36話-1 状況整理
エルダーに案内されたのは、人通りのない通路の奥。
「さ、こちらです」
普段通りの彼への警戒はリュカに任せて、私は垂れ幕をめくった。部屋の中にはベンチ式テーブルセットが一つ。そこに、子供が一人。
「レコメラ!」
「ふぁ、ひまひはへ」
一番奥の席で精霊はビスケットを口に入れてお茶を飲んでいた。そのあまりの緊張感のなさに私の足が入り口で止まる。
レコメラは落ち着いた様子でお茶を口に含み、ごふっと大きく咳き込みながら飲み下している。そしてビスケットのカスだらけの口を服の裾で拭いながら私とリュカを見て笑った。
「お二人とも、ご無事で何よりです」
1人何を呑気に! と思ったが、エルダーがまだいるので抑え込む。
「よかった。お友達の方で間違いありませんね」
そう言いながら、部屋の奥から魔法陣の書かれたコースターとポット、クッキーが入っているらしき缶を取り出して手際よくお茶の準備をしていくエルダー。
「さ、どうぞお2人も」
促されるまま私とリュカも席に座って、彼の手元を見ていた。不審なところは一切ない。
「お茶とお菓子はご自由にどうぞ。では、また後程」
一通り面倒を見てくれた後、彼は部屋を出て行った。
「あ‥‥。ありがとうございました」
「ばいばーい、エルダー。もう来ないでねっ」
毒づきながら彼に手を振るリュカを見てなんだか妙だなと感じたのは、エルダーの存在が敵か味方か分からないという点でだろうか。
そっと垂れ幕をめくり、彼の背が廊下の向こうへ消えるのを確認する。
垂れ幕から手を離したと同時に、後ろでがたんと音がした。見れば、リュカがテーブルに身を乗り出してレコメラに詰め寄っている。
「なんでレコメラ、僕たちを置いてっちゃったの」
「そうよ。見張りをしておくなんて言っておいて」
ベンチに戻ると、レコメラはポットをコースターにセットしたところだった。まるで私たちのことなどおかまいなしの態度にイラっと来る。
だけどどんなことよりも先に、言わなければならないことがあるのを思い出した。
「そんなことより、呪いよ、呪い! 死ななかったの! 心臓を刺したのに!」
リュカもはっとしたように更に身を乗り出す。
「チトセが刺しても死ななかったよ! 僕もだめだった」
「それにエルダーさん! どうしてエルダーさんがここにいるの? レコメラは知ってたんでしょ? どうして黙ってたの。なんで教えてくれなかったの!」
「僕もそれ、聞きたい」
かわりばんこに疑問を訴える私達を一瞥し、精霊は手にしたカップの中身を音を立てて飲み干した。と思ったら激しく咽る。
「げほ‥‥っ! 飲むって、意外と難しい動作ですね」
なんて苦しそうに眉を寄せながら、ポットから新しいお茶を注ぐ。
「はぐらかさないでよ!」
ばんっとテーブルを叩くとレコメラではなくリュカが「ひゃん!」と肩を竦めた。
やってしまった、と手を後ろに回す。テーブルの縁でおどおどと私を見上げるリュカには小さく謝った。
「はぐらかしてません。この夢の中の状況は、口で説明するより見ていただいた方が早いと思ったんです。特にエルダーについてはね」
私の暴挙などまるで気にしない精霊は、クッキーの缶を開けて中身を一枚取り出した。
リュカも興味津々に見ていたが「あなた方は食べないように」と全部レコメラの前に持っていかれてしまう。
呪いの夢の中で出たものなんかこわくて口にできないからいいけれど、そのわりにレコメラはばくばくと食べているのが気になった。
クッキーを咀嚼しながら、レコメラはふぅと息をつく。
「呪いは‥‥やはり死にませんでしたか」
「やはり!? じゃあ、死なないかもしれないって思ってたってこと」
「はい。死なないだろうなとは思っていました。けれど、確証はありませんでしたから、やってみる価値は十分あったんです」
カップを弄びながらレコメラは少しも悪びれた様子がない。むしろ自分は正しいとさえ言いたげだった。
(あんなに苦労して、トラウマになりかけたのに‥‥)
