33話-1 大規模魔術と呪いの正体
見渡す限り誰もいない敵陣営の端っこで、肩透かしを食らった気分で立ち尽くす。
「なんか、結構静かじゃない? 人が全然見当たらない」
誰もいないが、大勢の人間がいた気配は残っている。
視界いっぱいの箱型テントと三角形のテントは、中を覗くといくつもの寝床が用意されていた。1つのテントで大体15~20人くらいは横になれそうだ。
テント外には物資などが入っているらしい木箱が山積みで、開けると中にはスクロールや銃弾が詰まっていた。そっと閉じる。
100や200じゃきかない人数だ。1000でも少ないかもしれない。
みんなどこへ行ったんだろう。
「チトセ、あんまりきょろきょろしたら危ないよ。呪術で姿は見えないけど、声は聞こえるし、そうやって持ち上げたらそれも見えちゃうんだよ」
「ごめん。でも、誰もいないんだもん」
私達は今、リュカにいつものかくれんぼの呪術をかけてもらって姿を隠している。
夢の中なので思い込めば呪術を使わずとも透明になれるらしいが、今の私には到底できそうにない。それにレコメラは精霊体に戻り姿を隠せば見つからないが、そうすると私たちと会話ができなくなる。
「まぁ、これもここでは思い込みによる効果でしょうから、意味があるのかどうか」
「レコメラ、そんな不安になること言わないでよ。リュカ、実際どうなの?」
「うんと、呪術がかかってるから見えないって思えるなら大丈夫。‥‥だと思う。だからチトセはきっと平気。レコメラは分かんない」
夢の中はプラシーボ効果がかなり影響するようで、呪術が消えたとか効いてないと思ってしまうと即解けてしまうらしい。
思い込むということがかなり重要になってくるなら、むしろ言わないでほしかった。変に意識してしまったら私なんてすぐ呪術が解けてしまいそうだ。
呪術はちゃんと効くって実体験をもとにできるからリュカの言う通りきっと大丈夫だろうけど。
誰もいないキャンプを進むと、どこかから沢山の人の歓声が聞こえて来た。
「ここはもぬけの殻で助かりましたが、魔術はもっと中心地に近い場所で行われています。中心へ近づくほど人も増えるでしょう。念のためひと気のない場所を選んで進みますから、2人とも私から離れないでくださいね」
「うん」
「わかった」
野戦病院もそれなりに広かったけど、ここはもっと広い。10個も20個も並ぶテント群を抜けていくが、その先にもまだテントがある。
私たちのような侵入者を簡単に進ませないためだろうけど、一方通行のようでいてじぐざぐと遠回りをしないと進めないようになっている。
2つ3つと角を曲がると、さすがに人が現れ始めた。まだ両手で数えられるくらいだけど、念のためテントの陰に隠れながら少しずつ中心地へ近づいて行く。
もう1つ角を曲がったところで、ひと気はさらに増えた。
煙草を吸う人。話し合う人。武器の手入れをする人に、どこかへ向かって行きかう人たち。
それなりに人がいる平日の駅前くらいの騒々しさ。
彼らの立てる物音に重ねるように小声を出す。
「レコメラ、聞きたいことがあるんだけど」
「敵陣地の真ん中でお喋りとは、チトセは度胸がありますね。なんですか」
「私だってそう思うけど、今聞いておかないと後で聞くタイミングなさそうなんだもん」
「ならなんで今まで言わなかったんです」
「他にいいタイミングがあるかなって思って‥‥」
「まったくもう」
動き回る兵士たちと積み上がった小箱で狭くなった道を、レコメラはすいすいと彼らを避けながら進んでいく。
森の中同様堂々としたふるまいだが、周りは気が付いていない。レコメラの姿は誰にも見えていないらしい。
呪術を思い込みの効果だなんて言っていたのに、ちゃっかりものにしている。
丁度銃を小槌で叩いている音が響くテントの裏で精霊は止まった。身を隠すように私たちもそこへ移る。
「で、なんですか」
喋るためにわざわざここを選んだのだろうか。ここなら普通の音量でも問題なさそうだけど、一応囁き声を使う。
「私たちが殺さなくちゃいけない呪いについて知りたいんだよ。どんななの?」
「どんな‥‥ですか」
「そもそもさ、呪いを殺すって言うのがよくわからないんだよね。殺すってのはさ、呪いが成就しないように何かを壊すとか、そういうのの比喩なの?」
呪いの人形とか、呪いの藁人形とか、呪いの部屋とかそういったものは割と身近で聞くことがある。
それらは基本呪い自体が何かに宿っていて、呪いの人形なら人形を壊したり供養したり封印したりすれば被害を抑えられるんじゃなかったか。
つまりそれこそが呪いを殺すってことにつながるんじゃないかと思う。だけど、それなら壊すとか封印するとか言うはずだ。
レコメラは殺せと言った。ということは、もしかしたら生き物という可能性もある。
(生き物じゃなくて、ものに宿ってるとか、黒いもやもやとか、なんかそんなのならいいな)
「ああ、ご想像の通りですよ」
人の頭を覗けるなら、私の質問も全部勝手に見て勝手に答えてくれればこんなところで声を出さずにすむのに。
でも、安心した。
「よかったぁ。人の姿だったらどうしようかと思ったよ。夢の中だとしても、人殺しなんてしたくないもん」
胸を撫でおろした私を不思議そうに見上げ、レコメラは首を振る。
「え? ああ、いいえ。違います。そっちじゃないです」
「あ、こっち? でもこの先行き止まりだよ」
今隠れているテントの陰、この奥は木箱が先を塞いでいて通り抜けることはできなさそうだ。
「あ、いえ。道の事ではありません。呪いの姿ですよね。この夢の中の呪いは、人の姿をしていますよ」
一瞬、言われた意味が理解できなかった。反応が遅れ「え‥‥?」と言った時にはレコメラは次のテントの陰に移動していた。
小槌の音が止んでテントから人が出てくる気配がする。
「なんか物音が聞こえないか?」
「さぁ?」
人の声に焦った私はよく見ずに物陰を跳び出した。丁度こちらへやってきていた敵兵士にぶつかりそうになって、慌てて身を翻す。足がからまった。
(転ぶ! ぶつかる! 気付かれる!)
