37話 3度目の魔術
偽エルダーがやってきて一時間もしないうちに、敵陣営では3度目の大規模魔術が執り行われることとなった。
私達はそれを会場の最前列で並んで見ている。
(やばい‥‥っ! やばいけど、動けない‥‥)
ざわめく会場。用意された席の左右後ろにはたくさんの敵陣営の人たちがひしめく。
こんな場所で変な行動を起こせばどうなるかなんて想像しなくても分かる。
「ねぇっ、レコメラ。結局どうしたらいいって話なの、これ!? もう3度目の準備入っちゃったじゃないっ」
隣の精霊に身を寄せ、できる限り小さな声で話しかけたつもりが、八方ふさがりな状況に焦り捲し立てるような勢いになってしまった。
彼の向こう側にいるリュカも、緊張からか顔をこわばらせている。落ち着いているのはレコメラだけだ。
「どうもこうもありません。ひとまず必要な前提条件をあなた方にお見せすることはできましたからね。今回はこれで十分でしょう」
「‥‥はぁ? 何言ってるのっ」
精霊は用意された椅子に深々腰かけて、ひじ掛けに両手を乗せてリラックスしている。
まさか本気でそう思っているんじゃとすまし顔を覗き込む。こちらを見てにこりと微笑んだ精霊は会場中央を指さした。
「ほら、気を楽にして。夢で、簡易とはいえ、大規模魔術なんてそうそう見られませんよ」
「何言ってんのよ! そんな楽しんでる場合じゃないのにっ」
「ほらほら、そんなことおっしゃらず。あの魔石の量をご覧なさい。この儀式、割と解像度高くて面白いですよ」
なんて言われても、面白いなどと思えるはずがない。
会場の様子はまるで何かのショーを見ているような感じだった。これからまたエルダーがひどい目にあうのに、ここはどうしてこんなに楽し気なのか。私の目にはここに居る人たち全員が歪んで見える。
おかしな彼らに混ざり、この状況をただ眺めているだけの精霊の感覚も疑う。
「ねぇレコメラ。今回って、なに」
繰り返す夢の中、精霊の放ったその言葉がどうしても流せなかった。嫌な予感がする。
「次があると言うことです」
「次‥‥っ!?」
思わず大きな声が出てしまい、口を押えあたりを見る。
一瞬周りの視線が私に集まるが、魔石を敷き詰める作業が終わった合図が聞こえると注目はそっちへ逸れた。
肩を竦め、更にレコメラに身を寄せて声を潜める。
「次って、なに。まさかと思うけど、こんな夢をまた何度も繰り返すっていうんじゃないよね」
「そう何度も繰り返しません。ルクスナにも限界がありますから。ですが、今回は詰みです。ここらで私たちは一旦スタート地点に戻りましょう」
「は‥‥、はぁ!?」
あれだけ頑張ってここまできたというのに、精霊の回答は予想以上にあっさりとしていた。
だけどレコメラはもう次のことを考えているのか、それとも儀式に夢中なのか唖然とする私に目もくれない。
私は一人、森の中のことを思い出していた。
(あそこに戻るのは、ルクスナが力を使った時。‥‥エルダーさんが、絶望しきった時)
それを止めるためにここまで来たのに。
諦めきれず、小さな肩を引っ掴む。
「じゃあなに! エルダーさんを見捨てるって言うの!」
「声が大きいですって、チトセ」
「あっ、‥‥う」
指摘され勢いを殺されるが、もう会場は歓声で湧きたっている。私の声なんか聞こえていない。
精霊が私の手を丁寧に外す。
「それに‥‥。見捨てるわけじゃないですよ。見捨てないために戻るんです」
そう言って精霊は背筋を伸ばし一瞥だけくれる。
視線を会場中央へとうつしたその横顔が何を言っても動じていないように見え、私は手を戻した。
何もできない。見ているしかできない。それを私だけが気にしているのが寂しい気がして、手の平をそっと握る。
