2人でこの世界を行くのを想像すると、こわかった。
(やっぱり私、リュカがいないとだめだ‥‥。だめなんだ‥‥)
リュカが燃えたことで自覚した。私はリュカに依存してる。リュカがいてくれるからなんとか立っていられるんだと強く実感した。
(もしこの先、リュカと離れることになったら‥‥)
私は正気でいられる気がしない。
己の弱さに気が付いて、ため息が漏れる。胴体にしがみついてくるリュカがあたたかくて、嬉しい。‥‥なのに、重たく感じた。




