32話-3 精霊
レコメラに怒られたり謝ったりしながらも結構進んだ気がする森は、まだまだ先が見えず真っ暗だ。
前回の記憶が正しければ相当歩かないと出口に辿りつかなかったはず。時間はかかるがそれはそれでいいこともある。この間に色々と聞きたいことがあるからだ。
なのだけど、敬称が不敬扱いされた今、次は何を不敬と言われるか分からない。
(これ以上怒らせたくないから、慎重にいこう)
何をどうしようか考えていると、後ろを歩くリュカが「ねぇ、レコメラっ!」と軽快に口を開いた。
「レコメラはどうして僕らに力を貸してくれるの?」
リュカの素直すぎる物言いにはどきっとさせられる。しかし、レコメラは気にしない様子で「エルダーを助けるのでしょう? だからです」と答えた。
「最初にそう言いましたよね」とも付け加えるのでひやっとするが、それは怒りどころではないらしい。
「なんで僕らがエルダーを助けると、助けるのを手伝ってくれるの?」
「私もエルダーを助けたいからですよ」
「なんで?」
「好きだから、でしょうか」
精霊の意外な答えに驚くと共に、さっきまでの私との会話の勢いはどこへいったのかと口を挟みそうになる。
なんというか、私に対してはもっと口調がきつかった気がして。
けれどうまく話せているならそれはそれでいい事だ。私も気になっていたことだし。
今は口を出さず、2人のやりとりを見守って黙っていることにしよう。
会話する2人に挟まれながら鬱蒼と茂る森を進んでいく。
「そっか! レコメラはエルダーが好きなんだ! 僕とおそろい!」
レコメラの答えにリュカは上機嫌だ。
それはおそろいって言わないんじゃないかなと思うけど、リュカは不思議な言い回しをするから同じで嬉しいって意味なんだろう。
リュカは声を弾ませて次々質問をする。
「レコメラもエルダーの友達なの?」
「友達‥‥ではないですね。そもそも彼は私が傍にいることを知りませんし」
「えっ、知らないの‥‥? どうして? 好きなのに? 一緒にいるのに?」
「私が一方的に好きなだけなんです。私はエルダーと契約していませんし、彼の前に姿を見せたこともありません。記憶の精霊そのものの知識は持っていても、まさか自分の近くにいるとは思ってもいませんよ」
レコメラの話で、私は大分前に別れたっきりの頭のおかしい人形の事を思い出していた。
(それって、ストーカーって言うんじゃ‥‥)
足元に落ちていた葉っぱが乾いた音を立てる。
「今度は人をストーカー呼ばわりですか」
「すみません、不敬でした!」
しかしレコメラは意外にも穏やかだった。
「いえ、構いません。その認識に誤りはありませんから。私はただついているだけ。本来なら、これにだって手を出したくはなかったんです」
「え、それは‥‥どうしてですか?」
エルダーの事を大切に想っているなら、なぜだろう。
「私、エルダーの魂が好きなだけなんです。魂だけが。だから、彼自身のことはそれほど好いてないんです」
「魂‥‥」
「彼の魂、とっても綺麗に輝いてるんですよ。それがね、好きで」
人間でいう所の面食いって奴だろうかと考えかけて、不敬なのでやめる。
「でも今‥‥助けてますよね」
「ですね。まぁ、さすがにあんな死に方はねぇ‥‥」
野戦病院でみた、疲れきった顔をしたエルダーを思い出す。自分から死を望むほど、憔悴しているようだった。
ふと他の精霊のことが気になった。
「精霊が夢に入れるなら、他の‥‥風や水の精霊たちはここにはいないんですか?」
「いません。この夢の中には私とルクスナだけです」
「ルミナって精霊は?」
「あれは夢の一部です。エルダーの記憶に沿っているだけで、実際の精霊ではありません」
なら、この夢の中でエルダーを助けようとしているのはレコメラと闇の精霊と、私達だけ。
