36話-4 状況整理
レコメラは相当具合が悪そうだ。なのにまたお茶を淹れようとするので、止める。
「飲みすぎなんでしょ? やめなよ」
「あ‥‥。ああ、そうですね。失礼しました。ぼうっとしてしまって‥‥」
「ねぇ、本当に大丈夫?」
心配すると、弱弱しく笑う。よほど気分がすぐれないのだろう。
見ればリュカも暗い顔をしている。
(色んなことがいっぺんに起きたし、疲れるよね‥‥。私も、そうだし。少しだけ気分転換したい‥‥かも)
そんな場合ではないが、きついことが続きすぎている。少しだけ、雑談をしたっていいんじゃないかと思った。
気分転換に、明るい話がいい気がしたが現状良いことなんて起きていない。考えに考えた結果、仲睦まじく寄り添う2人のことが思い浮かんだ。
(そういえば、呪いがファリーさんなんだとしたら、どうして偽物エルダーさんまでいるんだろう?)
呪いであるファリーがエルダーを直接殺しに行かないのはなぜか。
「レコメラ、ファリーさんってエルダーさんの恋人?」
「そう見えるなら、そうです」
「ええっ!」
それを聞くなり、隣で驚愕の声が上がった。おかげで私は曖昧な言い方について聞きそびれる。
「エルダー、恋人がいるの‥‥っ? それほんと!」
リュカはベンチの上に立ち上がるほど興奮し、お行儀悪くテーブルの上に両手両膝をついてレコメラに詰め寄る。
「リュカ! お行儀悪いよ! それにどうしてそんなにショックを受けるの。別にいたっておかしくないと思うけど」
確かレバネがエルダーはモテると言っていた。ここまでの紳士的な態度やら気配りやら戦う姿なんかを思い出すと、わかる気がする。
「うえぇ‥‥」
「なんでそんな嫌そうなの、リュカ」
友達想いなリュカなら、大切な友達に恋人ができたならむしろ一緒になって喜ぶかと思ったけど、そうじゃないらしい。
(あ、そっか。偽物のエルダーさんに恋人がいるのが嫌なのか。確かに‥‥。これって、恋人の横取りだもんね‥‥)
まぁその恋人も偽物なんだけど‥‥なんて考えていたらリュカが「だって、だって」と体を揺らした。
「だってチトセ、だってね」
「うん」
「恋人がいるとねっ。みんな」
「うんうん」
「みんな僕と遊んでくれなくなるんだもん!」
「‥‥えっ」
「だから僕、恋人なんか嫌い!」
必死に訴えるからなんだと思えば、その理由は意味不明。
首を捻り改めて考えてみる。だけどやはり、私の想像では納得できない理屈だ。
「なにそれ。どうして恋人ができると遊んでくれなくなるの」
「恋人の方が大切だからだよ! みんな、僕と遊んでくれなくなるんだ。エルダーも一緒に寝てくれなくなったもん。もう一人で寝れるだろって言って、僕をベッドから追い出した‥‥」
それは多分、リュカの知っている別の世界のエルダーの話だろう。リュカの中でその時の経験と今がごっちゃになっているようだった。
リュカは「嫌だー。嫌だー」とぶつぶつ言いながら体を揺らす。しばらく唸ってから最終的に「僕、やだ」と再度主張した。
「エルダーに恋人がいるの、やだっ!」
「ええ‥‥」
これにはさすがに同意しかねる。
遊べなくなるっていうのは、自分との時間が目減りするという意味だろうか。恋人って特別な存在なわけだし、普通、それが当たり前なのではと思う。
だからみんな誰かの恋人になりたがるのでは、とも思う。
(一緒に寝るってのも、普通の友達は一緒に寝たりしないよ。そもそも家が違うんだし)
別の世界のエルダーが特別冷たいわけじゃないと思う。
正直、今回はリュカの言っていることが本気でわからなかった。レコメラも眉をひそめて呆れている。
「とりあえずリュカ、お行儀悪いからちゃんと座って」
「うぇえ‥‥」
困惑しているものの、言えば言う通り座りなおした。しかし、テーブルの上に頬をのせて唸り続けている。
リュカのことは一旦置いておいた方がいいかもしれない。レコメラに向き直ると、口寂しいのか空のカップを覗き込んでいた。
「でも、どうしてだろう。呪いが恋人の姿になって、エルダーさんを殺しに行くなら分かるんだ。でも、実際そういうことをしてるのは偽エルダーさんでしょ。ファリーさんって何者なんだろう」
「私も少し休憩します。どうぞ、チトセのお好きな妄想を続けてください」
「なにそれ。どういう意味よ」
「当たっていたら、そう言いますから」
「なによもう‥‥。いいけどさ、別に」
レコメラの顔色はやはり悪いままだ。
雑談1つできないほどなんて余計気になるが、ひとまず言われた通り想像することにした。考えてしまうとあの二人のことが気になって仕方がない。
夢の中でその人を殺したいと思ったら何が一番早いだろうか。
(例えば、死んじゃった恋人が夢にでてきたら、夢から覚めたいとは思わないよね)
それなら、ありえるかもしれない。
(けど、それなら本物のところに現れるだろうし。だとすると、偽エルダーさんがやる気になるようにってことかなぁ)
同級生が運動部の彼氏の大会へ応援に行くと話していたことを思い出す。好きな人が来てくれたら、そりゃ頑張るよね、と思った。
(そうなると偽エルダーさんって本当にエルダーさんを攻撃するための要員って事かぁ。でもどうして呪いは直接殺しに行かないんだろ)
レコメラは眠たそうな顔をして黙っているだけで何も言ってくれない。
しばらくうんうん頭を働かせていたが、限界を感じた。1人で考えるのなんて無茶だ。分からないことだらけ。でも一つだけ確かなこともあった。
「でも、なんていうかさ。偽エルダーさん可哀そうだね。恋人は偽物で、ここも夢の中。夢が終わったら、自分も消えちゃうのにさ‥‥」
あんなにきらきらと楽しそうな笑顔で恋人を見て、仕事をして、そして自分を殺す。
(偽エルダーさんは自分のしてることがわかってるのかな。もし知らないなら‥‥)
教えてあげるのはどうだろうかと思った時、レコメラに呼ばれる。
「なに?」
「チトセ、彼らには幸福しか見えていないのです。ですから、それを言ったところで無駄です」
ふと、ナイフが刺さったままのファリーを思い出した。残酷なものは見えていないかのようだった偽エルダー。
「しかし、その通りだと思いますよ。‥‥こっちの彼にとっては、どちらが幸せなんでしょうね」
そう言って、レコメラは息をついた。疲れか哀れみか、またはその両方かはわからない。




