36話-5 状況整理
ベンチ式の椅子が揺れ、見ればリュカが復活している。
「そっか。ならあれは違うんだ」
そう言って足を揺らし、えへえへ笑う。
「なにが? なんでそんな嬉しそうなの」
「だって、僕嬉しいもん」
可哀そうだって言う話を聞いていなかったのだろうかと見つめると、リュカは「だってあれは違うんでしょ」と首を傾げた。
「あれって、呪いのファリーさんのこと?」
「そう! あれは呪いだもん。‥‥うふっ!」
肩を揺らして笑う。
「僕と友達になってって言った時エルダーは一人だった。恋人となんていなかった! なら、やっぱりエルダーは僕のエルダーだ!」
「ちょっとリュカ?」
相変わらずリュカの思考は私の想像の斜め上だ。何を言っているのか何を喜んでいるのかさっぱり分からない。
「だって恋人がいないなら僕とずっと一緒にいてくれるもん!」
「またそれ‥‥」
リュカにとって恋人というのは、友達を奪う仇のような存在らしい。
(ずっと一緒って‥‥。騎士団と別れる時、リュカ平気かな‥‥)
当たり前だが、魔女の元へたどり着いたらそのあとは彼らとは別行動だ。
(リュカ、きっと泣くんだろうな。お城で置いていくって言った時みたいに)
それはまたその時になったら考えよう、とレコメラへ視線を移す。
少し休憩したことで、精霊の顔色はいくらか良くなっている気がした。まだ眼鏡の奥の瞳には疲労の色が見えるものの、会話くらいならできそうだ。
「ていうか、ほんとに何なの? ここ。幸せな記憶ばっかりのエルダーさんが元恋人の姿をした死の呪いと一緒に自分自身を殺そうとしてるって‥‥凄いカオスな夢すぎない?」
本物のエルダーが死にたい理由は納得できた。けど、偽物のエルダーが自分を殺したい理由はわからないまま。
(まぁ、元が死の呪いだから、エルダーさんを狙うのは本能みたいなものなのかもしれないけど)
だからと言って、わざわざ自分自身である必要性が分からない。
レコメラは浅いため息をついて頷く。
「貴方の妄想がいい線をいってましたよ」
「どれ?」
「誰だって、幸福な夢を見ていたいですよね」
「ああ。‥‥やっぱり偽エルダーさん、自分を殺せばこのまま幸せな夢の中にいられると思ってるんだね」
精霊は頷く。
「だとしたら‥‥べただけど恋は盲目ってやつかな。幸せすぎて夢の終わりのあとに気が付かないなんてさ」
「だから死の呪いはファルハリアを選んだんでしょう」
「エルダー、やっぱり恋人がいいのかな。友達じゃだめなの?」
「リュカ‥‥。もう、そういう話じゃないよ‥‥」
「うぁん‥‥」
偽エルダーの事情はわかった。その隣に恋人がいる理由も。
「エルダーさんから生きる理由を奪って、その上で自分を殺すモチベーションを保つためにはファリーさんが必要だった‥‥ってことね」
「そう思います」
「それって、友達はだめってこと? 僕じゃだめだったの? ‥‥やっぱり僕、あのエルダーやだ」
リュカはそう言い残すと机に突っ伏して塞ぎ込んでしまった。
腕の隙間からリュカの顔を覗こうとするけど、全然見えない。水色の帽子が揺れて、少しだけ顔がこっちを見た気がする。
「リュカ。もしあの呪いがリュカの姿をしていたら、私はリュカの姿をした呪いを刺さないといけなかったんだよ。私、そんなの嫌だよ」
「‥‥チトセが嫌なら、僕がやるもん」
そういうことじゃないと思ってムカついた。やっぱりリュカにはこの気持ちがうまく伝わってくれていない。
「リュカっ!」
「うぁあん‥‥」
耳を押さえて小さく丸まっていくリュカの背中はサナギみたいだった。
(ほんと、リュカ一体どうしちゃったんだろ。恋人がいるって、そんなショックかなぁ‥‥)
思って、もしもを想像してみる。もし友達に恋人がいたらを。それが理由で、私と遊んでくれなくなったらと。
(って言っても、私にはリュカしか友達がいないんだけど‥‥、‥‥っ、?)
考えた瞬間、胸がちくりと痛んだ。
そっと胸をさする。
(んと‥‥。なんだろ)
実際に痛んだわけじゃない。そう感じただけだ。その理由がわからない。
友達が少ないという自己評価は本当のことだけど、それがショックだったのだろうかと結論付ける。
(‥‥友達の少なさにショックを受けているようじゃ、私はまだリュカの立場に立ててすらいないんだろうな)
友達経験値がなさすぎて、恋人を優先された時の寂しさがわからない。そんな私じゃ、リュカを上手く慰めてあげれないだろう。
(なのに責めるってのも、変かもしれないな‥‥)
サナギを見ながら黙り込むと、途端に部屋は静まり返った。
リュカは塞ぎ、レコメラも何も言わない。私も考えすぎで少し疲れた気がする。
寂しそうなリュカの背中に手を伸ばしかけた時、とぽぽ‥‥とお茶を注ぐ音がした。見れば凝りもせずレコメラがお茶を淹れている。
「レコメラ、もう大丈夫なの? あんまり飲むと、また気分悪くなるよ」
「大分マシになりましたよ。ええ、これで最後にします」
そうしてごくごくお茶を飲んで、にこりと笑った。
「見てくださいチトセ。詰まらせず飲めましたよ」
「そんなの練習してたの。‥‥よかったね、できて」
この精霊は変なところで子供っぽいなと思う。見た目のせいか馬鹿にする気持ちはわかず、心から「よかったね」と言える。
私の言葉に目を細め満足そうに笑んでから、レコメラはカップを置いた。眼鏡の位置を直す。
「私は、エルダーの今の状況を己の幸福を後回しにしてきたツケと思っています」
「幸福を後回しにしてきたツケ?」
「はい。‥‥いくらいい子ちゃんぶっていても、自分が可愛くない人間なんかいませんから」
隣でもそもそと動き出したサナギが、顔だけレコメラへ向ける。
「だめなの? 良い子でいたら。エルダーは良い子でいたくなくなっちゃったの」
「良い子は素敵ですよ、リュカ。貴方と本質は異なりますが、エルダーもいい子ですから。ただ、今回はそれを利用されたというだけ」
そう困ったように言うレコメラの姿は、なぜか自虐的に見えた。
「ルクスナは、今もそんなエルダーを信じて傍にいます」
「言葉が分からなくても?」
「ええ。ナルシストな上、ロマンチストですから」
今も、精霊はたった一人、戦場でエルダーを護っている。
(私たちもこうしていられない。次の手を考えなくちゃ‥‥)
ファリーを殺すのには失敗した。ナイフじゃ呪いは殺せなかった。
(魔法を止める‥‥? けど、止めてどうするの。他に私にできることは‥‥。なにか、ある?)
その時、部屋の外で足音が聞こえた。振り向いたと同時に入り口が開く。
「おや、どうしたんです皆さん。そんな難しい顔をして」
垂れ幕の向こうから現れたのは、件の偽エルダーだった。




