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32話-5 精霊

 私はリュカにしがみつかれたまま、暗いけもの道をカニのように横歩きで進む。


「何がはじまるんですか?」

「大規模魔術です」

「大規模魔術?」


 正直、その言葉には良いイメージがない。


「ええ。放たれるのはフレイムフィニス、終わりの火。熱の精霊が放つ熱球投下の攻撃魔法です。あなた達も何度もくらっているでしょう」

「熱球‥‥あっ!」


 野戦病院で見た光。あれは攻撃魔法だったのか。


「そ、そんなのっ! はやく止めなきゃ! じゃないとまたエルダーさんが‥‥」


 死体だらけの焼け野原の中で絶望して死を願ってしまう。


「そうですね。ですのでひとまず急ぎましょう。歩きながら話を聞いてください。状況説明、した方がいいですよね?」

「は、はいっ!」


 鬱蒼とする森の中を歩き続けながら、この夢について話を聞く。


 レコメラが話してくれたことをまとめると、まず、この夢の舞台は6年前に実際に起きた教会戦争と呼ばれる戦争。その中でも一番被害が大きかった戦場の1つだそうだ。


 戦争自体は『教会』という宗教組織が旧派と新派で対立し起こしたもので、いわゆる宗教戦争というやつだそうだ。当時エルダーは旧派の医療部隊として従軍していた。


 治癒魔術を使える者が限られている中、エルダーは光の精霊と契約していて治癒魔法が扱えるため、医療部隊のキーパーソンだった。死んでいなければほとんどの兵が命を失わずすむため、士気も上がっていたという。