(違う‥‥。悔しい。私がちゃんと呪いを殺せていれば、エルダーさんをそんな目にあわせずにすんだのに‥‥)
そう思うけど、なにも変えられない。
「ほらチトセ、詠唱がはじまります」
言われて視線を前に向けると、整えられた魔石の周りに数人集まっていた。なにやら唱えだしたが、その中に偽エルダーはいない。
(はじまっちゃった‥‥)
しばらくして、魔石の山が光り出した。魔法陣もそれに呼応するように光り出す。
きれいな、光景だった。
「ねぇ、レコメラ‥‥。次はどうするの?」
「さぁ、どうしましょうか」
魔法陣の赤い光が精霊の眼鏡に反射して、表情が見えない。
「何もないの? 作戦とか」
「あるにはありますが、ここではちょっと」
「そっか。そうだね。‥‥もう、戻るしかないんだね」
レコメラのずっと向こうには壇上があって、そこを白いローブに身を包んだ偽エルダーとファリーが歩いて行くのが見えた。
彼が詠唱を終わらせたら、もう魔法は止められない。
(なんの成果もなかった。呪いが簡単に殺せないってことしか、分からなかった)
もっと簡単にいくと思っていた。
夢に来る前、魔人と話していた時の私はなんて楽観的だったんだろう。精霊を説得して、エルダーを目覚めさせればいいとだけ考えていた。
呪いだったのがいけないって話じゃない。私は、無謀だった。
(できるのかな。私に、エルダーさんを助けるなんて‥‥)
壇上で詠唱がはじまった。
白い二人は寄り添い腕を組み、杖のようなものをかざしている。その先端が赤く光った。熱の精霊だ。
自分の無力を思いなんとなくその光景を見ていた時、気付いた。レコメラの向こう側に座っていたはずのリュカがいない。
「あれ。ねぇ、レコメラ。リュカは?」
「え? ‥‥おや、いませんね。いつの間に?」
「嘘、ちょっとリュカ、こんな時にどこ行っちゃったの‥‥」
辺りを見回すが、姿はない。
(もしかして、呪術で姿を消したんじゃ‥‥)
1人で、本物のエルダーの元へ行ってしまったのだろうか。助けるために。
(リュカ、また1人で‥‥)
胸の奥が重たくなった時、どこかで甲高い悲鳴が上がった。音の方へ顔を向けると、壇上がなにやら騒がしい。
偽エルダーが誰かと激しくもみ合っているのが見え、すぐに彼の周りは人で溢れた。捕まり、引きはがされ、もみ合っていた人物の姿が見える。
「リュカ‥‥ッ!?」
思わず立ち上がったのは私だけじゃない。レコメラもすぐさま体勢を整えた。
(なんでリュカがあそこに‥‥!?)
壇上まではそう距離もない。だけど台が高くて近くに行っても簡単には上がれそうにない。どこかに階段はないかと探していると、また悲鳴が聞こえた。
片手に人形を下げたリュカが見える。彼を押さえていた人たちは動きを止めて倒れるか、壇上から落ちてった。
人形を捨てて、リュカは何かを手にする。それを体の中心で握りしめて、エルダーに突進していく。
喉がはりつき、体は凍り付いた。けど、叫ばずにはいられなかった。
「っ、やめて‥‥ッ! リュカッ!!」
私の叫びもむなしく、リュカはエルダーに思いっきりぶつかった。ファリーの悲鳴。
瞬間、ぐにゃりと。
「あっ、‥‥っ!?」
体が傾いだ。踏ん張っても、地面が揺れる。
見たものがショックすぎて、立ち眩みが起きたかと思った。
(違う、これ‥‥! 私じゃなくて、世界が揺れて‥‥っ)
強いめまいのような感覚。眠気に倒れるような、意識が飛ぶような朦朧とした感覚。
(なにも、聞こえな、い‥‥)
視界が歪んで見えた。
「チトセ!」
「っ、!」
レコメラに呼ばれ、気がつけば私はざわめきの中にいた。世界はもう歪んでいない。
怒号の飛び交う場所へ自然と視線が向かう。
(リュカは‥‥!)