一体どういうつもりなのか、と思う。
脳裏に、私たちを捕まえようとしたときの呪いの姿が思い浮かんだ。
(あの時、もしリュカが捕まっていたらどうなっていたんだろう‥‥)
無機質な笑みと瞳に見下ろされたあの瞬間を思い、その先を想像すると背が凍る。
隣ではレコメラの態度にむっとした顔をしたリュカが落ち着きなく体を揺らしていた。それを見て、悪い想像は振り払った。
(あの時私は呪いがこわかったんじゃない。リュカを失うのがこわかった。また‥‥)
だからこそ、レコメラの確証がないからという冷たい言い方が気に入らない。
(私たちで試したんだ。私たちが危険になるなんて、どうでもいいって思ってるんだ)
すると、レコメラはカップを置いて首を振った。
「そんなことありません。申し訳なかったと思っていますよ。しかし、やっていただくほかなかったんです。安全は、確保したと思っていました」
部屋の前から消えていたのは、部屋に戻ってくるはずのファリーの護衛をレコメラが引きつけていたからだという。それで捕まり、ここに連れて来られた。
疑いは1つ晴れた。だけどまだ気持ちの整理はつかないままだ。
「本当にこれ以外方法なかったの?」
「ありませんでした」
きっぱりと。だけど先ほどよりは少しだけ語尾を緩めてレコメラは言った。
視線が私からリュカへうつり、また私に戻る。
「こういったパターンの呪いの駆除方法を私は知りません。ですから、これしか思いつかなかったんです」
眉を寄せ、肩を落とし、精霊は上目遣いに見てくる。小さな子供の見た目をしているから、そうやってされると良心がちくちくと痛む。
「それにアレはファリー‥‥ファルハリアという女性を模した、ただの呪いです。貴方がそこまで罪悪感を覚え、緊張するとは思いませんでした。近づけばその異様さがわかると、そう思って‥‥」
レコメラはしゅん、と下を向いた。
その仕草に、なんだか私が彼をいじめているような気がしてきた。思わず「わかった。いいよ」と言ってしまいそうになる。
だけどそれで済ませられることじゃない。私だけならまだしも、リュカの事を危険に晒したのは許せない。
だから心を鬼にする。
「確かにさ、マネキンみたいだったけど。でも、あたたかかったよ」
「そりゃ、生体の模倣ですから。温度くらいありますよ。けど、手ごたえは違ったでしょう」
手ごたえと言われ心臓が跳ねた。感触を思い出すように手の平をさする。
刺した感触は確かに思ったよりかは軽かった。油粘土の質感は多少重たいけど、精神的な重さじゃなかった。
あれは、軽かった。
「血も出なかった」
それに彼女は刺されてもまるでなんともないという風だった。普通に目を開け立ち上がり、動いた。
「ええ、そうでしょうとも。人間とは違うのですから」
「けど、私は‥‥」
人を殺すつもりで刺してしまった。殺したつもりになってしまった。
そのことがなにより心に重たくのしかかってくる。
それを思い出すと手が震えてきた。
(今更なのに。こんなの、思い出さなくていいのに)
手を組み、額を寄せてうつむく。深呼吸すると少し落ち着く。
落ち着いた頭で考え直す。
(でも、仕方ないこと。私だってどうしたらいいか分からないんだから。思いつくことは何でもやってみなきゃ。‥‥それは一理ある)
それが今回、これだっただけ。
(今更謝罪も感謝も意味がない。結局、呪いは倒せなかったんだから。夢は終わらない‥‥)
夢の終わりを目指す。そのために、できることはこれからもする。
(だけど)
顔を上げ、精霊を真っすぐ見る。
「刺す必要がなかったなら、刺してなかった」
「必要はありました。おかげで人体と弱点が異なるという点がわかった」
「そういうことじゃない」
私は、まるで騙すようなこのやり口が気に入らなかった。
私たちは味方同士。仲間なんだから、内緒ごとはしないで欲しい。
「次からは、やる前にちゃんと教えて」
「‥‥ええ。わかりました」
私の願いを、レコメラはやや時間はあったものの真剣な顔で受け入れてくれた。