 味方からすれば命さえあればどんな傷も治してくれるのだから心強かった。


「ですが、敵からすればまず排除したい存在ですよねぇ」

「排除‥‥」


 それが本当の理由かは分からない。

 だが、エルダーがいた前線病院に魔術砲弾が飛んできたのは本当で、そこにいた人々はエルダーを除いて全滅したという。


「現実は魔術砲弾でしたが、この夢では大規模魔術に置き換えられています」


 砲弾と違って簡易に放つことができない分、大規模魔術であることは良い事らしい。


「魔術詠唱の間にさくっと殺してしまえばいいわけですし」

「さくっとできるものなの」

「無理でしょうね」


 自分で言っておきながら、レコメラはさらりとそう言ってのけた。


「全滅した時に、光の精霊が消えちゃったのも本当なの?」


 さっきの夢では、そうなったことでエルダーは絶望した。


「本当ですよ。そこはあなた方も見た通りです」

「そっか‥‥」


 現実では砲弾によりエルダーは死に、光の精霊 ルミナが彼を蘇生した。蘇生する際、命を削って魔力に置き換えた彼女はその場で消滅したという。


「エルダーさんはその時もルクスナにああやって謝ったの‥‥? 死を望んで‥‥?」


 その時の悪夢を見ているというなら、その時から彼はそんな感情を抱き続けていたのだろうか。申し訳なさと、死を願う気持ち。


 しかし、レコメラは首を振る。


「まさか。ルミナが命を賭して蘇生した直後ですよ。エルダーが死を望むわけがない。‥‥ルクスナに謝罪したのは確かですがね」


 それを聞いて安心した。エルダーは命を粗末にするような人じゃないと思っていたから。


「ですが、闇の精霊にはそれを受け入れる余裕がなかった」


 顔を上げると、細い道をゆく後姿が見える。蔦をかき分け、ぬかるんだ泥を踏み、私たちは進む。


「闇の精霊は光の精霊と対となって生まれてくるんです」


 半身であるルミナを失って、ルクスナは哀しみ、苦しみ、そして怒った。


 闇の精霊の怒りは大地を覆い、そこには運悪く死んだばかりの遺体が山のように転がっていた。


 闇の力は死体を操り、死者に意思なき命を吹き込む。起き上がった体は不死の軍団となって戦場へ向かい始めた。


「不死の軍団‥‥」


 ダンジョン階下で見たゾンビの光景を思い出す。しかもそれが、見知った人たちの死体なのだ。それを見る時、どんな気持ちになるだろう。


 ヘリオンの城で誰のことも助けられなかった罪悪感を思い出した。


「くわしいね、レコメラ」

「そりゃ、ストーカーですから」

「‥‥ごめんって」


 精霊は続ける。


「教会は穢れを嫌います。もちろん、闇の精霊自体も穢れとみなされる。だから教会騎士であったエルダーが契約精霊であったルクスナを使役することはほぼなかったんですよ」


 ルクスナを使役しない、頼らないエルダー。

 姿を現せばエルダーの立場が危うくなると自ら出て来なくなったルクスナ。


 少なくとも教会に勤め出したころから、エルダーとルクスナとの繋がりは契約だけの希薄なものだった。


 ああ、だからかと思った。


 だからエルダーは魔人に問われた時も契約していないと言ったのかもしれない。嘘をついたというよりは、そう答えるのが癖になっていて。


「我々は契約後、基本的に契約者の魔力を使用して魔法を行使します。時たま自らの魔力を使うこともありますが‥‥。あまりないですね」


 でも、ルミナは違った。消耗したエルダーの魔力を自らの魔力で補填していた。


 反対に、ルクスナは自分の魔力を使う機会がほとんどなかった。


「ルクスナ自身の魔力はたっぷり残っていました。死にたてで未練もあるような肉体なら、数百同時に操ってもまだ余裕があったことでしょう」


 怒れる闇の精霊は止めようとするエルダーの命令を無視して戦場を飛び回る。そこには敵味方の死体がごろごろと転がっていた。それらも次々立ち上がり、敵の砲台を目指し歩き出した。


「精霊の暴走、といわれる状況でした」


 通常、契約者からの魔力供給だけでは起こりえない事象。

 闇の精霊自身の魔力と、戦場という負の感情や死者の念が渦巻く場だったからこそ起きてしまった悲劇。


 敵も浄化の祈りを唱えたが、山のような死者を前に成す術がなかった。敵味方入れ混じった死者の軍勢は一晩で敵陣営を崩壊させる。


 旧派はその戦いに勝利した。が、教会上層部はこの戦果を喜ばなかった。

 聖なる神の名のもと行ったはずの聖戦で、闇の力で勝つなど言語道断だったからだ。


「戦う相手を失った後も死者の群れは戦場を右往左往して獲物を探しました。ルクスナが正気を取り戻すまで、ずっと。これも印象が悪かった」


 所属部隊が壊滅し、魔力も枯渇して四面楚歌のエルダーは、ルクスナの起こした騒ぎに乗じてなんとか撤退に成功する。しかし、他部隊と合流したと同時に教会本部へ即時帰還の命令が下りた。


「これ以上ルクスナによる旧派のイメージダウンが起こらぬよう、エルダーは左遷されました。治癒魔法を失い、その上ゾンビを製造できる者から治療を受けたい人間はいないでしょう。医療部隊として戦地に残ることはできなかった」


 左遷といっても熱の精霊を含めエルダーが契約する精霊たちの価値は高かった。攻撃部隊へ配属されれば、精霊を酷使することになるかもしれない。


 酷使された先に訪れるのは、ルミナのような結末か。


「優しい性格ですからね。そうやって精霊が消滅することを恐れたんです。帰還の道中で次々契約解除していきまして」


 最後に闇の精霊との契約を解除しようとしたが、ルクスナはこれを拒否した。なぜかと問うてもルクスナは答えない。


 拒否の理由もわからず、自分の言うことも聞かない。そんな闇の精霊にエルダーは恐怖した。


「当時のエルダーはルミナの消滅、仲間の死、ルクスナの暴走、教会からの圧力。生き残った仲間たちからも疎まれ、相当心を病んでいましたからね。ルクスナに対してそういった感情を抱くのも無理はなかったことでしょう」


 そしてこう思った。


 この精霊は、自分を恨み、殺すために傍にいるのだと。


「検討違いも甚だしいのですが、そういう時の人間の思い込みって凄いのですよ」

「でも、違うんですよね」


 だってルクスナはエルダーを助けている。


「ええ、違います。でも、他の精霊がどれだけそう言ってもエルダーは聞き入れてくれなかった」


 ぬかるんだ土に足を取られると、リュカが支えてくれた。ありがとうと言うと微笑み返してくれる。


「まぁ、半壊した死者を半壊したまま蘇らせる魔法を目の当たりにしたのです。それも、さっきまで隣で一緒に治療にあたっていた同僚たちですから。トラウマにもなりますよね」


 それから年月が経ち、精神が安定してもエルダーとルクスナとのわだかまりは改善しなかった。ルクスナはエルダーの前に姿を現さなくなったのだ。


 自分を殺す目的ならとうに殺しているとエルダーも分かっているんじゃないだろうか。本当は違うことに気づいているんじゃないだろうか。


 でも、この夢の中でのエルダーはその勘違いを抱いたままでいると言う。

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