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32話-6 精霊

ぬるつく足元が不安定な中、私に抱き着くリュカがいい感じに支えになってくれている。おかげで転ぶことはない。


「チトセ‥‥」

「なぁに、リュカ」


 リュカが小声でぼそぼそ何か言った。


 茂みを突っ切るよりは歩きやすいとはいえ、しょせんけもの道。草木の音に負けてその声は届かない。


 一旦立ち止まって耳を傾けると、リュカは手を添えて耳打ちして来た。


「どうしてエルダーはルクスナの言ってることを無視するの?」

「無視?」

「さっきの夢の中で、ルクスナは言ってたもん。嫌だって。エルダーに死んでほしくないって。言ってるのに、なんで? どうしてエルダーは闇の精霊をこわいって思うの?」

「たしかに‥‥。なんでだろ」

「変でしょ」


 レコメラの話だと、エルダーはルクスナがなぜ契約解除をしないのか、その理由を知らないらしい。それも妙だ。ルクスナは理由を言わなかったのだろうか。


 それにいくら姿を現さないからって、エルダーの性格からして誤解したままでいるだろうか。


 きっと精神が落ち着いた時にでも呼び出して、話し合おうとするはずだ。


「リュカ、いちいちチトセに聞かず私に直接聞いたらどうですか」

「‥‥レコメラ、意地悪だもん」

「はぁ? さっきのを根に持ってます? もとはと言えば貴方が私に命令したのが悪いんでしょう。なのに私が意地悪だなんてよく言えますね。自己中心的で理解力もない。謝罪したのにまるで中身が伴っていない。なんて愚かな馬鹿なんでしょう」

「やっぱり、意地悪‥‥!」


 またもや険悪な雰囲気になりかけるので、早めに仲裁に入る。


「2人とも、お願いだからもう喧嘩はよしてよ。急がないといけないんだから」

「してないもん。喧嘩‥‥」

「しませんよ、喧嘩なんて」


 息ぴったりに言うので、私の肩身が狭くなる。


 (仲が良いのか悪いのかわからないな、もう)


 足元に落ち葉が増え、滑りやすくなってきた。慎重に進む。


「ルクスナの言葉がエルダーに届かない理由ですが、契約時にそれを対価にしたんですよ、ルクスナが」

「契約時の対価? 言葉が聞こえないことが?」

「正しくは”エルダーに通じる言葉”ですね。私達や半魔で闇に近い存在のリュカには聞こえてもエルダーには届きません」


 一体どうしてそんなものを対価に選んだのだろうか。そういう、なくなって不便なものの方が契約上有利になるとかだろうか。


「なんでそんなもの対価にしたのかって聞きましたらね、ルクスナは言葉がなくても通じ合えると思ったって言ったんですよ」


 前方から、ふっと鼻を鳴らす音が聞こえる。


「もうね、ばっかじゃないかと。闇の精霊のくせにロマンチストですよねぇ。というか、重い」


 すっぱり言い切ったレコメラはふてぶてしい笑みを浮かべ振り返った。嘲笑するように続ける。


「ルクスナはね、引っ込み思案で口下手で、相手を思いやって奥ゆかしいって言ったら聞こえはいいですけど、ただ根暗で臆病なだけ‥‥おっと」


 後ろ向きに歩くレコメラが足を滑らせるので、思わず手を掴む。「ありがとう」と言って体勢を立て直すと、また前を向いて歩き出した。


「ルクスナは己の理想を過信してるんです。幼いエルダーと契約した時、その時点での関係に慢心してそんな愚かな対価を払ったんですよ。子供のころの出来事なんか大人になったら忘れるのにね」

「子供のころは仲が良かったんですか、2人は」

「ええ。よかったですよ。家族のような関係でした」


 その声はどこか羨望するように寂しげなものだったが、すぐに馬鹿にしたような調子に戻った。


「でも、言葉も通じない相手とこの先も同じような関係でいられるだなんて頭お花畑じゃないですか。私たちは豆電球。表情すらない。言葉なくして、どうやって感情や意思を伝えるんです。そうでしょう」

「ま‥‥」


 豆電球と思ったことを根に持たれている気がするが、今はおいておく。


 「あなた方同様愚かなんですから」と同胞にすら悪態をつくレコメラはやはり意地悪だと思う。ただ、全方向に意地悪なのでいっそ清々しい。


 少しの間、レコメラはなにも言わなかった。


 森の空気は少し冷たい。道の左右から伸びる枝葉をすいっと避けながら、精霊は静かに言った。


「だからね、今もエルダーの誤解が解けないままなんですよ」


 声をかけたかった。だけど、あんまりその声音が静かだったから、なんて言ったらいいかわからなかった。


 私の横から、リュカが顔を出す。


「レコメラが言えないなら、僕が言おうか」

「無駄ですよ。エルダーにはルクスナの言葉が伝わらない。それは我々が間に入っても同じなんです」


 レコメラは何かを思い出すようにばきばき枝を折り、ぶちぶち蔓を引っこ抜く。


「それにルクスナはね、まだ信じているんですよ。言葉などなくたって、自分たちなら心が通じ合えるってね。もうね、アホかと!」

「アホって、そんな。良い事じゃないですか、信じてるなんて」

「貴方も大概アホですね。でも確かにね、いいことかもしれません。この夢でループを何百回繰り返してもルクスナが折れないのはその重ったい理想のおかげなわけですから」


 はぁ、と大きなため息が聞こえる。


「何度言っても折れやしない! ほんっとうに、頑固でバカなんですから!」


 口悪くののしるレコメラは最後に小さくぼやく。


「‥‥それでルクスナまで力尽きたら、エルダーがまた気に病むじゃないですか」

「レコメラ‥‥」


 それがこの精霊の本心なのだろうと思った。


 口ではなんだかんだ言ってもエルダーのこともルクスナの事もしっかり気にかけている。


 正直で嘘がつけない性格なんだろう。照れ隠しに、強い言葉が出るのだと思うとなんだか可愛らしく思えて来た。


「ふふっ」

「不敬なこと考えていますね、チトセ」

「なにも言ってないよ。言葉にしないと気持ちは伝わらないって言ったのレコメラでしょ」

「私は記憶の精霊ですから、あてはまりません」


 不満げに言いつつも、レコメラはそれ以上何も言わなかった。


 精霊たちはいい子達ばかりだった。となると、残る問題は本格的にエルダーを起こすことだけだ。


 長い蔦が増える森。重たい植物性のつるをいくつもめくった向こうに光が見えてくる。


「あ‥‥。あそこが出口?」

「ええ、出口です。さぁ、それではもうひと踏ん張りです。見つからない様、注意して付いて来てくださいね」


 この先で大規模魔術が行われている。エルダーを殺そうとしている呪いというものを殺さなければならない。


(あれ、そういえば呪いについては何一つ聞いてない)


 そう思ってレコメラを見るが、説明される気配はない。森の先はもうすぐそこ。ひとまず今は、黙ってついて行くことにする。

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