表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/217

32話-4 精霊

 淡い光を放っていたレコメラが、段々と暗くなっていく。精霊が私の後ろにいるリュカを睨みつけている。


 なんだか一触即発な雰囲気を感じる。


「リュカ、言いなさい。なんと言いました?」


 動けないでいる私と違って、リュカはそんな空気を感じていないらしい。さっきと同じトーンで主張を続ける。


「だって、レコメラならできるでしょ。エルダーの苦しいって気持ちと、嫌って気持ちと、こわいって気持ち。そういうのの記憶を取っちゃえるでしょ。悪夢を見るのはそのせいなんだもん。エルダーがこの戦争のこと全部忘れちゃえば、もう死にたくなくなるでしょ」


 妙案とばかりにしゃべり続けるリュカを、レコメラは瞬きせずに凝視する。


「へぇ、そう。なら貴方がすればよいではないですか」

「僕が? どうして?」

「恐怖、憎悪、嫌悪、孤独、後悔、嫉妬、そして絶望。‥‥悪夢に繋がる感情なら、貴方の好物ではないですか? 好きでしょう? そういうの。得意でしょう、そういったものを食べるのは」


 リュカの提案を全て聞き終えたレコメラは、静かに丁寧にしかし優しさは微塵も篭っていない声で言った。


 正直私にはレコメラが何を言っているのかよく分からなかった。

 リュカの人の夢に入れる能力に関係しているんじゃないかとは思うものの、その内容はこわくて、暗い。リュカのイメージとあわない。


 それを聞いたリュカもそう感じたのか「意地悪だ」と呟く。


「僕、そんなの好きじゃないっ! うぅー‥‥嫌いだもん」


 唸り、リュカは喉を鳴らして深く息を吸う。それから、震える声で苦しそうに話し始めた。


「僕がすると、全部消えちゃいそうなの。だってここ、変なの。僕あまり‥‥いつもみたいに色々できないから」

「へぇ、なら全部消せばいいじゃないですか。同じ事でしょう」

「そんなのだめっ! 同じじゃない! 良い事もなくなっちゃう! だからレコメラがやるの!」


 後ろから地面を踏みつける音が聞こえる。だけど、振り返れない。今レコメラから視線を離したら、何をするか分からない気がした。


「ふっ、いいじゃないですか。悪夢に繋がる記憶や感情なんて、ない方がいいのですよね? それに記憶が全部消えたって赤子のようになるだけ。そうなったら貴方にとっては逆に都合がいいんじゃないですか? 」

「良くないっ! 良くないぃ!」

「そうですか? 友達なんてものよりもっと深く相手を支配できますよ? ずっと一緒にいたいんですよね。すればいいじゃないですか。何をいい子ぶってるんです。半魔のくせに!」


