34話-1 呪いを殺せ
テント内へ入るとすぐ目の前には壁があった。
壁と布地に挟まれながらなんとか広い場所まで出る。木箱や樽や小箱が並ぶここは、物資などの保管部屋のようだ。
手を引いたからリュカもちゃんと付いて来た。
部屋にたたずむレコメラに向かう。
「で、呪いを殺すんだよね」
「そうです。今なら1人で部屋の奥にいるはずです。そこへ行き、姿が見えていない今のうちに心臓をブスリ! です」
軽く言ってくれるが、それを一体誰がやると思っているのか。レコメラからは配慮のはの字も感じない。
勿論だけど、人なんて殺す覚悟はない。
だけどこれは人じゃないし。人助けのためだし。だからやると思えている。
(まだ実感がわいてないだけかもしれないけどね‥‥)
家庭科部で魚の捌き方を習った時、私は直前まで余裕で、平気だと思っていた。ところが生臭い魚を手にして、包丁を握り、肛門に刃先を入れる段になってようやく手が止まった。
怖気づいてしまったのだ。そんなどたんばになってから。
その後、なんとか包丁を入れて、素手で内臓をかきだす時吐きそうになった。同級生も割とダメな子が多くて安心したが、今回はその比じゃない。
さっきテントを破った時の布を裁つ感触はかなりリアルだった。魚の感触はもう忘れたが、人型呪いを殺す時はきっとリアルだろう。
(人の心臓にナイフを‥‥。どんな感じなんだろう。うっ! 想像しただけで悪寒がする)
考えてしまうとしたくないという気持ちで胸が押しつぶされそうになった。
(いやいや! これなら直前まで余裕でいられたほうが良い!)
私がやらなければ、エルダーが死ぬ。もしそうなったら、リュカが傷つき悲しむ。そうなるのは絶対に嫌だ。
だから、覚悟を決めなければならない。
「ねぇ、本当に‥‥呪いって人間じゃないんだよね。心臓を刺したらさ、それで終わるんだよね。エルダーさんは助かって、この夢は覚める。呪いは解けるんだよね‥‥?」
「ええ。そうですよ」
「そう! そうだよねっ!」
頭の中で「呪いは呪い」と反芻する。
両手の平を見つめ、何度も頷く。できる気がしてきた。
「うん、大丈夫。私、できる‥‥」
なんとかそう思い込んで顔を上げると、レコメラが部屋を出て行くところだった。慌てて追いかけようと思ったが、手が引っ張られた。
見ればリュカが動かないでいる。
(ほんと、おかしいのよね)
テント内に入ってからもリュカは無言で、なんだか気配が薄い。浮かない顔をしてずっと床を見つめている。何か考え込むような、思い悩むような顔。
大規模魔術の会場に到着したあたりからずっとこうだ。私の視線にすら気づかない様子で、じっと俯いている。
一体どうしたんだろう。これからこの夢の一大イベントをこなすというのに。というか、ラストスパートなのに。
こんな時にリュカがこんなでは、気になってしまう。
何かあるんだろうか。不安や恐れるようなことが。リュカはいろんなことに気づく子だから、彼にしかわからない何かがあったに違いない。
それなら話してほしい。
「リュカ、どうしたの。ずっと喋んないよね。何か‥‥考え事?」
下げられた視線の先に入り、顔を覗き込む。はっとした顔をして、リュカは何かを言いかけたが、すぐ目を逸らした。
「本当にどうしたの、リュカ。さっきから変だよ。何かあるなら教えて」
「えと‥‥でも、変だから。‥‥違うの、多分」
やっと引き出せた回答を聞いても何一つ分からないどころか、余計訳が分からなくなったし、不安が増した。
リュカは割と説明が下手な方だけど、具体的に聞けばなんとか答えてくれる。
今も時間があればそれをしたいが、そんな時間があるかというとそうでもない。
けど、聞かないのはそれはそれで気になってしまう。
「変なのって、夢が? それともここが? もしかして、呪いを殺すってのがそもそもだめな感じ?」
矢継ぎ早に聞いてしまうと、混乱したように眉を寄せて困った顔をする。
「う、んと。‥‥そうじゃなくて」
「気になってることがあるなら、教えて。話してよ」
押してみるけどやはり返事が返ってこない。
「けど、‥‥違うかもしれないし」
なんて自信なさげに言う。
あれかな。夢の中に来てから私、リュカに卑怯だとか身長のこととかあれこれ言っちゃったから、あれで言えなくさせたのかな。
そう思うと胸がずきずきした。
ごめんと思いながら手を握って、お願いする。
「違ってもいいから、教えてほしい‥‥。リュカが、嫌じゃなければ‥‥」
「嫌じゃないよっ。でも‥‥」
即答で返してくれはしたけど、まだ言い淀む。
けど一拍おいて、ようやく視線があった。
「う、ん。わかった。えと、あの‥‥ね」
ようやくリュカが話してくれそうになったその時、反対の腕を誰かが引いた。
見つかったのかと思って振り向くと、不機嫌そうなレコメラが戻ってきていた。
「ちょっと。何してるんですか。悠長にしている時間はないのですよ。エルダーがまた絶望の淵に立たされてもいいんですか」
「待ってレコメラ。リュカが何か気づいたみたいで」
「そんなのあとにしてください。ルクスナももうほとんど魔力がありませんから、夢を繰り返すのだってあと何回出来るか分からないんです」
「ちょっとだけだって。レコメラ‥‥」
だけどレコメラは一向に引かなかった。そんなに時間が足りないのだろうか。
「さっさと行かないと、エルダーがまた死にますよ」
そういった途端、リュカが「うん、僕行く」と言った。
「エルダーが死ぬの嫌だから、行く。チトセ、大丈夫。レコメラは精霊だもん。きっとレコメラが正しいの。僕のは多分、違うから。‥‥だから、行こ! 呪いを殺して、エルダーを助けて、皆で悪夢を終わらせて、はやく帰るの!」
「‥‥リュカまで」
「その意気です、リュカ。では、行きましょう。さぁ、チトセも」
レコメラに捲し立てられ、リュカは迷いを振り払ったようだ。けど、なんだか無理やり納得したようにも見えて、やっぱり引っかかる。
どこか違和感がぬぐえない。
だけど、時間は無限じゃない。
今やらなければまた夢が繰り返してしまう。
ルクスナの魔力が切れてしまったら、夢が繰り返さなくなったら、本当にエルダーは死んでしまうかもしれない。
今なんだ。それを止めるのは、今しかない。




