33話-3 大規模魔術と呪いの正体
ざわめきは遠く、会場を見れば誰もいない。
指揮官たちが入って行ったテントの裏も静かだった。
テントの裏と言っても大きな箱がでこぼこといくつも連なった形をしているから簡単に裏側へ行くことができない。
ただ警備は手薄なので見つかる心配はなさそうだった。
(呪いについて、もっと聞いておきたい)
隣を歩くレコメラは今はもう疲れていないようだ。
「レコメラ。説明ばかりさせて申し訳ないんだけど、呪いについてもうちょっと聞きたいんだ。いい?」
「ええ。答えられる範囲であれば」
「ダンジョンの呪いって、殺す以外他にやりようはないの? ゾンビのやつは聖水で止めれたよね」
「わかりません。私もこのダンジョンの呪いの強さは情報として読めても、対応まではさすがに‥‥。ここの記録にないんです」
「レコメラはそういうのも分かるんだ?」
「‥‥まぁ。あまりあてにされても困るんですがね」
記憶の精霊であるレコメラは、見ようと思えばその土地の出来事なんかを記録として読めるという。
そんなのなんだってお見通しの万能精霊じゃないかと思ったけど、本人曰くそんなことはないらしい。
そうは言ってもダンジョンの呪いのことなんてパーティの誰一人知らなかったのだから、これだけでもかなりありがたい情報だ。
レコメラは謙遜なのかそんなことないの一点張りだけど、味方になってくれるとかなり便利で頼もしい存在だと思う。ただ、本人がぺらぺら喋るタイプじゃないから聞いてみないと分からないけど。
「ダンジョンの呪いについては、エルダー以外は眠れば即死級の呪いですから、本当に気を付けてくださいね」
「エルダーさんはルクスナとの契約のおかげで耐性があって大丈夫だったんですよね。それでもやっぱり、かかっちゃうんだ」
「このダンジョン、古くてかなり力をため込んでいるんですよ。その分呪いも強いんでしょうね」
スケルトンを相手にしていた時、敵はそう強くないと聞いた。
フェグラス団長が強すぎるのと、騎士の連携がしっかりしているからここまで無傷でなんとかやってこれたが、敵の強さ以上に呪いが厄介だ。
今回のように夢に入って助ける間もなく死ぬのであれば、かすり傷1つでも私たちにとっては致命的になる。
なんとか眠らずいられればなと考えた時、森でノイと過ごした夜のことを思い出した。
「それなら、ポーションを飲めばいいんだ。徹夜も余裕だったもんね。バッグに沢山あったし」
起きたら、皆にこのことを話さなければ。
「話は一旦切り上げて、ひとまず潜入しますよ」
言われ見ると、目の前にはテントの壁。
話し込んでいるうち、いつの間にか目的地に到着していたようだ。
白い丈夫な布の壁を見渡す。
裏口や窓もないし、テントをめくって入るのかと思ったが、めくれるような構造でもなかった。どこにも入れそうな所は見当たらない。
どうやって入るつもりかとレコメラを見ると、懐からナイフを取り出し、さやから引き抜いている。まさかと思った矢先、小さな手で握られたそれを、精霊は勢いよくテントの布地に突き付けた。
そして、両手に力を込めて唸る。
「ん‥‥っ! んん‥‥! んぅう‥‥!?」
驚いた顔をしながらしばらくナイフを上げ下げしようと奮闘し、ついには全身の体重をかけたがナイフは突き刺した場所から微動だにしなかった。
やがて諦めたのかナイフから手を離して、ずれたメガネの位置をなおす。
「はぁ、はぁ。もっとうまくいくと思ってたんですが、案外硬いですね‥‥ふぅ」
「まさかとは思うけど、テントを引き裂いて中に入るつもりだったの?」
「はい。そうですよ? ですが無理でした。こうなったら正面から入るしかありませんね‥‥」
精霊は唇を尖らせて仕方なさそうにナイフをしまおうとする。
「それなら‥‥その前に、ちょっと私がやってみてもいい?」
「いいですが、女子供の力じゃ、きっと無理ですよ。かったいんですから、この布」
言われて、テント表面を撫でる。
「うーん、たしかに帆布生地よりずっとしっかりしてる。ポリエステルっぽいのに、すごく固い。二重三重になってるのかな」
生地の質感を確認してから、ナイフを受け取る。
家庭科部でやった裁縫を思い出す。顧問の先生がどこかから連れて来たおばあさんが、ナイフみたいな道具で布を裁断するのを見たことがあるんだ。
裁ちばさみしか使ったことがなかった私達だけど、はさみよりずっと自由に円を描くその動作に感動した。そしてなにより、綺麗な弧を描き切り取られていく生地を見るのは面白かった。
(あれは熟練の技術もあるんだろうけど、あんな風にできたらいいな)
自分の顔の高さで刺しなおし、繊維の流れにそって一気に全身の体重をかけた。おばあさんの手つきを思い出して、一息に。
「よい、しょっ!」
厚みのある布地を裁つ小気味よい音が聞こえる。顔を上げると、テントの生地には縦一線の切れ込みが入っていた。成功だ。
「あっ! できたよレコメラ! なんだ、割と簡単に裂けるじゃない。ほら、入れるよ」
「むぅ‥‥」
振り向くと精霊は不満げに唇を引き結んでいた。自分にはできず私にはできたということが納得いかないらしい。
「レコメラ‥‥。こんなことで不機嫌になってる暇ないでしょ」
すると子供がくわっと目と口を開ける。
「なってませんよ、不機嫌になんて! レコメラは非力なんです。ほんと、この程度のことすら1人でできないんですから!」
自分でその姿を選んでおきながら何を、と思う。
「人のせいにしないの。っていうか、そんなに非力が嫌なら別の人の姿になればよかったのに。今からでもリュカに変えてもらいなよ」
「嫌なんて言ってません。私はこの姿がいいんです」
精霊はぷいっとあっちを向きそのままテント内へ入って行ってしまった。
いよいよ彼の沸点がわからない。だけど、おかしいことに、なんだかそれもレコメラの個性の1つとして受け入れてしまっている自分がいる。
(素直じゃないんだから)
見た目が小さいせいか、ああいう我儘なところにも妙に可愛げを感じてしまう。
私はリュカといいレコメラと言い、年下に甘いのかもしれない。
元の世界では塾の後輩くらいしかいなかったから、こんなに年が離れた子供と一緒にいるなんてはじめてだし。
残るリュカを見ると、まだじっとしている。
「リュカ、行くよ」
「‥‥」
「リュカ?」
「あっ、うん。えっと‥‥?」
はっとして顔を上げた彼はやっぱりどこかおかしい様子だ。
私達のやりとりを聞いてすらいない、心ここにあらずなリュカが気になるが、ひとまず誰かが来ないうちにさっさと中に入ってしまいたい。
「テントの中、行こうよ」
「うん、行く‥‥」
手を出すと、今度はその手を掴んでくれた。だけどいつもみたいに笑わない。
どこか不穏さを感じながらも、私はその手を引いてテントの割れ目に体を滑り込ませた。




