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36話-2 状況整理

 空のカップを覗き込み、レコメラは言う。


「けどね、チトセ。私が何の意味もなく、無駄にあんな残酷なことをさせたとでも思っているのですか」

「思ってるよ。だって教えてくれないんだもん。何か意味があったの?」

「ええ。面白半分でさせませんよ。あんなこと」


 真剣な顔でお茶のおかわりを注ぎはじめるから、本当かなと首を傾げてしまう。


 不意に手が握られ、驚いて隣を見ればリュカが心配そうな顔をしていた。


「チトセは頑張ったよ」


 そう言ってそっと頭を撫でてくれる。その様子がなんだかおかしくて、ふっと笑みがこぼれた。


「ありがと、リュカ」


 するとリュカも笑ってくれた。私たちは照れたようにふへへと笑いあう。


(そうだ。私はリュカを守れたよね。乱暴なことをさせないで済んだし、呪いからも庇えた。これは、大きな一歩だ)


 私にもリュカのためにできることがあって、実際できた。それが嬉しい。


(でも、そもそもあんなことしないですめばその心配もなかったのよね)


 そう思ってからはっとした。私はすぐこうやってネガティブなことを考えてしまう。


(覚悟を決めたのは私。リュカにさせたくなかったのも私。レコメラに頼ることを決めたのも私。頼るしかなかったのも私‥‥)


 心の中で呪文のようにそう唱える。


 レコメラは一生懸命考えてくれた。分からないことを分からないなりに進めようと知恵を絞ってくれた。私はそれを鵜呑みにしてただ実行しただけだ。


(そう思うと私って、嫌な奴かも)


 考えさせた上に完璧を求め、失敗したら責めた。


(こんなんじゃだめ。‥‥気持ちを切り替えなきゃ)


 視線を感じて顔を上げると、精霊がにやにやと私を見ている。


「なによ」

「なんでもないです。その意気ですよ、と思いまして。でも、まぁ、そんなに油粘土の感触が嫌なのであれば‥‥。上書きして差し上げましょうか?」

「へっ?」

「そうですねぇ‥‥気持ちの良い感触と言ったら、これはどうでしょうか」


 そう言うとレコメラは指先をくるくると回した。瞬間、手のひらがおかしくなる。


「なにを‥‥うあっ!?」

「どうしたのチトセっ」


 突然、テントにナイフを突き立てた時の感触を思い出した。思い出すというか、現在進行形で手の平にその時の感触がある。


「うわわ‥‥っ、わわ!」


 テントにナイフを刺して、繊維の流れに沿って切り込みを入れた時の小気味よい裁断の感覚が手の平の中でエンドレスループしている。


「ひぃええぇ‥‥っ」


 分厚い布を裁つ振動が指先から肩へ。びびびという裁断中の気持ちの良い音が耳にこだまするよう。


 いつの間にか視界にもテントを切り裂いた時の映像が浮かんでくる。


 全部頭の中で起きていることだと自覚するのに、数分かかった。


「な、なに、これっ!」

「レコメラ! チトセになにしたの!」

「そんな大層な事してませんよ。私の力で感触を思い出していただいただけです。どうです。思っていたよりは嫌なものではないでしょう」

「うあ、あ、あ‥‥っ。おかしくなりそう! わかったから、もう、やめてっ」

「はい」


 精霊が指を回すのをやめると、何度も繰り返してた感触が全て消えた。


 記憶が繰り返す気色の悪さに腕を押さえながら机に突っ伏す。リュカが背中をさすってくれて、段々奇妙な感覚を忘れていく。


「うぅ‥‥っ」

「あ、逆効果でした?」

「レコメラ‥‥。チトセに意地悪しないで‥‥」


 私のこと等気にせずレコメラはお茶を口にして、そして咽た。


 むっとしたまま精霊を睨むが、不思議な感覚に手を握り、開いてみる。


(あれ、でもなんというか‥‥。さっきよりはマシかも‥‥)


 どこがどう、とかは分からない。


 呪いを刺したこともその嫌悪感も、そんなことができてしまった自分への失望も覚えている。油粘土の感触だったことも。


 けれど、さっきよりは感覚が薄れている気がする。


 精霊を見ると、何杯目か知らないお代わりを注ぎながらにっと笑った。


(さすが、記憶の精霊‥‥。こうやって人の気持ちを楽にできるんだ‥‥。でもこれが逆だったら‥‥)


 もしこれが恐怖や絶望的な感情、嫌な記憶を思い出す方向だったらと思うと寒気がした。


 同時に、エルダーは今もそういう地獄を味わっている最中なのだと思い出す。


「けど、やはり強力な呪いですねぇ。貴方がそれほどのプレッシャーを感じていたというのに、殺すことができなかっただなんて」

「だから、呪いはあんなことじゃ死なないってことでしょ。それを試したんじゃないの?」


 すると精霊は首を横に振った。


「いいえ。少ないながら可能性は十分あったはずなんです。貴方がそれだけ信じていたのですから」


 そう言ってお茶をすすり、また咽る。咽ながら首を傾げ、また口をつける。


「どういうこと?」

「げほぅ、言ったでしょう。現実味はあった方がいいと」


 びちゃびちゃと口から紅茶をこぼしながら、レコメラは口元を押さえた。派手に咳き込み、眉を寄せてカップを睨む。


「まぁね。油粘土の感触で助かったけど。あれがもしリアルな肉の感触だったら‥‥うわぁっ。想像しただけで、嫌!」

「いえ、そういうことじゃ‥‥まぁ、いいです」


 人間の肉を切るところをイメージして震える私の横で、リュカが「あ!」と声を上げた。


「そっか、だからレコメラは僕じゃなくてチトセにやらせたかったんだね」


 レコメラは「です」と頷く。


「なによそれ。2人して。私にもわかるように教えてよ」

「チトセ、ここは夢だから。できるって思ったらできるんだよ。前に言ったでしょ」


 そう言って、リュカはまた花を一輪取り出して見せた。


 それを受け取って、考える。花はまだ蕾だけどいい匂いで、触れた感じも完全な生花だ。


 あ、と思う。


「‥‥もしかして。私が本当に殺せると思ったら、あの時、あれで呪いを殺せてたって事?」


 2人は同時に頷いた。


 花に視線を落とす。じわじわとネガティブが襲ってくる。


「じゃあ、殺せなかったのは私のせい‥‥」


 すると腕を掴まれた。花が揺れる。


「チトセのせいじゃないよ! だってここ、いつもの夢と違うんだもん!」

「ええ。貴方のせいではありません。それだけ思い詰めていたんです。普通の夢であればできていたでしょうね。全ては、呪いがダンジョン産で、ここがダンジョン内だから起きた失敗です」


 2人がそう言うなら、そうなのだろうか。


(だとしても‥‥。失敗したことに変わりはない)


 今頃、焼け野原になった病院跡でエルダーは必死に生者を探していることだろう。悪夢のただ中にいる彼の事を思うと、胸が痛くなる。


 私達の目的は、エルダーを救う事。この悪夢を終わらせて、彼に目を覚ましてもらう事。


 刺したことがなんだかんだと、倒せなかったからなんだと塞いでいる暇はない。


(先へ、進まないと!)


 そう思って握った花は、少しだけ開いたように見えた。

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