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36話-3 状況整理

 呪いが倒せなかったことは話せた。どうしてレコメラが見張りからいなくなったのかもわかった。残る問題は、たった一つ。


「それで‥‥どうしてここにもエルダーさんがいるの?」


 しかも、敵陣営のトップとして。


「このままだと、エルダーさんがエルダーさんを殺そうとしてるってことになっちゃうんだけど。でもそんなの意味が分からない」


 私の推測ではこれが限界だ。というかこれしかない。分からないのは、なぜそんなことになっているかということ。


 レコメラは「それは、説明すべきですかね」と眼鏡をくいっと上げ、座りなおした。


「ご存じの通り、この夢にはエルダーが2人います。1人は野戦病院で何度も絶望を味わっているエルダー。もう1人はその絶望を生み出すためにここで何度も魔術を放っているエルダーです」

「‥‥どっちが本物のエルダーさんなの?」


 それはほぼ間違いないことだったが、あえて聞いた。状況証拠は揃っている。だけど、感情が白黒つけてくれない。


 ここまで一緒に来たエルダーは、どこからどう見ても私の知っている彼そのものだった。


 精霊の視線がリュカへと移る。


「リュカ、貴方には分かっているでしょう」


 聞かれ、眉を寄せたリュカが私を一瞥してから戸惑うように頷いた。


 ファリーの部屋でエルダーへ向けた警戒心と、この部屋でエルダーを見送った時の悪意の込め方。


 ああやっぱりかと思うものの、解せない。


「ここにきて、リュカがずっと何か考えて黙ってたのは、だからなの?」

「だって、近くに来るまでどっちか分からなかったから‥‥。ごめんなさい‥‥。僕、役立たず?」


 そんなことないよ、というと少し笑顔になる。けど、その目がじっと私を追ってきた。リュカに嘘はつけない。


「役立たずなんて思ってない。本当だよ。けど‥‥知ってることを黙っていられるのは、嫌だよ。‥‥2人とも知ってて、私だけ知らないのって、仲間外れみたいじゃない」

「してない!」


 音を立ててリュカが立ち上がった。彼の前に置かれた空のティーカップが倒れるほど荒っぽい動作。


 リュカは私の腕を掴んで自分の方へ寄せた。必死なのが分かるけど、それだけに少しこわい。


「してないよ! 僕、チトセを仲間外れなんかしてないっ!」

「だ、大丈夫だよ。本気で思ってなくて、そうみたいで嫌だなって話だから。‥‥リュカはどこで気づいたの?」


 話を切り替えると、ふっと力を抜いたリュカが今度は俯き小さくなっていく。


 ベンチに座り、身を低くして見上げてくる。


「リュカには最初から‥‥会場についた時から分かってたの? 偽物のエルダーさんがいるって」

「分かってない! いるのは分かったけど‥‥。でも変だなって。エルダーいるのに、違うんだもん。だけど分かんなかったのっ! 何が変なのか、分かんなかった。分かんないから、言えなかった‥‥」


 そして怯えた様子で「僕悪い子?」なんて聞くので「そんなことないよ」と手を握ってみる。するとおずおず握り返してきて、少し笑う。やっと落ち着いたみたいだ。


(リュカ、たまにこういうことですごい動揺するからなぁ‥‥。友達関係ってものに、敏感なんだよね)


 それからまた少しずつ話を聞く。


 リュカはキャンプに着いた時からエルダーの存在を近くに感じていたらしい。しかし本来この場所に居るわけもない。それに気配も少し違ったらしい。だから言い出せずにいた。


 大規模魔術の会場に着いた時、白いローブを来た人影を見て確信めいたものを感じたが、逆に訳が分からなくなった。その理由は、私と一緒。だけど判断は違った。


「‥‥僕、こっちのエルダー嫌い」


 唇を突き出して苦々しい顔で言い放つリュカは、その理由を説明しなかった。というより、できないのだろうと思う。


「リュカは直感的ですね。勘がするどい。そう、こちらにいるエルダーが偽物で、病院の方が本物です」


 ここまできてやっとレコメラがその一言を口にした。


「やっぱり! でも僕らの事知ってるよ。嫌な奴だね!」

「こちらにいる彼は幸せな記憶ばかりで構成されているんです。あなた方の記憶が幸福寄りの出来事だったんでしょうねぇ。だから知ってる」

「そうなの? 僕といたらエルダー幸せって事?」

「ですです。よかったですね」

「‥‥えへっ。僕エルダー好き」


 体をくねくね揺らして喜ぶリュカはすっかりご機嫌だ。レコメラはまたお茶を飲んでは咽ている。


(なるほど。確かにファリーさんと話してるときのエルダーさんは幸せそうだったなぁ)


 恋人同士なのかな、と思うけど聞かないといけないのはそこじゃない。


「なんだか正反対だね。本物はつらくて、偽物は幸せって」


 言って、気付いた。


 偽物が幸せな記憶を取っちゃったから、本物のエルダーが絶望してるって事なのではと。


「けど、幸せな記憶を取ったからって、そんな風になる? ‥‥だってまさか、全部取ったわけじゃないよね?」

「全部ですよ。ほぼ全部。エルダーが心の支えにできる記憶を一切合切抜き取られてます。だからあんなに弱ってるんです。それでももった方ですよ。ルクスナがいますし、エルダーは正義感が強いですからね」

「なんでそんなことに‥‥?」


 それを聞くと、レコメラはため息をついた。


「やはりそれは‥‥説明しないといけませんかねぇ‥‥」

「レコメラ、お願い。必要な事なら教えて欲しい」

「‥‥何が必要になるかは、わかりません。ですが、呪いがどうしてこうなったのかの説明はしますね」


 ゾンビから攻撃を受けた時、エルダーを二つの呪いが苛んだ。


「一つはゾンビ化、もう一つはダンジョンよね」

「ええ、そうです。そしてルクスナは呪いに強い闇の精霊。もちろん、ダンジョンの呪いを解こうとしました。解くというか、上書きとか、追い出しに近いんですけど‥‥」

「できなかったの?」

「見てのとおりです。呪いも一筋縄でなかったんですよ。エルダーのエゴに絡みついて、剥がれなくなってしまった」

「エゴ?」

「死にたくないっていう、人間のもつ生への執着です。それから、エルダーは幸福を手放したくなかった。だから呪いはそれらにしがみつき、手始めに取り込んだ」


 その状態の呪いを闇の力で強引にどうにかすれば、記憶事失うことになりかねない。


「過去の幸福。現在の幸福。これって、その人を支える大きな柱なんですよ」


 現実のエルダーが心の支えを失い、倒れることをルクスナは選ばない。


「そんなこんなで、ルクスナは呪いを解けなかったんです。う、‥‥っ」


 話の途中でレコメラがカップを落とした。見ると、顔色が悪い。それに手も震えて見える。


「レコメラ!? 大丈夫?」

「あ、いえ‥‥。平気です‥‥。少し、‥‥飲みすぎました。おぇ」


 そう言って気分が悪そうに口元を押さえた。口調は変わらないものの、顔は青い。


 心配すると「本当に平気です」と言う。


「話を続けましょう」

「‥‥じゃあ、呪いがファリーさんの姿をしてるのは奪った記憶から選んだって事?」

「ですね。万が一本物のエルダーがこちらに来た時、別の意味でショックを受けるでしょうし」

「別の意味?」


 レコメラは落ちたカップを拾い上げ、テーブルに戻す。発光する指先が薄くなっているような気がしたが、瞬きすると戻っていた。

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