 後ろでリュカが息を飲む音が聞こえる。その様子を見て鼻を鳴らし笑うレコメラに、さすがに私も頭にきた。


 好き勝手言いすぎだと叫ぼうとしたとき、あたりに金切声が響いた。


 さすがに驚いて振り向くと、リュカが地面を大きく踏みつけたところだった。その仕草にもびっくりして固まる私を他所に、リュカは叫ぶ。


「レコメラの意地悪!」

「生意気な無礼者! 不遜な態度の代償に、お前の記憶を消してやってもいいんだぞ」

「え‥‥っ」


 そう言われたリュカは、一気に怒りと言葉を失った。しんとした中に精霊の言葉だけが重たく沈む。


「何を消そうか。大切なものがいい。なら、チトセの事を全て忘れさせてやろうか」


 元から大きなリュカの目が更に見開かれていく。顎を震わせ、口をぱくぱくと開閉しながら、声もなく立ち尽くしている。


「それともチトセからお前の記憶を消してしまおうか」


 その発言には我慢できなかった。記憶を勝手にいじられたくなんてない。それ以前にリュカを忘れるなんて絶対に嫌。


 もうこれ以上は見ていられない。


 睨みあう2人の間に壁になるよう体を滑り込ませる。レコメラに何か言ってやらないとと思ったが、「2人とも落ち着いて」と言いかけた私の体に突如衝撃がくわわった。


「ぎゃっ!」


 タックルのような勢いで、リュカが飛びついて来たのだ。それを受け止める力なんて私にあるわけがない。リュカ共々茂みに倒れこむ。


「いったぁ‥‥。ちょっと、リュカ」

「やだぁ!!」


 耳元で叫ばれる。抱き着いてくるリュカが重たくて、立ち上がるどころか起き上がることすらできない。


「やだっ! やだ!! やだぁっ!!」


 大音量で泣き叫ぶ声が私の鼓膜を破りかけ、耳がキーンと痛みだす。


「ちょ‥‥っ! 落ち着いてっ! 落ち着いて! ねぇっ! リュカ!」

「だめっ! チトセのこと忘れるのだめだよ! 僕の事も忘れちゃやだぁああ!!」


 リュカ越しにレコメラが覗き込んできた。その顔は少しだけ怒りを落としたように見える。


「ふん。クソガキ。いいですか。次私に力を使えなんて命令したら、本当に記憶を消してやりますからね」


 いや、まだ怒っているようだ。抑えきれない怒りが意地悪な言葉となって降ってくる。


 耳元でリュカが泣き出す。


「うわぁあああん!」

「レコメラ! いい加減にして!」


 見上げた精霊は「ふんっ」と言ってそっぽを向いた。


「大丈夫。リュカ、大丈夫だから。レコメラだって本気じゃないって」

「ううう‥‥!」

「私は本気ですよ、チトセ」

「ううー‥‥っ!!」

「ああ、もうっ!」


 こんなことしてる場合じゃないのにと大人げない精霊を睨む。レコメラはまたぷいっとそっぽを向いた。


 本当に精霊は何で怒るのか予想が立てにくい。


 それから時間をかけて、泣きじゃくり抱き着いて離れないリュカをなんとか宥め落ち着かせる。立ち上がるところまで説得するのに、更に時間を要す。


「もう大丈夫ね?」

「んー‥‥」


 ようやく立って前を向いたリュカだが、しかし離れてはくれない。私の片腕に両手でしがみつき、ぴったり寄り添っている。身動きとりづらい。


 ただでさえ暗くて狭い森の中、こうやってしがみつかれるのは正直邪魔だ。だけど目を赤く腫らしながら鼻声で唸る子供を邪険にもできない。


「リュカ、大丈夫だから。ほら、離れてくれないと歩きにくいよ」

「うぅー‥‥。やだ」


 なんとかならないかと声をかけるとより一層強く掴まれる。これ以上の説得は無理そうなので、このまま先を進むしかないと諦めることにした。


 リュカは人の腕を抱きしめながら、唇を噛んでレコメラを睨みつけている。


 レコメラを見ると、こちらもまだ気がすんでいない様子でリュカを睨み続けていた。


 唇を突き出し眉を寄せ、わかりやすい怒りまで落ち着いたのかと思うが光りがまだ薄暗い。怒りを抑え込んでいる感じだ。


「落ち着いたのであれば、謝罪を要求します」

「レコメラ‥‥」


 開口一番それか、と思うが精霊の怒りを落ち着けるには重要なことかもしれない。


「謝罪を要求します! は! や! く!」


 そう言ってさっきのリュカと同じように地面を踏み鳴らした。


 なんていうか、似た者同士なんじゃないだろうかと思う。


「リュカ。ほら、謝ろう? さっきのはさ、人にものを頼む態度じゃなかったよ」

「んうぅー‥‥‥‥ごめん、なさい」


 唇を噛みながら、それでも大人しく謝ったリュカの姿を見てレコメラも多少は満足してくれたようだ。強まった光が当たりを照らす。


「ふん。我儘な子供にはいい薬になりましたかね」

「レコメラ。ちょっとさ、やりすぎだと思うよ」

「いーえっ! チトセも覚えておいてくださいね。私は人に命令されて魔法を使うのが大嫌いなんです。仮にそれが一番効率よく一番良い方法だったとしてもです」


 1000年生きているプライドだろうかと思うけど、考えて見たらできるならやれと言われて気持ちよくなる人はいないだろう。


「エルダーを救う方法は別にありますから、簡単に記憶をいじって終わりにしようとしないでください」

「あるんですか! エルダーさんを救う方法が!」


 食いつくと、レコメラはため息交じりに頷く。


「ありますよ。見せた方が早いと思ったのですが、先に言うべきでしたね」

「どんな方法ですか!」

「僕も知りたいっ!」


 私達2人に迫られたレコメラは肩をすくめたが、やや考えてから喉を鳴らした。


「コホン‥‥。では、結論から言いましょう。あなた方には『呪い』を殺していただきたいのです」

「それって、どういう‥‥」

「呪いを殺す? 僕やったことない」


 呪いって殺せるものだっけ。呪いには詳しいはずのリュカも首を傾げている。


(呪いが成就するのを妨げるって意味かな)


「それも近いと言えば近いのですが‥‥。ああ、ご理解いただくためには、エルダーの状況を少し詳しく説明しないといけませんね」


 そう言ってレコメラはくるりを向きを変えると森を進みだした。


「さぁ、続きは先を急ぎながらにしましょう。あなた方のせいで時間を食いました。あまり遅くなるとはじまってしまいますから」

「はじまる‥‥?」


 精霊が手放した枝先が飛んできて、避けようとしたがリュカが邪魔で避けきれなかった。ぺちんと頬にあたる。


 頬を撫でながら先を見る。暗い森はまだまだ続く。


 その先で、一体何がはじまると言うんだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