人が、視線が集中するそこにリュカはいた。今、ちょうど偽エルダーから再度引きはがされたところだ。
瞬間、赤い飛沫が飛ぶ。
リュカが、彼の握るナイフが、水色の服が真っ赤に染まる。
(嫌だ‥‥!)
心の底からそう思うのに真っ赤な彼から目が逸らせない。手が伸び、頬に触れる。目を覆い隠す前に、赤い光を見た。
リュカの頭上で回転するそれから、目を離せない。
見たくなかった光景に、絶叫した。
「いやぁーーッ!!」
瞬きすらできない間。リュカの全身が真っ赤な炎に包まれる。
声もなく、動作もなく。リュカだったはずのそれがその場に倒れるのを見た。
人が炎を避けて偽エルダーへと駆け寄る。熱の精霊がしつこく旋回する。
その光景が視界から遠くなる。私はいつの間にか座り込んでいた。
呼吸が浅い。頭が痛い。胸が苦しい。
顔を塞ぎ、なのに壇上から目を離せない。
リュカは見えない。ただ、くすぶった黒い煙だけが天へと昇っていく。
「はぁっ! ‥‥っ、はぁ!」
息がうまくできない。だからか、頭が動かない。体も動かない。
(嘘、うそうそうそ、うそ!!)
リュカが死んだ。
(いや、いや‥‥。そんなの、だめ‥‥)
瞬きすら忘れて、乾いた目がぴりぴりと痛む。視界が悪い。
目を閉じ、涙をこぼしてまた開けると、目の前にはレコメラがいた。
「レコ、メ‥‥」
「さぁ、退場の時間です。チトセ」
ふわりと抱きしめてきたレコメラの肩越しに、また壇上を見る。
煙。その奥で真っ赤になった偽エルダーが詠唱を終え腕を下ろすのが見えた。
ドラゴンの姿を模した使い魔が、魔術投下のスクロールをもってロケットみたいな速さで飛んでいく。
(全部、だめに‥‥)
呆然と空を見上げた私の首を、何かが撫でた。強く、深く。一瞬だったけど、痛みもあった気がする。痛みはすぐに別の感覚へと置き換わる。
「っ、ごぽ‥‥っ」
首の感触をなんだっけと思いがそうとして突然、口に何かがあふれ出した。
(あったかい‥‥じゃない。生臭い。それに、まず、い‥‥)
視界が赤い。頭が寒い。
(レコメラ‥‥?)
鉄の臭い。
(リュカ、は‥‥)
視界の情報がうまく掴めない。首を押さえたはずの腕がぬるりと滑って落ちていく。もう一度上げようとしたけど、思うようにならなかった。
「んぶ‥‥っ」
変な声が出た。体が仰向けに倒れる。空が赤い。赤い雨が降ってる。
(なに、これ‥‥)
首が熱い。
違う、痛い。
違う、撫でられている気がする。
ただそれだけ。
赤い世界。
(体に、ちから、が、入ら‥‥ない‥‥)
まわる。からだが。すべてが。ぐるりと。
「それでは、またあとで」
聞いたものも目に映ったものも何もかもまともに認識できない。私を見下ろす子供が、自分の喉になにかをあてているのが見えた。
赤く、銀色く、光るもの。
それが滑り、子供が倒れる。
それが、最後。
あとは、真っ暗。
(あれ、わたし、なにが‥‥)
なにもないのに、意識だけがここにある。目も体も指先も感覚がない。
(なにが、おきたの‥‥)
音もない。痛みも苦しいも、なにもない。
なのに、こわい。
(なに、が‥‥)
そして、意識が途絶える。