あわやと思ったその時、私の手をリュカが引いてくれて、なんとかぶつからず転ばずに済んだ。元いた物陰の奥に押し込められる。
テントの中から出て来た兵士が当たりを見回すが、私たちの姿は呪術で隠れて見えていなかった。やがて戻っていく。
「なんだった?」
「多分、歓声かな」
そんなやりとりが聞こえた後、テント内からまた小槌の音がしはじめた。今度はあたりをよく見てからレコメラの元へ移動する。
私を見るレコメラの視線は冷ややかだ。
「危ないですね。ちゃんと周りを見てください」
「そうだよチトセ。レコメラの言う通りだよ。ちゃんと見ないと危ないよ。姿が見えてなくても、ぶつかったら分かっちゃうんだよ?」
2人に責められ自分の危うさに自信を無くす。
「ごめんなさい。‥‥じゃなくて! 呪いって、人なの‥‥? 人の形してるの?」
リュカが「しぃ‥‥っ」と人差し指を立てた。
小さな声で言ったつもりだったけど、呪いの形と見つかりかけた焦りで、思ったより声が大きかったのかもしれない。
「大丈夫です。会ってすぐ殺せとは言いません。まずはその姿形を見てもらおうと思っています。その方がイメージしやすいでしょう。暗殺のための下準備です」
そう言われ、頭を殴られた気になる。
「あ、暗殺‥‥。下準備‥‥」
具体的なことを想像してしまって足がすくむ。そんな私を見て、精霊は呆れたように口を開けた。
「まさか‥‥正面から殺しに行くつもりだったのですか? さすがに私もそんな無茶は言いませんよ。素人のあなた方にできることなんて、寝ているところをブスリ! くらいじゃないですか」
「ねっ、寝ているところを‥‥!」
「ブスリ‥‥」
予想以上に無情な方法を提示され、私どころかリュカまで固まる。
(そういうことじゃない。人間なんか殺せるわけない!)
「ええ、ですよね。人殺しなんてしたくないですよね。そりゃそうでしょうよ」
「うん‥‥」
なにか他に秘策でもあるのかと期待したが、レコメラは胸を張って言う。
「安心してください。相手は呪いです。人じゃない」
私の懸念が何一つ伝わってなくて驚いた。
「それに知ってるんですからね。あなた方、魔獣の解体は慣れっこでしょう?」
「まぁ、慣れてると言えば慣れてるかもしれないけど」
「なら大丈夫です。人の形をしていようと、相手は呪い。生命の定義にすら入らない、そういう意味では魔獣以下の存在ですから」
「だからそういう問題じゃない」そう言おうとしたその時、私達の真上を黒い何かが飛んで行った。同時にどこかから歓声が聞こえてくる。
黒い何かの勢いにテントがばたばたと風に煽られた。
目で追うと、それはもう遠くになっていてよく見えない。ただ、鳥のようなそれでいて違う‥‥コウモリのような大きな翼のある何かだった。
「‥‥今の、見た事あるかも」
野戦病院でエルダーが私を見上げた時、彼の瞳の中にあんなのが見えた気がする。一瞬だったから、自信はないけど。
「ドラゴンに見えたけど、なんだか変だったよ」
「ドラゴンの形を模した使い捨ての使い魔でしょう。魔術転送のスクロールを持っていましたから、いよいよですね」
「魔術転送? いよいよって‥‥」
「大規模魔術によって増幅した精霊魔法を、転移スクロールを使用して投下するのです。エルダー目掛けてね」
精霊は落ち着いて語る。けれど、それを聞いてしまった私とリュカが平静でいられるわけもない。
「はやく行かなきゃ! じゃないと、エルダーが死んじゃう!」
「そうだよ急がなきゃ! レコメラ、はやく!」
「静かに! それから落ち着いてください、2人とも」
はっとして口を閉じる。今の声を誰かに聞かれただろうかと辺りを警戒するが、再度どこかからか響いてきた歓声にかき消されたようだった。
歓声につられてか、この辺りにいた兵士たちもぞくぞくとどこかへ向かって移動し始める。
私たちが向かっているのと同じ方向に。
ざわめきの中、レコメラが声を潜める。
「まだ1回目です。これまで3度落ちた後に夢が繰り返すことが多かった。であればまだ時間はあります。見つかったらエルダーを救うことなど不可能になるんですから、ここからはより一層落ち着いて行動してください」
レコメラの言う通りだと、私たちは顔を見合わせ頷いた。だけどはやる気持ちが抑えきれない。
本当はあんな魔法1度だって落としたくはない。唇を噛み何とか焦りを呑み込む。
「‥‥落ち着きました? なら、行きましょう」
すました顔のレコメラはすたすたとテントの陰を出ていく。追いかけると、あたりはしんと静まり返ってきた。みんな、この先へ向かったのだ。
遠くから歓声が聞こえた。