「闇の精霊‥‥ルクスナは、エルダーさんを殺そうとしてるわけじゃないんですよね‥‥?」
ようやく私はそれを口にできた。
「僕、あの精霊がエルダーが命をあげるって言った時要らないって言ったの聞いたの。生きててほしいんだって思ったよ」
「ああもう‥‥あなた達ときたら。さっきから頭の中が質問ばかりですね。仕方ないですが‥‥」
ため息混じりに進むレコメラのポンチョ風ローブの先が枝に引っかかる。外してあげると「ありがとう」と言われた。
「まずは闇の精霊 ルクスナについて。おっしゃる通り、彼はエルダーを護るため傍にいます。唯一の契約精霊ですからね」
「契約精霊?」
「ええ。ですからその責もあるのでしょう。けどそれだけじゃないです。エルダーのことが好きなんですよ。だから、私同様あんな死に方はさせたくないと思っている」
ルクスナは完全に白だ。
これで本当の本当に心置きなくエルダーを起こすことができる。おじいちゃんにも迷惑をかけない。つまり、エルダーや騎士たちが食べられる心配もない。
「でも、精霊と契約はしてないってエルダーさん言ってたのに」
「ああ、そりゃそういうことにしてるだけですよ」
「どうしてそんな嘘を‥‥」
エルダーに嘘をつかれていたことにはショックを受けたが、あの誠実な人となりを見ていれば、そしてあの時の表情を思い出せば、騙す目的でああ言ったんではないと思えた。
「色々あったんです。そのうち分かります」
「はぁ‥‥」
そんな彼がついていた嘘の理由。プライバシーの塊であるそれを、私達なんかがそのうち分かってしまってよいのだろうか。
(夢の中に来たんだから、プライバシーなんか今更だけど)
ちらりと背後に視線を送るが、リュカはレコメラに夢中のようだ。
「好きなのにレコメラはエルダーを助けないの?」
「何言ってるんですかリュカ。助けてるじゃないですか。今こうやってあなた方に協力するというかたちで」
「僕らが来なければ、助けなかったの?」
「うぐ‥‥。リュカ、貴方意外としつこいですね。それになんて嫌な聞き方でしょう」
私もレコメラの複雑な好きの感情がよく分からないのだけど、リュカはもっと分かってないみたいだ。しつこく食い下がる。
「だって、大好きな友達なら、助けたいって思うでしょ」
「だから、私はエルダーと友達じゃないんですってば」
「好きなのに、一緒にいるのに、友達じゃないの?」
「ああ、もう‥‥」
まっ暗い森の中、私を挟んで2人が永遠同じような問答を繰り返す。
リュカ相手には一言二言で話を終わらせていたレコメラだが、何度も繰り返し聞かれ苛立っていく。
「でも、友達なのに‥‥」
何度目か分からないリュカの食い下がりに、ついにレコメラはキレた。
私は心の中で悲鳴を上げる。
「あのですね! リュカ! 私は記憶の精霊ですよ? 風や水のように攻撃魔法がないんです。光のように治癒魔法も使えません。闇のように精神や夢に干渉することもできない。そんな私に一体何ができると言うんです!」
大きな声を上げられて、リュカもヒートアップする。
「けど! エルダーの苦しいのをとってあげれるのに!」
「取ってあげれませんよ。何を言うかと思ったら‥‥」
「できるよ! だって、エルダーの苦しいって記憶を消しちゃえばいいんだもん!」
瞬間、あたりが静かになった。レコメラが立ち止まったのだ。
「はぁ‥‥?」
不愉快そうな呟きののち、振り返る。
「なんですって‥‥?」
押さえ込んだ怒りの声音は気のせいじゃない。レコメラは怒っている。しかも、相当に。
前方から発される攻撃的な雰囲気に呑まれ立ち止まった私の背中にリュカがぶつかり「きゃっ」と悲鳴を上げた。
レコメラの顔がこわすぎて背後のリュカを気にすることができない。
「もう一度言いなさい。なんと言いました。リュカ」
小さな子供から発された言葉は、淡々と冷たい響きをしていた。




